稲荷 神社 お祭り。 祐徳稲荷神社

ホーランエンヤ(松江城山稲荷神社式年神幸祭)

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・初午大祭とは?初午大祭ではどんな催し物があるの? ・伏見稲荷の初午大祭(京都市) ・瓢箪山稲荷の初午大祭(大阪府) ・高橋稲荷の初午大祭(熊本市) ・竹駒神社の初午大祭(仙台市) ・出石の初午大祭(豊岡市) ・継松寺の初午大祭(松阪市) Sponsored Link 初午大祭とは?初午大祭ではどんな催し物があるの? 初午大祭が行われる初午はいつなのか知っていますか。 初午とは 2月の初めての午の日です。 全国でも有名なお稲荷神社をご紹介します。 初午大祭の催しは神社により変わりますので一緒にご紹介します。 伏見稲荷の初午大祭(京都市) 伏見稲荷の初午大祭のお祭りは、雅楽の演奏や神楽女による舞の奉納が朝に行われます。 特に大きなイベントはないですが、参拝者には人気があります。 縁起物市など大変人気のある行事なので大混雑します。 特に福餅まきの際は広場を埋めつくすくらいの人でいっぱい! 餅まきに関しては混雑を回避する方法はないのでケガのないように参加してくださいね。 竹駒神社の初午大祭(仙台市) 竹駒神社の初午大祭は旧暦の2月初午の日から1週間、五穀豊穣・商売繁盛・家内安全などを願う参拝客で賑わいます。 このお祭りの見どころは、半纏に身を包んだ 竹駒奴の練り歩きです。 ほかにも 毛槍投げ受けなども行われますよ。 【竹駒神社の初午大祭】 日程: 2020年3月4日(水)~3月10日(火) 時間:09:00~17:00 催し日程:(竹駒奴の練り歩き)3月7日(土) 住所:宮城県岩沼市稲荷町1-1 電話:0223-22-2101 アクセス:(電車)JR東北本線・常磐線「岩沼駅」より徒歩約15分(車)仙台東部道路「岩沼IC」より約5分 竹駒奴も大変人気がありますが、 神輿渡御もおすすめです。 どちらも混雑が予想されますので早めに現地に到着するようにしましょう。 出石の初午大祭(豊岡市) 出石の初午大祭は但馬三大祭りの一つです。 出石のお祭りの中でも最大規模と言われているお祭りですよ。 日程は毎年、第三金曜日から日曜日までの3日間行われ、約6万人の人が参拝に訪れます。 その数は100店舗以上! たくさんのお客さんで賑わい混雑します。 屋台はたこ焼き、焼きそば、じゃかバターなどさまざまなグルメを楽しめます。 射的、お化け屋敷など昔ながらの遊びもありますよ。 継松寺の初午大祭(松阪市) 毎年3月の初めの牛日を中心に3日間、 継松寺の初午大祭が行われます。 日本最初の厄除け観音と言われていて、厄年の男女が参拝に訪れますよ。 「厄をはじきとる」という意味がある縁起物の 「猿はじき」「ねじりおこし」が売られ、たくさんの参拝客が購入し一年の無事を願います。 着物の袖を振り厄払いを行い、幸せを招き入れると言われる華やかな行事ですよ。 厄年にあたる着物や振袖姿の女性なら参加可能です(定員200名)。 有名な初午大祭は全国に五か所! それぞれ地域により催し物も違いますね。 意味や由来なども詳しく調べていくと、違った視点から初午大祭を楽しむことができそうですね。 初午大祭でしか買えない限定守りやイベントも多いので、見逃さないようにしましょう。

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門田稲荷神社|日本一の縁切稲荷|縁切り、病気、災難、厄除け

