普通急行列車。 JR東日本:旅客営業規則>第2編 旅客営業

「普通」「急行」「特急」

普通急行列車

特急、快速、急行、準急、普通の違いについて 何となくの違いは分かるものの、詳しい違いとなるとよく分からないというものは、世の中にたくさんあります。 列車の運行の種類に関しても、あまりはっきり区別できないという人は少なくないでしょう。 そこで今回は、「特急」「快速」「急行」「準急」「普通」という5つの運行の種類について、それぞれの内容や違いを詳しく解説していきます。 特急とは 特急とは、急行列車の中でも上位にある列車のことです。 「特別急行列車」を縮めた呼び名になります。 急行列車は普通列車と違い、主要な駅にしか停まりませんが、特急はその中でも特に停車駅が少ないという特徴があります。 鉄道会社や路線によって異なるものの、ほとんどの場合で、特急は急行列車のスピード最上位に位置しています。 特急列車では、通常の運賃とは別に、「特急料金」が必要になることが多くなっています。 また、多くの場合、社内設備は他より整ったものが用意されているのが一般的です。 ちなみに新幹線を走る列車も、「新幹線特急」として全て特急扱いになっています。 特急列車は通常より料金がかさむため、以前は通勤にはあまり利用されていませんでしたが、最近では徐々に通勤での利用も増えつつあります。 快速とは 快速とは、普通列車と比較して、途中で停まる駅の数が少ないものを言います。 停車駅の数が減った分、普通列車よりも速く目的の駅へ到達できます。 快速の列車種別(列車の種類)については、JRと私鉄ではそれぞれ扱いが異なります。 JRの場合では、快速は普通列車の一種として規定されています。 それに対し、他の私鉄では各駅停車のみを普通列車と認めるため、快速は速達列車(普通列車よりスピードや設備に優れた列車)に分類されています。 料金については、急行列車とは違い、ほとんどの場合で特別料金は必要ありません。 なお、JR東日本や一部の私鉄などでは、「通勤快速」という名称の快速列車を、通勤時間帯にのみ運行しています。 通勤快速は、特別料金がかからないのはもちろん、通常の快速より停まる駅は少なくなっています。 急行とは 急行とは、停車駅を絞って速達性を優先させた列車を言います。 基本的に各駅停車の普通列車とは違い、主要な駅にしか止まらないという特徴があります。 広い意味では、特急や準急も急行列車の一種にあたりますが、急行は特急より停車駅が多く、準急より少ない列車という言い方ができます。 つまり、目的地への速達性(運行のスピード)で言うと、特急、急行、準急の順番になります。 料金については、JRの場合、急行の利用には運賃とは別に急行券が必要になります。 一方、他の私鉄では、乗車券のみでの利用が可能なケースが多くなっています。 また、私鉄では通勤時間に限り、「通勤急行」を運行しています。 こちらについても、料金は運賃のみでOKとなっています。 準急とは 準急は上記のように、広い意味では急行列車に含まれ、「準急行列車」という呼び方もされます。 普通列車に比べると停車駅は少ないものの、急行よりは多い列車を言います。 旧国鉄においても、準急は戦前から戦後しばらくまで運行されていました。 しかし、昭和43年に全て急行列車に統合されてしまって以降は、JRで準急と呼ばれる列車は走っていません。 一方、一部の私鉄や地下鉄では、現在でも準急列車は運行が続けられています。 料金については、ほとんどの場合で特別料金は不要となっています。 準急には、「通勤準急」と呼ばれる種類のものもあります。 これは、文字通り通勤時間帯に運行される準急で、一部の私鉄において取り入れられています。 普通とは 普通列車は、一般的には各駅に停車する列車を言います。 一部の駅を通過することはありますが、基本的に全ての駅に停まる列車を、普通列車と呼びます。 急行などと比べ、速達性に劣ることから、「鈍行」などとも呼ばれます。 JRの規定では、普通列車は急行列車(特急、準急、快速も含む)以外の列車とされています。 利用は乗車券のみでOKで、その他の特別料金などは必要ありません。 普通列車は各駅停車と呼ばれることもありますが、両者には微妙な違いがあります。 前述のように、普通列車は一部の駅を通過することもあるのに対し、各駅停車は文字通り、全ての駅に停まるようになっています。 普通列車は通勤列車としてもよく利用されますが、快速などに比べ速達性に劣ることから、利用者は比較的少ない傾向があります。

