てい ぼう 日誌 聖地。 12月31日(土)の日記 第八章 人魚の勝利

12月31日(土)の日記 第八章 人魚の勝利

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今年を振り返ると色々ありましたですねぇ〜、台風の来ない北海道に台風による災害があったり、九州、山陰、茨木で震度6を超える地震があったり、異常気象によるゲリラ豪雨による水害、竜巻による被害も報道されておりました。 という事で新年の初詣に家族で綾部、亀岡の聖地へ参拝して参ります。 第八章 人魚の勝利 〔二〇三五〕 001 大栄山おほさかやまの南面なんめんの中腹ちうふくには広ひろき平地へいちありて、東西とうざい二十里にじふり、南北なんぼく十里じふりの潮水しほみづ漂ただよひ、真珠しんじゆの湖うみと称たたへられて居ゐる。 005 此この湖水こすいの周囲しうゐには数多あまたの人魚にんぎよ棲すみ、殆ほとんど国津神くにつかみと同様どうやうの生活せいくわつを為なし、よく物ものを言いひ、人魚郷にんぎよきやうをつくりて、南みなみにあるを南郷なんきやうと言いひ、北きたにあるを北郷ほくきやうと言いひ、東ひがしにあるを東郷とうきやうと称しようし、西にしを西郷せいきやうと称となへ、人魚にんぎよの群むれは此この湖水こすいを永久とこしへの棲処すみかとして、魚貝ぎよかひを餌食ゑじきとし、他たよりの国津神くにつかみの侵入しんにふを防ふせぎ、天地てんちの恩沢おんたくを楽たのしみ居ゐたりける。 017 かかる平和へいわの神仙郷しんせんきやうも、時々ときどきイドム王わうの部下ぶか襲来しふらいし来きたりて、人魚にんぎよの乙女をとめを捕とらへ去さる事こと一再いつさいならざりければ、茲ここに人魚にんぎよの王わうは首くびを鳩あつめて協議けふぎを凝こらし、国津神くにつかみの襲来しふらいに備そなへむとして、後先あとさきの鋭するどく尖とがりたる貝殻かひがらを空地あきちなくつきたて、襲おそひ来きたる敵てきの足あしを傷きずつけむと防禦線ぼうぎよせんを張はり居ゐたりける。 024 或時あるとき人魚にんぎよの王わうは、此この湖水こすいの中央ちうあうに突出とつしゆつせる真珠島しんじゆたうに集あつまりて、湖面こめんに浮うかぶ月つきを眺ながめながら一夜いちやを明あかしつつ互たがひに歌うたふ。 027 東郷とうきやうの酋長しうちやう春野はるのは歌うたふ。 028『天地あめつちの神かみの恵めぐみに生なり出いでし 029これの湖水こすいは永久とはの苑そのなり 030大空おほぞらの月つきを浮うかべて波なみ静しづか 031輝かがやく湖うみの広ひろくもあるかな 032かくの如ごと吾等われらは清きよき湖みづうみに 033人魚にんぎよとなりて年としふりにけり 034風かぜ吹ふけど雨あめは降ふれども此この湖うみは 035波なみの秀ほさへも立たたぬ静しづけさ 036春夏はるなつの眺ながめ妙たへなる此この湖うみに 037大栄山おほさかやまの錦にしきうつろふ 038大栄山おほさかやま溪たにの清水しみづは此この湖うみに 039少すこしも入いらず落おちたぎつなり 040此この湖うみは竜宮海りうぐうかいに続つづけるか 041湖水こすいながらも潮水しほみづなりけり 042不思議ふしぎなるこれの高処たかどに潮うしほ湧わく 043湖水こすいは神かみの賜物たまものなるらむ 044百年ももとせをこの湖みづうみにやすらひて 045思おもふ事ことなき吾等われらが暮くらしよ 046折々をりをりは神仙郷しんせんきやうなる此この湖うみに 047襲おそひ来くるなり国津神等くにつかみらは 048国津神くにつかみ仮令たとへ幾万いくまん寄よせ来くとも 049吾等われらは飽あくまで戦たたかはむかも 050天津あまつ日ひは終日ひねもす輝かがやき月舟つきふねは 051終夜よもすがら照てる真珠しんじゆの湖うみよ』 052 南郷なんきやうの酋長しうちやう夏草なつぐさは歌うたふ。 