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稲荷神社の総本宮・伏見稲荷大社 稲荷神(いなりのかみ、いなりしん)は、をする霊神・神。 「稲荷」とは食物の神()、()、、 、が回りで立てる細長いなどを指す言葉。 稲荷大明神(いなりだいみょうじん)、 お稲荷様、 お稲荷さんともいう。 「稲成り」の意味だったものが、稲を荷なうの姿から後に「稲荷」の字が当てられたとされる。 もとはにおいて、のがから祭祀を継いだ的な稲荷信仰であり、秦氏の勢力拡大によって信仰も広まっていった。 本来の「」の祭場は狐塚(を神として祀った・キツネの棲家の)だったと推測されるが、にはのを中心とする稲荷信仰が広まり、狐塚に稲荷が祀られるようになった。 をつかさどる神・と稲荷神が同一視されることから、を含め、多くの稲荷神社ではウカノミタマをとしている。 概要 [ ] 稲荷は・の神だが、現在は商工業を含め全体の神として信仰されている。 稲荷神は思想においてのであるともしたため、仏教で祀られることもある。 稲荷神を祀るを (いなりじんじゃ)と呼び、にあるが日本各所にある上の稲荷神社の総本宮となっている。 伏見稲荷大社では、は稲荷神のとされる。 稲荷神は、4年()に、すなわち現在のに鎮座したと伝えられている。 元々は一帯の豪族・ので、現存する旧は大西家である。 神道系の稲荷神社では朱いと、のがシンボルとして広く知られる。 が起こる前の仏教系寺院でも鳥居が建てられ、現存する寺院もある。 元来は豊穣を司る神であったが、時代が下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神としても信仰されるようになった。 「イナリ」は「稲荷」と表記するのが基本だが、「稲生」や「稲成」 、「伊奈利」 とする神社も存在する。 神社における祭神 [ ] の稲荷神社では『』・『』などのに記載される(うかのみたま、倉稲魂命とも書く)、(とようけびめ)、(うけもち)、(おおげつひめ)、若宇迦売神(わかうかのめ)、御饌津神(みけつ)など、穀物・食物の神を主な祭神とする。 これは、稲荷神が稲の神であることから食物神の宇迦之御魂神と同一視され、後に他の食物神も習合したためである。 総本宮である伏見稲荷大社では、主祭神である を中央の下社、を中社、を上社に据え、8年()に本殿に合祀された 左右の摂社、とともに五柱の神を一宇相殿(一つの社殿に合祀する形)に祀り、これら五柱の祭神は稲荷大神の広大な神徳の神名化としている。 稲荷社によっては祭祀する祭神が異なっており、以下に例を挙げる。 (名古屋市守山区) - 倉稲魂神、、、大宮能姫神、• (茨城県笠間市)- 宇迦之御魂神• (千葉県柏市) - 主祭神に稲蒼魂命、配神に大己貴命、大田命、大宮姫命、保食命• (佐賀県鹿島市) - 倉稲魂大神、大宮売大神、• (宮城県)- 倉稲魂神、保食神、稚産霊神 また豊受稲荷本宮では、大己貴命を、大宮姫命を田中大神、保食命を四大神 に、祐徳稲荷神社では大宮売大神をに当てている。 稲荷系の神社では、(・)が祭られていることもある。 仏教寺院における信仰対象 [ ] 稲荷神は思想においては、江戸時代まではにおけるやをとされるとともに 、特に江戸時代以降はとも同一視されていた。 例えば、伏見稲荷大社の神宮寺である愛染寺でも荼枳尼天が祀られていた。 明治の神仏分離後も主に荼枳尼天として、を代表とする仏教でも祀られている。 (愛知県豊川市)- 豊川吒枳尼眞天• 妙教寺(岡山市北区)- 最上位経王大菩薩 、、 稲荷社の広がり [ ] 稲荷神社一覧については「」を参照 日本の神社の内で稲荷神社は、2,970社(主祭神として) 、32,000社(境内社・合祀など全ての分祀社) を数え、として個人や企業などに祀られているものや、山野や路地の小祠まで入れると稲荷神を祀る社はさらに膨大な数にのぼる。 稲荷神社は日本全国に点在するが、その中でも東日本に多く信仰されている。 