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全国「長距離・長時間列車」総まとめ2020〜最長普通列車から新幹線まで

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10系寝台客車の思い出は。 普通列車の「山陰」は、京都と出雲市を結ぶ夜行列車で、編成にはオハネフ12系が1両組み込まれてました。 当時、長距離夜行列車はまだまだ各地で走っており、「山陰」以外でも、「からまつ」(小樽~釧路間)、「南紀」(名古屋~天王寺間)、「ながさき」(門司港~長崎・佐世保間)などにもオハネ12系、スハネ16系などの寝台客車が連結されてました。 私は、昭和53年4月に京都から米子まで、「山陰」のB寝台車に乗りました。 普通列車の寝台車利用は、生涯この一度だけです。 白熱灯が灯る車内、窮屈ながらも横になれる安堵感。 各駅に停車するので、熟睡は出来ないと思ってたのですが、案外朝までよく眠れました。 10系寝台客車は、「山陰」を最後に、昭和60年3月14日国鉄ダイヤ改正で完全に運用を退きました。 皆様の10系寝台客車の思い出は何でしょうか。 私が本格的な一人旅に出たのが高1の夏休みなので、やっぱり昭和53年頃ですね。 普通列車の寝台に乗ってみたいという如何にも鉄の夢は、この「山陰」で叶えられましたが、全く想像していたものとは違い、狭い空間に身を置いただけの、寝心地の悪い体験で終わりました。 しかし寝心地は悪くとも、10系客車のかもしだす雰囲気には何とも言えない旅情があり、そのなかでもドアが車体の真ん中にひとつだけ配置された「オロハネ10」が見たくて、その後は北海道へ渡って急行「大雪」に会いに行きました。 全然話は変わりますが、この10系寝台のNゲージモデルは、2000年頃から始まった今のマイクロエース以前のアリイが製品化していました。 人気がなかったのかあちこちの店に売れ残っていたので、私は特価で買いあさった思い出があります。 またオロハネ10は、初めて自分が組んだGMの製品でした。 サッシの色指しがうまくできずに、長い模型人生では何度も作ったキットです。 いいなあ。 ボクが実際に10系寝台に乗ったのは、幼稚園に入る前の4歳ごろに親父に連れられ夜行急行に乗ったかすかな記憶だけです。 上段のベッドに小さな窓があるのがなぜかすごく嬉しくて、蓋を何度も開けたり閉めたりした記憶だけがぼんやりと残っています。 構造からして、おそらくオロネ10だったのだろうというのは、後付けの知識で分かった話です。 物心ついてからは、急行落ちした20系寝台には何度か乗ることができましたが、10系はとうとう乗るチャンスを失ってしまいました。 汽車好きになった小学校高学年のころ、夜行急行の座席車に乗ることはできても、切符を持っていない寝台車を覗く図々しさはありませんでした。 覗こうと思って貫通路の前までは行ったものの、ガラス越しに漏れてくる薄暗い明かりに自分とは場違いな大人の世界を感じて、ドアを開ける勇気が出なかったのを昨日のことのように覚えています。 ましてや普通列車の寝台車、一度は乗って見たかったですね。 もう永遠にそんなチャンスはないのですけど。