053『人ひとの面おも持もてども未いまだ身体からたまは 054浅あさましきかな鱗うろこ覆おほへば 055さりながら神かみの恵めぐみに抱いだかれて 056煩わづらひもなくすむは嬉うれしき 057安やすらかに真珠しんじゆの湖うみに育そだちたる 058吾等われらは悩なやみ知しらざりにけり 059恐おそろしきイドムの王わうの手下等てしたらは 060吾等われらが輩やからを奪うばひて帰かへるも 061如何いかにして吾等われらが仇あだを防ふせがむと 062朝あさな夕ゆふなに心こころ砕くだくも 063さりながら此この湖みづうみは深ふかければ 064吾等われらは水底みそこ潜くぐりて遁のがれむ 065時折ときをりは陸くがに上のぼりて眠ねむる間まを 066忍しのび来きたれる仇あだに捕とらはる 067明日あすよりは人魚にんぎよは汀みぎはに眠ねむらずて 068湖中こちうに浮うかび休やすらふべきかな 069悠々いういうと波なみに浮うかびて魚族うろくづを 070食くひて生いくるは恵めぐみなりけり 071天地あめつちの恵めぐみ忘わすれし輩やからのみ 072生命いのち奪うばはれ苦くるしむなるべし 073吾等われらとて主スの大神おほかみの御賜物みたまもの 074神かみは必かならず守まもりますらむ 075イドム城じやうはサールの王わうの現あらはれて 076破やぶれしと聞ききぬ吾等われらが敵かたきは 077わが輩やからの真珠しんじゆ持もてりと争あらそひて 078此この湖みづうみに忍しのび来くるなり 079サール国こくのエールス王わうは心こころ荒あらき 080神かみとし聞きけば安やすからず思おもふ 081兎とにもあれ角かくにもあれや波なみの上へに 082澄すむ月光つきかげを眺ながめて明あかさむ 083月つき見みれば歎なげかひ心こころ消きえゆきて 084春野はるのに咲さける花はなを思おもふも 085花見はなみむと陸くがに上のぼりて捕とらはれし 086輩やから思おもへば悲かなしかりけり 087春はるさればわがともがらは次々つぎつぎに 088捕とらはれにけり油断ゆだんの心こころに』 089 西郷せいきやうの酋長しうちやう秋月あきづきは歌うたふ。 090『天てん蒼あをく湖うみまた青あをき真中まんなかに 091浮うかべる真珠しんじゆの島しまに酒さけ酌くむ 092御空みそらゆく月つきの光ひかりに照てらされて 093此この湖原うなばらは真白ましろに映はゆるも 094波なみの間まに出没しゆつぼつするはわが輩やから 095御空みそらの月つきを仰あふぐなるらむ 096八千尋やちひろの湖底うなぞこまでも照てり透とほす 097月つきの光ひかりの偉大ゐだいなるかな 098闇やみの夜よは汀辺みぎはべに輩やから集あつまりて 099歌うたと踊をどりに夜よを明あかすなり 100人魚等にんぎよらの歌うたふ声々こゑごゑ波なみの間まに 101こだまなしつつ夜よは明あけにける 102大栄おほさかの山やまの紅葉もみぢを仰あふぎつつ 103湖水こすいに浸ひたる秋あきは楽たのしき 104秋月あきづきは大栄山おほさかやまに照てり映はえて 105錦にしきに映はゆる真珠しんじゆの湖原うなばら 106波なみの色いろ朱あけに染そめつつ大栄おほさかの 107山やまの紅葉もみぢは照てり渡わたるなり』 108 北郷ほくきやうの酋長しうちやう冬風ふゆかぜは歌うたふ。 109『冬ふゆされど此この仙郷せんきやうは暖あたたかし 110大栄山おほさかやまは北きたに峙そばだつ 111大栄おほさかの山やま嶮けはしければ国津神くにつかみは 112此この仙郷せんきやうに来きたる少すくなし 113吾わが棲すめる北きたの郷さとには人魚にんぎよとる 114仇あだも来きたらず安やすく過すぎ行ゆく 115若もしや若もし敵てきの来きたらば人魚等にんぎよらを 116ことごと吾等われらが郷さとに集あつめよ』 117 斯かく歌うたふ折をりもあれ、イドム城じやうの女王ぢよわうサツクス姫ひめは、数百すうひやくの騎士ナイトを従したがへ、大栄山おほさかやまの急坂きふはんを鬨ときを作つくりて登のぼり来きたり、一網打尽いちまうだじんに人魚にんぎよの群むれを襲おそひ捕獲ほくわくせむとのぼり来きたる。 