これは、稲荷信仰がを中心として流行したためで、江戸の町の至る所で見かけられるものとして「、稲荷に、犬の糞」とまで言われるようになった。 例えば、においては、明治時代初期に市内に6ヶ所で稲荷神社が祀られており 、市内の家々の屋敷神は566件にも上る など、においては顕著である。 稲荷神と狐 [ ] 豊川稲荷の狐(愛知県) 者・が監修した『』では、「稲荷」の意味として「」()がある。 日本語文化研究者・劉克華の報告では、日本全国に存在する三万社以上の稲荷社が狐像を備えており、「狐」自体を「稲荷神」として信仰する場所も少なくない。 しかし、伏見稲荷大社は狐を稲荷神のとし、稲荷神そのものではないと述べており 、また最上稲荷山妙教寺は白狐を稲荷神(最上位経王大菩薩)の御眷属(お使い)と述べている。 においては、稲荷と狐はしばしば同一視されており、例えば『百家説林』(ひゃっかせつりん・ひゃっかぜいりん)に「稲荷といふも狐なり 狐といふも稲荷なり」という女童の歌が記されている。 また、稲荷神が(ダキニ天)、ミケツ(三狐・)、、狐、と呼ばれる場合もある。 日本では以来、への信仰が根強く、稲荷山も古くは蛇神信仰の中心地であったが 、になってから狐を神使とする信仰が広まった。 稲荷神と習合した宇迦之御魂神の別名に御饌津神(みけつのかみ)があるが、狐の古名は「けつ」で、そこから「みけつのかみ」に「三狐神」と当て字したのが発端と考えられ、やがて狐は稲荷神の、あるいはに収まった。 なお、「三狐神」は「」とも読む。 かつて「シャグジ(石神)」または「三狐神(シャグジ)」であった(神)が、後に稲荷神・ウカノミタマを祀る神社となった事例もある。 時代が下ると、稲荷狐には朝廷に出入りすることができる「」の格が授けられたことから、これが 命婦神(みょうぶがみ)と呼ばれて上下社に祀られるようにもなった。 上記されているように稲荷神は元々は農業神であるが、狐は穀物を食い荒らすネズミを捕食すること、狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の使いに位置付けられたとも言われる。 江戸時代に入って稲荷が商売の神と公認され、大衆の人気を集めるようになった。 またこの頃から稲荷神社の数が急激に増え、 流行神(はやりがみ)と呼ばれる時もあった。 また仏教のは、日本では狐に乗ると考えられ、稲荷神と習合されるようになった。 今日稲荷神社に祀られている狐の多くは(びゃっこ)である。 江戸などのや、屋敷稲荷を祀るのでは、はしばしば稲荷との関連で発生しており、症状が良性である場合も多い。 一方で、もともと狐信仰が弱かった・・などの一部では、「憑き筋」と呼ばれるが想定され、村落の社会的緊張を生んだ。 稲荷神社の前には、の代わりに、宝玉をくわえた狐の像が置かれることが多い。 他の祭神とは違い、稲荷神には・の他に稲荷寿司およびそれに使用されるが供えられ、ここから油揚げを使った料理を「稲荷」とも呼ぶようになった。 ただし狐は肉食であり、実際には油揚げが好物なわけではない。 歴史 [ ] 伏見稲荷創建前史 [ ] を創建したと伝えられる秦氏族について、『』では次のように書かれている。 が即位(539年または531年)する前のまだ幼少のある日「秦(はた)の(おおつち)という者を登用すれば、大人になった時にかならずや、天下をうまく治めることができる」と言う夢を見て、早速方々へ使者を遣わして探し求めたところ、山背国紀伊郡里に秦の大津父がいた。 平安時代に編纂された『』記載の諸蕃(渡来および帰化系氏族)のうち約3分の1の多数を占める「」の項によれば、中国・から来たとする意見があるが秦氏の始祖である弓月君は百済から到来した到来人である記録もあり、苗字を秦氏に変えた百済人とする意見もある。 