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快速と大差ない「特急」、料金に合理性はあるか

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1981年1月24日(金曜日)、前夜の「」で始めての和歌山へ来た自分は南近畿ワイドにて、や関西線などを走破して、行き止り式のホームで普通「はやたま」に乗り換えるのだがホームに乗車口案内などはなく、ホームの端に「23:00」と書かれているだけだった。 適当な場所で待っていると、地平ホームみたいに機関車が後押しする推進運転で924列車が、入線して停止したら旧客なので早速乗車、一番旧客らしいオハフ33の真ん中を陣取る。 車内壁面や窓枠が木目調で塗布されたニスの匂いがする木が持つ特有な落ち着いた雰囲気に、ニスの光沢感が独特の空間を作って、如何にも夜行列車、いや夜汽車って感じがした。 始発の夜行は普通「はやたま」以外に夜行急行「きのくに22号」新宮行きもあるので、分散されるのか座席車は空いていたが、発車直前に帰宅するサラリーマンも乗り込んで、そこそこの乗車率だが、23:00ジャストに924列車を牽引するEF58-39号機のホイッスルと共に鈍行夜行「はやたま」は発車した。 を快走して 23:54-0:06 に到着すると、帰宅組みのサラリーマンは下車して自分もホーム降りる。 ではDD13に牽かれてから到着した、4924列車の旧客1両(22:46到着)が924列車「はやたま」本編成に連結して0:06にを発車。 和歌山からはでも宮前・黒江・内原の駅を除き、小まめに停車するが一部の停車時刻は以下参照の事。 0:12 ・海南 0:19 ・加茂郷 0:27 ・下津 0:31 ・ 0:36 ・箕島 0:40 ・宮原 0:45 ・藤並 0:50 ・湯浅 0:55 ・由良 1:05 ・御坊 1:14-14。 からまでは快速運転に切り換るが、車内は減光されずに朝まで走るようである。 御坊から先は一部は寝ていた様であまり記憶はないけど車内は釣り人と旅行客に鉄道ファンと分かるような乗客が、殆どだけど御坊からは1ボックス平均1~2名くらいの乗車率でが、登場する前だからこの程度なのか?。 快速を快調に飛ばして印南 1:32 に停車して岩代~南部間で下り「はやたま」921列車らしき列車とすれ違ったが、光跡とすれ違っただけで詳細は不明だが、この時間帯に下り列車の設定はなく、先頭車のライトが一灯大型ライトなのでEF58だと判断しただけである。 後日談だが、先ほど通過した岩代駅は さんの「の歌」の舞台だそうだ。 南部 1:48 に停車すると・電化の中間となる15分停車の 1:57-2:12 で、この列車を牽引しているEF58-39を見物しに行くと39号機は越えするようなヒサシが、付いたEF58みたいで、精悍なマスクが格好よかった。 何を隠そう当時は乗る専門(今で言う)だったけど、EF58とは大好きな機関車でもある。 2:12にを発車してから自分も就寝したが目が覚めたのは 到着の放送であった。 以下は就寝時間中の通常停車駅と時刻・・・白浜 2:25-27 ・ 2:52 ・ 3:04 ・江住 3:10 ・ 3:18 ・田並 3:27 ・有田 3:31 ・串本 3:39-52 ・古座 4:02-02 ・田原 4:11 ・浦神 4:18 ・下里 4:25 ・太地 4:28-28 ・湯川 4:33 ・ 4:37-40 ・天満 4:43 ・ 4:46-46 ・宇久井 4:53 ・佐野 4:57 ・三輪崎 5:01。 外はまだ真っ暗で夜の続きだけど新宮到着の車内放送で目が覚めると普通「はやたま」はに差し掛かる幾つものポイントを渡って定刻5:07にへ到着した。 では30分以上停車するため、1番線ホームの立ち食いで早朝営業のうどんを食べてから924列車に戻るとB寝台車の10系は編成から外され、座席車には清掃員が乗り込んでここから非電化の上り始発列車となる。 ここからは鈍行夜行「はやたま」ではなくて始発列車の924列車なので夜行列車の部類から外れるので簡単にレポート。 朝焼けのの海岸と磯を見ながら車窓を堪能するが尾鷲駅の手前から通勤・通学客が乗り込んで車内は混雑するけどローカル列車なのでノンビリしている。 自分はで他を走破するために下車したので924列車の旅もここまでとなる。

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