122 この物音ものおとに四人よにんの酋長しうちやうは、スハ一大事いちだいじ、人魚にんぎよの輩やから悉ことごとく北郷ほくきやうに集あつめむと、泳およぎの早はやき人魚にんぎよを東西南とうざいなんの三郷さんきやうに遣つかはし急きふを報ほうじければ、数万すうまんの人魚にんぎよはわれ遅おくれじと深ふかき水底みなそこを潜もぐりて、一人ひとりも残のこらず北郷ほくきやうにかたまり、いづれも声こゑを潜ひそめて敵てきの襲来しふらいを遥はるかに眺ながめつつありける。 129 四人よにんの酋長しうちやうは真珠島しんじゆたうの巌頭がんとうに立たち、悠然いうぜんとして敵てきの襲来しふらいを眺ながめ居ゐたり。 131 サツクス女王ぢよわうの指揮しきのもとに、数百すうひやくの騎士ナイトは東西南とうざいなんの三郷さんきやうに陣取ぢんとり、湖水こすいを囲かこみて擦鉦すりがね太鼓たいこを打うち鳴ならしつつ、山やまも砕くだけむばかりの勢いきほひにて襲おそひ来きたり、人魚にんぎよの影かげの一ひとつも湖面こめんになきに失望しつばうし、各々おのおの馬上ばじやうながら湖中こちうに飛とび入いり、馬うまをたよりに捜索そうさくすれども、東西南とうざいなんの三郷さんきやう附近ふきんには一ひとつの人魚にんぎよも見当みあたらず、遂つひには馬うま疲つかれ、湖中こちうに溺おぼるるもの多おほくなりければ、さすがのサツクス女王ぢよわうも、すごすごと岸辺きしべに引ひき返かへし、馬うまの疲つかれを休やすめ、自分じぶんもまた顔かほ青あをざめて太ふとき息いきを吐はき居ゐたり。 145 サツクス女王ぢよわうは声こゑも細々ほそぼそと歌うたふ。 146『月つき澄すめる真珠しんじゆの湖うみに来きて見みれば 147波なみばかりにて人魚にんぎよの影かげなし 148此この湖うみに永久とこしへに棲すむ人魚等にんぎよらは 149如何いかがなりしか吾われいぶかしき 150潮水しほみづに飛とび込こみ進すすみしわが騎士ナイトの 151その大方おほかたは溺おぼれ死ししたり 152人魚等にんぎよらは水底みなそこ深ふかく潜ひそみつつ 153駒こまの脚あしをばひけるなるらむ 154斯かくならば駒こまは詮せんなし木きを伐きりて 155独木まるきの舟ふねを造つくり進すすまむ』 156 茲ここに生いき残のこりたる騎士等ナイトらは、湖辺こへんに立たてる数多あまたの大木たいぼくを伐きり倒たふし独木舟まるきぶねを造つくりて、七日七夜なぬかななよの丹精たんせいをこめ漸やうやく数艘すうさうの舟ふねを造つくり、真珠しんじゆの島しまに渡わたり酋長しうちやうを捕縛ほばくし、人魚にんぎよの在処ありかを自白じはくさせむと、茲ここに数十人すうじふにんの騎士ナイトは独木舟まるきぶねに棹さををさし櫂かいを操あやつりながら、稍やや広ひろき真珠しんじゆの島しまへと進すすみ行ゆく。 勿論もちろんサツクス女王ぢよわうもその舟ふねに安やすく坐ざしてありける。 164 四人よにんの酋長しうちやうは寄よせ来きたる舟ふねを遥はるかに見みながら、悠々いういうとして騒さわがず急あせらず眺ながめ入いる。 166 北郷ほくきやうの酋長しうちやう冬風ふゆかぜは、三人さんにんと何なにか諜しめし合あはせ居ゐたりしが、忽たちまち湖中こちうに飛とび込こみ、水底みなそこを潜くぐつて北郷ほくきやうに急いそぎ帰かへり、数万すうまんの人魚にんぎよに急きふを告つげ、且かつ一斉いつせいに敵てきに向むかつて必死ひつしの力ちからを加くはへ殲滅せんめつせむ事ことを訓示くんじした。 172 酋長しうちやうの言葉ことばに数万すうまんの人魚にんぎよは勢いきほひを得え、日頃ひごろの仇あだを報むくい、禍わざはひの根ねを断たつは此この時ときと、固唾かたづを呑のんで控ひかへ居ゐる。 176 サツクス女王ぢよわうは勝かち誇ほこりたる面おももちにて、独木舟まるきぶねを漕こがせながら、月つき照てり渡わたる真珠しんじゆの湖原うなばらを眺ながめて歌うたふ。 