の頃には、当時の国の内外の事情から、多数のがあったことは事実で、とりわけ秦氏族はの技に秀でており、後の律令国家建設のために大いに役立った。 朝廷によって厚遇されていたことがうかがわれるのも、以上の技能を高く買われてのことだと考えられている。 彼らは畿内の豪族として専門職の地位を与えられていた。 伏見稲荷創建以降 [ ] の秦氏族は、4年()稲荷山三ケ峰の平らな処に稲荷神を奉鎮し、を中心にして伊奈利社(現・伏見稲荷大社)を建てた。 深草の秦氏族は系譜の上で見る限り、太秦の秦氏族、すなわちを祀った秦都理《はたのとり》の弟が、稲荷社を創建した秦伊呂巨(具)となっており、いわば分家と考えられていたようである。 『山城国風土記』逸文には、伊奈利社のとして次のような話を載せる。 秦氏の祖先である伊呂具秦公(いろぐの はたの きみ)は、富裕に驕って餅を的にした。 するとその餅が白い鳥に化して山頂へ飛び去った。 そこに稲が生ったので(伊弥奈利生ひき)、それが社の名となった。 伊呂具の子孫は、先祖の過去の過ちを悔いて、社の木を根ごと抜いて屋敷に植え、それを祀ったという。 また、稲生り(いねなり)が転じて「イナリ」となり「稲荷」の字が宛てられた。 都がに遷されると、この地を基盤としていた秦氏が政治的な力を持ち、それにより稲荷神が広く信仰されるようになった。 さらに、建造の際に秦氏が稲荷山から木材を提供したことで、稲荷神は東寺の守護神とみなされるようになった。 『二十二社本縁』ではが稲荷神と直接交渉して守護神になってもらったと書かれている。 神としての位階()も、4年()により「」を授かったのを皮切りに上昇していき、5年()には最高の「」となった。 では、における(だきにてん、インドの女神ダーキニー)に稲荷神をさせ、真言宗が全国に布教されるとともに、荼枳尼天の概念も含んだ状態の稲荷信仰が全国に広まることとなった。 荼枳尼天は人の心臓を食らう夜叉神で、平安時代後期頃からその本体が狐の霊であるとされるようになった。 この荼枳尼天との習合や、中国における妖術を使う狐のイメージの影響により、稲荷神の使いの狐のとしての側面が強くなったといわれる。 稲の神であることから食物神の宇迦之御魂神と同一視され、後に他の食物神も習合した。 中世以降、工業・商業が盛んになってくると、稲荷神は農業神から工業神・商業神・屋敷神など福徳開運の万能の神とみなされるようになり、勧請の方法が容易な申請方式となったため、農村だけでなく町家や武家にも盛んにされるようになった。 には芝居の神としても敬われるようになり、芝居小屋の楽屋裏には必ず稲荷明神の祭壇が設けられるようになった。 明治政府によるの際、多くの稲荷社は宇迦之御魂神などの神話に登場する神を祀る神社になったが、一部は荼枳尼天を本尊とする寺になった。 は「お稲荷さん」とも呼ばれており、稲荷神社の稲荷神(稲生り、つまりお米の出来を司る神様)から、を模した俵型の寿司が稲荷寿司となった。 三角形の稲荷寿司がの耳を模しているという説もあるが、狐は肉食であって油揚げを好むわけではなく、稲荷神社の狐と関連させた後付けともされる(上記の「」を参照)。 信仰 [ ] 旧初午の幟と地口行燈(千葉県) 稲荷信仰は様々である。 神道的稲荷で祭祀者が神職で宇迦之御魂神・保食神などを祀る神社によるもの、仏教的稲荷で祭祀者が僧侶・修験者で、寺の鎮守堂で荼枳尼天を祭祀しているもの、民俗的稲荷で祭祀者が土地所有者や氏子・講員などで、狐神・山の神・水神・福神・御霊神などとして信仰されているもの がある。 初午祭 [ ] 稲荷神社では、2月(新暦・旧暦)最初の午の日をとし「初午祭」が行われる。 これは伏見稲荷神社の祭神が降りたのが4年()2月の初午だったからと言われる。 行灯にとそれに合わせた絵を描いた「地口行灯」を街頭に飾ることもある。 