179『あはれあはれ心地ここちよきかな吾われは今いま 180真珠しんじゆの島しまを占領せんりやうせむとす 181人魚等にんぎよらの宝たからの真珠しんじゆを集あつめたる 182島根しまねは夜よながら輝かがやきにけり 183幾万いくまんの真珠しんじゆの光ひかりかたまりて 184月つきの光ひかりも褪あせにけらしな 185幾万いくまんの人魚にんぎよはいづれに逃にげしぞや 186吾等われらが威勢ゐせいに驚おどろけるらし 187面白おもしろし月つきの浮うかべる湖原うなばらに 188真珠しんじゆの島しまを取とらむと出いで行ゆく』 189 春野はるのは遥はるかに此この体ていを見みて歌うたふ。 190『玉たまの緒をの生命いのち知しらずの出いで立たちを 191見みつつあはれを催もよほす吾われなり 192欲よく深ふかく真珠しんじゆの玉たまに目めが眩くらみ 193生命いのち捨すつると思おもへばいぢらし 194北郷ほくきやうに手具脛てぐすねひきて待まち待まてる 195人魚にんぎよの力ちからを恐おそれざるらし 196森閑しんかんとしづまりかへる湖原うなばらに 197やがて血汐ちしほの雨あめは降ふるらむ 198心地ここちよき今宵こよひなるかも祖々おやおやの 199仇あだを報むくゆる時ときは来きにけり 200サツクスはイドムの国くにを奪うばひ取とり 201夫つまの生命いのちをとりしくせもの 202サツクスの悪魔あくまは尚なほも飽あきたらで 203吾等われらが宝たからを奪うばはむとすも 204限かぎりなき欲よくにつられて玉たまの緒をの 205生命いのちを捨すつるは浅あさはかなるかな』 206 南郷なんきやうの酋長しうちやう夏草なつぐさは歌うたふ。 207『夏草なつぐさの茂しげみを分わけてのぼり来くる 208ナイトは死出しでの旅たびをするかも 209わが輩やから影かげなきを見みてナイト等らは 210馬うま諸共もろともに湖中こちうに駈かけ入いりぬ 211駿馬はやこまは疲つかれはてけむ力ちからなく 212人ひともろともに溺おぼれ死ししたり 213次々つぎつぎに溺おぼるるを見みてサツクスは 214陸くがに向むかつて逃にげゆくをかしさ 215駿馬はやこまの嘶いななきを知しりてサツクスは 216汀みぎはに並木なみきを伐きり倒たふしたり 217七日七夜なぬかななよ独木まるきの舟ふねを造つくり了をへて 218渡わたり来くるかも生命いのち知しらずに 219近寄ちかよらば真珠しんじゆの岩いはを投なげつけて 220仇あだ悉ことごとく打うち殺ころすべし』 221 西郷せいきやうの酋長しうちやう秋月あきづきは歌うたふ。 222『面白おもしろき世よとはなりけり居ゐながらに 223仇あだを滅ほろぼす今宵こよひとおもへば 224水中すいちうに力ちからを保たもつわが輩やから 225捕とらへむとする愚おろかさを思おもふ 226愚おろかなるサツクス王わうの手下等てしたらを 227水みづの藻屑もくづと葬はうむり去さらむ 228面白おもしろしああ勇いさましし吾わが敵てきは 229真珠しんじゆの島根しまね近ちかく寄よせたり』 230 斯かく歌うたふ折をりしも、サツクス女王ぢよわうの一行いつかう数十人すうじふにんは島しまに近寄ちかよらむとするや、三人さんにんの酋長しうちやうは此処ここを先途せんどと、真珠しんじゆの岩いはを頭上づじやうに高たかくささげ、寄よせ来くる敵てきに向むかつて岩石落がんせきおとしに投なげつくれば、何条なんでう以もつて堪たまるべき、舟ふね諸共もろともに湖中こちうに残のこらず沈没ちんぼつし、湖うみの水泡みなわと消きえにける。 238 北郷ほくきやうに集あつまりし数万すうまんの人魚にんぎよは、「ウオーウオー」と一斉いつせいに歓声くわんせいを挙あげ、為ために天地てんちも崩くづるるばかりなりける。 241 イドムの城しろを占領せんりやうし、エールス王わうを謀殺ぼうさつし、恋こひの勝利者しようりしやとときめき渡わたり、豪奢がうしやを極きはめたりし悪虐あくぎやく無道ぶだうの張本ちやうほんサツクス女王ぢよわうも、天運てんうんいよいよ尽つきて水みづの藻屑もくづとなりけるぞ天命てんめい恐おそろしき。 246 これより真珠しんじゆの湖うみの人魚にんぎよの群むれに向むかつて攻せめ寄よするもの跡あとを断たち、永遠えいゑんの神仙郷しんせんきやうとして人魚にんぎよの群むれは栄さかえけるとなむ。 248(昭和九・八・五 旧六・二五 於伊豆別院 白石恵子謹録) 今朝の物語はここまでです。 今日一日「素直に 明るく 元気に 前向きに」真剣に生かさせて頂きます。 惟神霊幸倍坐世 2020年• 07月• 08月• 09月• 10月• 11月• 12月 2019年• 2018年• 2017年• 2016年• 2015年• 2014年• 2013年• 2012年• 2011年• 2010年• 2009年• 2008年• 2007年• 01月• 02月•

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地理 [ ]• 河川 -• 湖沼 - 、、• ダム - 、 隣接している自治体 [ ]• :、、• :、、 歴史 [ ] 年表 [ ]• 本節では、例えば「16世紀後半(戦国時代後期)」と「戦国時代末期(16世紀末か17世紀初頭)」という表記が混在するが、それぞれに「16世紀後半」と「戦国時代末期」が出典元での表記で、( )内は添付情報である。 先史時代 [ ]• 初頭(初頭) - ヴュルム氷期()が終焉したことによる全地球規模での気温上昇に伴い、周辺でもが始まる。 北端部ではへの海進が始まり、の湾入が出現、による作用が波及して谷の埋積が進捗し、の形成が始まる。 前期 - 相内露草地区にて、オセドウ遺跡(通称:オセドウ貝塚遺跡)の形成期の始まり/当の的価値は主として縄文時代にあるが、の終焉期までの長きに亘る繁栄を確認できる。 しかしに入って衰退を見せ、消滅している。 約3500年前(縄文時代後期後葉) - 相内地区にて、五月女萢遺跡( そとめやち いせき)の形成期の始まり/10世紀前半(中期)まで栄える。 古代 [ ]• - 内の中島にて、の形成期/この遺跡は、における奈良時代のとなっている。 後半(後期) - の現・相内地区にて、の築城。 中世 [ ]• 初頭(後期前葉) - ( とさみなと)が、・の本拠地として、とのとの間の重要拠点として栄え始め、次第に隆盛に向かう。 換言すれば、の形成期の始まりである。 元年(3年、 換算:、初期) - 大海嘯()でが壊滅的被害を受けて衰退したとの伝承あり。 しかしながら、発掘調査で津波の痕跡は検出されておらず、続く時代の史料との整合性も見られない。 (南北朝時代全期および前後数十年) - 十三湊の拡充と隆盛。 半ば(初頭) - がに敗れて支配地を失い、( えぞがしま。 のこと )へ逃げる。 はこれによって急速に衰微し、和人・蝦夷間の交易拠点としての地位は、( のへじみなと。 に面する湊。 の北の門戸として江戸時代に隆盛。 年間(-間) - 成立時期については定説が無く戦国時代末期(16世紀末か17世紀初頭)などとする説もあるが、日本最古の規集『』が、恐らくはの衆の下で成立する。 同書は「」について記しているが、七湊の一つとして「奥州津軽十三湊」の名でを挙げている。 ただし、実際の十三湊の隆盛期は津軽安東氏の没落と共に終焉を迎えている。 16世紀後半(戦国時代後期) - が再び整備され、復興が図られる。 近世 [ ]• 以降 - ( とさみなと)の異訓として「じゅうさんみなと」が見られるようになる。 全般 - を下ってきたをから鯵ヶ沢湊(現在の域にあった湊)へと運ぶ「十三小廻し」が行われていた。 元年(、江戸時代初期) - の創建。 年間(-間、江戸時代初期) - 第4代藩主・の命により、北津軽の事業が推し進められる/この時期、も灌漑用として数多く築造された。 