その他 [ ]• 構造様式分類として(いなりとりい)があり 、複数の鳥居を連ね、祈りと感謝の念を表した。 中区円隆寺境内の稲荷大明神(とうかだいみょうじん、)やの稲荷神社(とうか神社)の様にいなりと読まない場合もある。 (旧・糸我町)の「」を日本最初・最古の稲荷神社とする説がある。 文化7年(1810)当時の神官、林周防が寺社奉行に報告した「糸鹿社由緒」によると、創建は「37代孝徳天皇白雉3年壬子の春、社地を正南森に移し、糸鹿社と申す」とあり、伏見稲荷神社の創建より約60年も前に遡る。 の飯成(いいなし)郷(現:)の説話では大国魂命の降臨譚が述べられており、倉稲魂命と共にに祀られている。 「稲荷」と付く地名は日本には多くある。 (とうかぎ)((はさかけ)の木)と呼ぶ町がにある。 稲荷木落(いなりぎおとし):頃(嘉永年間)に出来た水系の。 から、新井と同市八甫二丁目の境界で、中川の左岸へ合流する。 とう火坂(とうかざか):にある坂。 これは坂下の稲荷神社(下井戸稲荷神社、の境外社)に由来するといわれる。 総称 [ ] 日本三大稲荷 [ ] 以下の神社仏閣14社寺は 日本三大稲荷のひとつに挙げられている。 どの寺社を日本三大稲荷としているか丸印で示している。 「自」は自社を示す。 他の寺社から日本三大稲荷とされている寺社名は薄い赤色、他の寺社から日本五大稲荷とされている寺社名は薄い青色とした。 一般的には伏見稲荷大社、豊川稲荷(円福山豊川閣妙厳寺)、笠間稲荷神社、祐徳稲荷神社の4社寺が挙げられることが多いが 、伏見稲荷大社によれば「日本三大稲荷神社」について自社以外の2社は様々な説があって特定できないとしている。 通常、総本宮である伏見稲荷大社は必ず挙げられ 、次いで仏教系の豊川稲荷が含まれることが多く 、この2社寺はまれに 日本二大稲荷とも呼ばれる。 3社寺目は地域によって異なるのが普通であり 、例えば東北では竹駒神社、関東では笠間稲荷神社 、中国では最上稲荷(最上稲荷山妙教寺) 、中国でも島根県では太皷谷稲成神社 、九州では祐徳稲荷神社 が挙げられることが多い。 名称には揺れがあり、例えば伏見稲荷大社では「日本三大稲荷神社」 、竹駒神社 や瓢箪山稲荷神社 では「日本三稲荷」、源九郎稲荷神社では「日本三社稲荷」 と称している。 「日本三大稲荷神社」とした場合は当然ながら寺院である豊川稲荷と最上稲荷の2寺が含まれなくなり、神社である祐徳稲荷神社や笠間稲荷神社などが挙げられることが多くなる。 なお、必ずしも自称していることを示しているわけではない。 笠間稲荷神社 、祐徳稲荷神社 、竹駒神社 、最上稲荷 、瓢箪山稲荷神社 、源九郎稲荷神社 などは積極的に称しているが、他は称していても消極的であったり否定していたりする場合もある。 例えば、千代保稲荷神社は自身が日本三大稲荷であることを否定している。 どの神社を日本五大稲荷としているか丸印で示している。 「自」は自社を示す。 他の寺社から日本三大稲荷とされている寺社名は薄い赤色、他の寺社から日本五大稲荷とされている寺社名は薄い青色とした。 なお、必ずしも自称していることを示しているわけではない。 日本三大稲荷のうち、瓢箪山稲荷神社、千代保稲荷神社、源九郎稲荷神社、日本四大稲荷の王子稲荷神社、宝徳山稲荷大社は日本五大稲荷の文献に登場しないため、省略した。 名称には揺れがあり、例えば高橋稲荷神社では「日本稲荷五社」と称している。 また、草戸稲荷神社は「京都伏見稲荷の系列の中における日本稲荷5社」と称している。 日本四大稲荷:伏見稲荷大社、豊川稲荷、祐徳稲荷神社、笠間稲荷神社• 伏見稲荷大社、豊川稲荷、笠間稲荷神社、東京都のとする説もある• 新潟県のも「日本四大稲荷」の1つと称している。 他の3つは不明である。 太皷谷稲成神社 や高橋稲荷神社 も地元では「日本四大稲荷」と呼ばれることがある。 