現・五所川原市域ではやが代表的である。 明治時代 [ ]• (21年) - 原子山元にて、の開局。 (明治22年) - 全国でが施行され、ではとして 五所川原村を始めとする23か村が成立。 (明治31年) - 五所川原村が単独で町制を施行し、 を発足する。 (明治40年) - 金木村 金木 朝日山(のちの金木町朝日山、現・五所川原市金木町朝日山)にて、邸宅の竣工/この邸宅は、の生家であり、現在はとなっている。 (明治42年) - 金木村の津島邸で、源右衛門の六男・修治()が誕生。 大正時代 [ ]• (大正11年)• 某月某日 -?? にて、の建立。 某月某日 - の兄・夫婦が、津島邸に隣接する新居として津島家新座敷を完成させる/この邸宅は、父の建てた津島邸(母屋)を処分した後の新たな津島邸となり、その後の現在は「太宰治疎開の家・旧津島家新座敷」となっている。 昭和時代 [ ]• ( 03年) - 大町に本社を置く、株式会社の設立。 (昭和23年)• - が、ので愛人とを遂げる。 - 発生。 6月某日 - 太宰治の兄・夫婦が、津島邸の母屋の売却を決め、新座敷をわずかに移設して新たな津島邸とする。 (昭和25年) - 津島家(の実家)が、太宰の生家でもある金木町の邸宅を売却する。 (昭和27年) - の発生。 (昭和29年) - 、、、、、、がし、 五所川原市( 第1次五所川原市)を発足する。 (昭和30年)3月某日 - がにされる。 (昭和31年)• - 五所川原市が、(下石川を除く)を。 - 五所川原市が、北津軽郡の梅田と中泉を編入。 1971年竣工の本庁舎(2代目)/現在は旧本庁舎。 (昭和33年)• - 五所川原市が、の小曲を編入。 某月某日 - が、と周辺地域およびと周辺地域を、に指定。 (昭和46年)某月某日 - 新たな本庁舎(2代目)の竣工。 (昭和50年) - がを指定。 現・五所川原市域では旧・域にあるが指定区域に含まれる。 (昭和52年) - 栄町にて、の開館。 (昭和58年) - に指定区域の変更あり。 (昭和60年) - 五所川原市と()がの盟約を締結。 平成時代 [ ]• ( 02年)某月某日 - 日本さくらの会が「」を選定し、五所川原市域からはが選出される。 (平成 08年)• 3月某日 - を十三五月女萢(現在地)へ移設。 某月某日 - 経営の悪化した旅館「」をが買い取り、町営のとして再出発させる計画に着手する。 (平成 09年) - 相内実取にて、の開業。 (平成10年)• - 五所川原市と()がの盟約を締結。 某月某日 - かつての旅館「斜陽館」が、営のに改装され、開館する。 (平成12年) - 磯松山の井にて、の開館。 (平成16年)某月某日 - 大町にて、の開館。 (平成17年)• - 五所川原市、北津軽郡、が合体(新設合併)し、改めて 五所川原市( 第2次五所川原市)を発足する。 - 遺跡が、国のに指定される。 (平成22年) - が「」を選定し、五所川原市域からはとが選出される。 (平成26年)• - の閉院。 - 岩木町にて、の開院。 - 東町に本社を置く、の開局。 (平成30年)• - 布屋町にて、新たな本庁舎(3代目)の竣工 /老朽化・強度・利便性の問題を抱える(昭和46年)竣工の本庁舎に替えて。 - 新たな五所川原市役所本庁舎の開庁。 行政区域の変遷 [ ]• (明治22年) - 全国でが施行され、ではとして 五所川原村を始めとする23か村が成立。 (明治31年) - 五所川原村が単独で町制を施行し、 を発足。 (昭和29年) - 五所川原町、、、、、、がし、 五所川原市( 第1次五所川原市)を発足。 (昭和31年)• - 五所川原市が、(下石川を除く)を。 - 五所川原市が、北津軽郡の梅田と中泉を編入。 (昭和33年) - 五所川原市が、の小曲を編入。 (平成17年) - 五所川原市、北津軽郡、が合体(新設合併)し、改めて 五所川原市( 第2次五所川原市)を発足。 