日本六稲荷(日本六大稲荷) :祐徳稲荷神社、愛媛県の、伏見稲荷大社、豊川稲荷、笠間稲荷神社、最上稲荷。 群馬県のは「 日本七社(日本七稲荷・日本七大稲荷)」の1つと称している。 他の6つは伏見稲荷大社、豊川稲荷、大阪府の、東京都の、東京都の、栃木県のとしている。 大分県のは「 日本十大稲荷」の1つと称している。 他の9つは不明である。 以下に例を挙げる。 日本三大縁切稲荷 :伏見稲荷大社、の(の境内社)、の(の境内社)あるいは東京都の(縁切榎)。 ただし、縁切榎は稲荷神ではなくである。 東日本三大稲荷 (同等の意味を持つ場合もある後述する関東三大稲荷も参照):竹駒神社、2社目以下不詳。 西日本三大稲荷 :最上稲荷、2社目以下不詳。 蝦夷地三大稲荷 :の、の、の。 東京三大稲荷 :東京都の、、• 東海三大稲荷 :豊川稲荷、千代保稲荷神社、の。 近畿二大稲荷 :源九郎稲荷神社、の稲生神社(紅梅稲荷宮。 の境外末社)。 関西三大稲荷 :源九郎稲荷神社、信太森葛葉稲荷神社、大阪府の小女郎稲荷社(の境内末社)。 他にも「五大稲荷」、に由来する「関東五社稲荷」、に由来する「道灌七稲荷」など各地域ごとに由緒が伝わっているものもある。 また、江戸時代には江戸府内の約百社に対して格付けを行った「江戸御府内稲荷番付」も複数作られている。 関東稲荷総司と関東三大稲荷 [ ] 関東稲荷総司と呼ばれる神社は2社ある。 東京都のは、平安時代より「三十三国稲荷総司」「稲荷総司」との伝承があり、・・の全てを占める全体の稲荷総本社であった。 江戸時代になると関東の範囲が変わったことから「関東八州稲荷総司」と伝承も変わっていったとされる。 また、市中の全稲荷の総本宮でもあった。 東京都のは、江戸時代以降「関東総司稲荷神社」「稲荷関東惣社」と伝えられる。 江戸時代であるのでここでいう関東は八州である。 関東三大稲荷として挙げられる神社は以下の9社であるが、それについても、東国(東日本)を指す古い伝承と関東八州を指す新しい伝承がある。 呑香稲荷神社によれば古来の「関東三稲荷」は王子稲荷、霞ヶ関稲荷(櫻田神社)、呑香稲荷とされ、この意味では前述する東日本三大稲荷と同じである。 一方で、備後須賀稲荷神社によれば「関東三社稲荷」は王子稲荷、佐野稲荷(一瓶塚稲荷神社)、備後須賀稲荷とされ、白笹稲荷神社によれば「関東三大稲荷」は笠間稲荷、装束稲荷、白笹稲荷とされる。 これらの意味では関東八州を指す。 117. 468. 86-91, 宇迦之御魂神. , p. , pp. 26,30. , 稲蒼魂命, - 「豊受」の名を冠するが祭神はではない。 ただし、稲蒼魂命と同一視されるとある。 , p. 30-45. , 榎本直樹「江戸庶民の「お稲荷さん」」. , pp. 77-78. , p. 1049(pdf版222). , pp. 1045-1050(pdf版221-226). , 「稲荷山をめぐる神仏イメージ」. , 「習合神としての稲荷神」. , 「キツネが神使となった理由」. , pp. 2-30. , p. , pp. 45-46. , pp. 93-96. , pp. 2-3. , p. 140. , p. 91, 宇迦之御魂神, - 伏見稲荷大社、笠間稲荷神社あるいは豊川稲荷(円福山豊川閣妙厳寺)、祐徳稲荷神社。 , p. 原作:、作画:『』(、-)• 読売新聞栃木版 2017年11月5日 21面「とちぎ見聞録」。 備後須賀稲荷神社由緒書• 多田朝日森稲荷神社由緒書• 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 各地にある山• 参考文献 [ ] 書籍 [ ]• (編)『』正編 上、、2009年(原著1905年)。 岡田米夫『全国神社祭神御神徳記』、1966年。 府中市史談会「府中市内屋敷神調査報告」『府中市立郷土館紀要』第8号、、1982年3月。 西野八平『法興天皇記』、1987年10月15日。 、、、中込睦子、湯川洋司、『日本民俗大辞典』〈上:あ~そ〉、、1999年9月。 『神仏信仰事典シリーズ3 稲荷信仰事典』、1999年9月。 川口謙二『日本の神様読み解き事典』、1999年10月1日。 赤井克己『おかやま雑学ノート』、2000年9月19日。 、加藤直弥『』研究開発推進機構、2007年1月1日。 (編)『明治初年寺院明細帳』すずさわ書店、2008年5月。 中村陽(監修)『イチから知りたい日本の神さま2 稲荷大神』、2009年12月1日。 『謎の渡来人 秦氏』、2009年12月1日。 『まっぷる 茨城 大洗・水戸・つくば'18』、2017年11月7日。 劉克華「民話の狐と人間」『愛知工業大学研究報告:A.基礎教育センター論文集』第40巻、愛知工業大学、2005年、 75-78頁、。 コトバンク [ ]• 菟田俊彦「伏見稲荷大社」『』小学館(編)、、1994年。 日本大百科全書『』 -• 「稲荷」『 第三版』(編)、、2006年10月27日。 大辞林 第三版『』 -• 事典・日本の観光資源『』 -• 「稲荷」『』(監修)、小学館国語辞典編集部(編)、、2012年11月2日。 デジタル大辞泉『』 -• 「稲荷鳥居」『』(監修)、小学館国語辞典編集部(編)、、2012年11月2日。 デジタル大辞泉『』 -• 「三狐神」『』(監修)、小学館国語辞典編集部(編)、、2012年11月2日。 デジタル大辞泉『』 - ウェブサイト(寺社) [ ]• 2013年11月13日閲覧。 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稲荷 神社 お祭り

初午(はつうま)という言葉はどこかで聞いたことがあるような、暦の中の何かの行事だとは思うけれど… 実際に何をするかまではわからない、なんていうことはないでしょうか。 商売をしている方や農業をしている方、もしくは稲荷神社のそばに住んでいる方ならきっとすぐにピンとくる「初午」。 ここでは、初午とはどのような意味があり、どのような事をする日なのか、そして初午にはどのようなものをお供えするとご利益があるかなどをご紹介したいと思います。 初午(はつうま)とは? 二月最初の午の日を「初午(はつうま)」といいます。 現在は新暦で二月最初の午の日に行われる稲荷神社のお祭りの日を示す事が一般的となっています。 初午と稲荷神社の関係 全国に3万社以上あるとされる稲荷社の本社である伏見稲荷大社に祭られている神様、宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)が伊奈利(いなり)山へ降臨した日が初午であったという事から、全国で稲荷神を祭る祭事が行われるようになったとされます。 本来、旧暦の二月の初午(新暦の3月頃)に行われる、豊作祈願が原型であったようですが、稲荷神社の行事と結びつき、現在では新暦の二月最初の初午の日に全国各地の稲荷神社で豊作、商売繁盛、開運、家内安全を祈願するようになっています。 お稲荷さんは何の神様? 宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)は穀物の神さまで、もともとはその土地に定着した信仰だったようですが、後に五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願う農家の人たちの信仰を集め、江戸時代以降は商売の神さまという解釈にまで広がっていったということです。 今では全国各地の稲荷神社で豊作、商売繁盛、開運、家内安全などを祈願するようになっています。 