行政 [ ]• 市長:(2018年7月9日就任、1期目) 歴代市長 [ ] 代 氏名 就任日 退任日 備考 旧・五所川原市長 1 1954年(昭和29年)11月20日 1958年(昭和33年)11月17日 2 1958年(昭和33年)11月18日 1962年(昭和37年)11月17日 3 1962年(昭和37年)11月18日 1966年(昭和41年)11月17日 4 1966年(昭和41年)11月18日 1970年(昭和45年)11月17日 5 1970年(昭和45年)11月18日 1974年(昭和49年)11月17日 6 1974年(昭和45年)11月18日 7 1977年(昭和52年)3月30日 1981年(昭和56年)3月29日 8 1981年(昭和56年)3月30日 9 1983年(昭和58年)2月6日 1987年(昭和62年)2月5日 10 1987年(昭和62年)2月6日 11 佐々木栄造 1989年(平成元年)6月18日 1993年(平成5年)6月17日 12 1993年(平成5年)6月18日 1997年(平成9年)6月17日 13 1997年(平成9年)6月18日 2004年(平成13年)6月17日 14 2004年(平成13年)6月18日 2005年(平成17年)3月27日 五所川原市長 - 成田守 2005年(平成17年)3月28日 2005年(平成17年)4月17日 職務執行者 1 成田守 2005年(平成17年)4月26日 2006年(平成18年)5月27日 途中退職 2 2006年(平成18年)7月9日 2010年(平成22年)7月9日 3 2010年(平成22年)7月9日 2014年(平成26年)7月8日 4 2014年(平成26年)7月9日 2018年(平成30年)7月8日 無投票当選 5 2018年(平成18年)7月9日 市議会 [ ]• 議員定数:26人• 任期:2015年(平成27年)2月16日 - 2019年(平成31年)2月15日 庁舎 [ ]• 金木総合支所• 市浦総合支所• 三好支所(現在廃止)• 長橋支所• 飯詰支所• 七和支所• 梅沢支所• 毘沙門支所 姉妹都市・提携都市 [ ] 国内 [ ]• (山梨県) 教育・文化・経済等の交流 - (平成10年)• (北海道) (安藤氏とのかかわりという歴史的背景) - (昭和60年) 地域 [ ] 人口 [ ] 平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5. 55%減の55,181人であり、増減率は県下40市町村中16位。 五所川原保健所 公的医療機関 [ ]• 司法機関 [ ] 裁判所 [ ]• 五所川原支部• 五所川原支部• 検察庁 [ ]• 五所川原支部• 警察機関 [ ]• 消防機関 [ ]• 教育 [ ] 高等学校 [ ] 県立• 学校法人 中学校 [ ] 市立• (2011年・金木中学校へ統合)• (同上)• (2004年・五所川原第一中学校へ統合) 小学校 [ ]• (2004年・三好小学校を統合新設)• (同上)• (2008年・東峰小学校を統合新設)• (同上)• (同上)• (2012年・いずみ小学校を統合新設)• (同上)• (同上)• (同上)• (2015年・金木小学校へ統合)• (同上) 学校教育以外の施設 [ ] 図書館 [ ]• 職業訓練施設 [ ]• 産業 [ ] 工業 [ ] 漆川地区に、青森県が計画し五所川原市が事業主体となって を整備。 2015年現在、団地内では 31施設が稼働している。 また、上記団地以外にも誘致企業の工場や拠点は市内に点在している。 