稲荷神社のキツネ 「お稲荷さん=キツネ」と思われる方が多いと思いますが、キツネは祀られているわけではなく、「稲荷大神様」のお使いとしてお稲荷さんのシンボルになったといわれているそうです。 なぜキツネなのかという事はハッキリこれという答えはないようで様々な説があります。 言い伝えられていることとしては、お稲荷さんのキツネは野山に居るキツネではなく、神様同様に私たちの目には見えないという事。 初午祭りにはどのような事をする? 初午祭りは地域により行われる日や行事の行い方が様々です。 稲荷社の本社である伏見稲荷大社では大神の広大無辺なるご神威を仰ぎ奉るお祭をします。 初午詣(はつうまもうで)は有名で、福詣(ふくまいり)とも呼ばれ、前日の巳の日から、ご社頭は参詣者で埋まり、初春第一の祭事とされています。 利賀の初午 富山県南砺(なんとう)市利賀村では五穀豊穣と家内安全を祈る、全国でも珍しい子ども達のみで行われるお祭り(神事)があります。 子供達が神主、午方 うまかた 、俵転がし、太鼓打ち、馬もち、太鼓たたき、俵ころがし、歌うたいの役などの装いをし、ワラで仕立てた午の頭をもって家々をまわり、福の神を運び、各家庭からはお礼にお菓子やみかんなどのご祝儀をもらいます。 現在富山県の無形民俗文化財に指定されています。 出石初午大祭(いずしはつうまたいさい)は兵庫県豊岡市の出石で例年稲荷神社周辺、但馬・丹後・丹波の三たん一の行事として雪の但馬に春到来を告げる3月に行われる祭りで400年余りの伝統がある大祭です。 商売繁盛・五穀豊穣を願う祭りです。 代表的な初午のお供え 初午の日には何か特別なお供え物をする必要があるのかな?などと考えている方は稲荷神社へのお参りへ行く際や自宅の神棚にお供え物をする際に参考にしてみてください。 そして初午の日にこれらのものをいただくとご利益があるなどといわれる地域もあります。 稲荷寿司: 稲荷神社へのお供え物として皆さんが思い浮かぶのは稲荷寿司ですね。 もともと稲荷神は五穀豊穣を司る神様なので米を連想させるような俵型である事が重要で俵型のお寿司を作るのに適した材料としてキツネの好きな油揚げを使って形を整えたという言い伝えがあります。 (この言い伝えはその他にも色々あります。 ) 油揚げ: キツネの好物と言われる油揚げですが、もともとはネズミをフライにしたものが好物でしたが、仏教では相殺は禁じられているため、大豆を原料とした油揚げで代用したといわれています。 しもつかれ: 北関東地方の郷土料理で、鮭の頭・節分などで使う煎り大豆、油揚げ、大根、ニンジン、その他の余り物を細切りにしたり、鬼おろしで粗くすり下ろして酒粕と共に煮込んだもの。 調味料を一切使わず、鮭や酒粕の量を加減することで味を調整するのが一般的。 食べ方は地域によって様々ですが、なるべく多くの家のしもつかれを食べるとその年は無病息災になるなどの言い伝えもあるようです。 赤飯: しもつかれと共に赤飯を稲荷神社にお供えしていたとされます。 初午団子: 養蚕が盛んだった地域では2月の最初の午の日に繭がたくさんとれるよう祈願して、神にお供えするため繭の形をした団子をお供えしたことから現在も繭の形をしたお団子をお供えするところが全国的に多いようです。 そのほかでは草餅や米の粉をお供えする地域もあります。 神酒: お米からできたお酒(日本酒) お稲荷様へのお供えの基本は豊作・商売繁盛を祈って、五穀(米・粟・ヒエ・蕎麦・大豆)の初穂のものをお供えします。 最後に お稲荷さんは私たちの一番身近にある神社です。 この記事をご覧になって、さらに稲荷神社を身近に感じていただければと思います。 初午の日にはお近くの稲荷神社へ足を運んでみてはいかがでしょう。

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