商業 [ ]• - を核としたショッピングセンター• 新宮店• スーパー佐藤長 広田店• スーパー佐藤長 金木店 商業拠点の移り変わりと旧市街の衰退 [ ] 一帯を集約する都市で、一帯の完成までは市内の商業拠点は五所川原駅前周辺にあり、、、といった地元のが連立し、同市の発展に力を尽くしたが、次第に近隣市町村への店舗進出やによる影響で経営が悪化し、丸友は平成初頭に閉店、マルキ飛島はエルムの街()に移転、最後まで残っていた中三も2006年(平成18年)1月に閉店した。 五所川原市は、この現状を踏まえ、旧市街地の(拡張、撤去も並行して行う)を行い、またエルムの街は方式で設立当時から経営し、市全体の衰退を引き止める努力を続けている。 2006年(平成18年)10月にはエルムの街北東にを核店舗としてアクロスプラザ五所川原が完成した。 農業 [ ]• - 漁業 [ ]• - の• 伝統工芸 [ ]• - 金融機関 [ ]• (市内に4箇所)• (市内に3箇所)• 五所川原支店• (市内に2箇所)• 五所川原支店(五所川原支店が管理する有人の金木出張所がある)• 五所川原支店 ・• 五所川原支所 マスメディア [ ]• 五所川原支局• 五所川原支社• 五所川原支局• 報道部五所川原分室(旧:五所川原支局)• () 郵便 [ ] 直営郵便局 [ ]• その他の道路 [ ]• (通称「こめ米(こめまい)ロード」) 名所旧跡・行事等 [ ] 自然物等• - 指定区域。 - 「」選定物件。 - 「」選定物件。 - 「ため池百選」選定物件。 ( かなぎまちぎょっかせき) - 金木町喜良市 小田川に所在。 青森県指定。 玉鹿石は津軽錦石( つがるにしきいし)の一種で、崖のの中に団塊状に含まれて露出している。 神社仏閣• ( さんのうぼう ひえじんじゃ) - 相内岩井に所在。 付近には山王坊遺跡がある。 ( せきとうざんあらはばきじんじゃ) - 飯詰に所在。 ( いいづめはちまんぐう) - 飯詰 福泉に所在。 - 元町に所在。 「五所川原地名発祥之源地」碑がある。 鶴ヶ岡八幡宮 - 鶴ヶ岡に所在 その他の文化財• 十三湊遺跡 - 十三に所在。 十三湖西側の日本海と挟まれた地域でかつて栄えた「」の遺跡。 - 湊字千鳥に所在。 ( ごしょがわらすえきかまあと - 持子沢 隠川に所在。 国指定史跡。 - 相内に所在。 跡 - 相内に所在。 - 磯松唐皮に所在。 付近には唐川城跡展望台がある。 立佞武多の館 、行事等• - 「」を参照のこと。 開催期間は8月4日~8日。 地域に残る行事 - 「」を参照のこと。 博物館等• - 湊字千鳥に所在。 - 金木町芦野に所在。 - 十三土佐に所在する中の島ブリッジパーク内の施設。 - 金木町朝日山に所在。 建物は「旧津島家住宅」として国のに指定。 - 大町に所在。 観光スポット等• - 十三土佐に所在。 十三湖の西に浮かぶ小島を利用したパークで、や、などがある。 また、島内からはの(中島遺跡)が発見されている。 - 相内実取に所在。 - 脇元野脇に所在。 や(宿泊施設)などがある。 - 磯松山の井に所在。 - 磯松唐皮に所在。 著名な出身者 [ ] 政治・経済 [ ]• (貴族院議員、青森銀行頭取、青森県多額納税者)• (五所川原市長)• (佐々木銀行頭取)• (前長)• (津軽鉄道社長)• (金木銀行頭取、青森県知事、参議院議員、衆議院議員) - 太宰治の実兄• (産廃処理会社社長、政治活動家)• () 行政 [ ]• (元長官・政策ビジョン研究センター教授) 文化 [ ]• (文芸)• () - 津島文治の実弟 芸能 [ ]• (のピアノ担当)• (演奏家)• () - 羽柴誠三秀吉の息子• (、・) スポーツ [ ]• (、)• (大相撲力士)• (大相撲力士、)• (大相撲力士、大関)• (大相撲力士、)• (、日本大学相撲部監督、現理事長)• (スキー選手)• () 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 港別みなと文化アーカイブス(公式ウェブサイト). 一般財団法人 みなと総合研究財団 WAVE. 2018年6月10日閲覧。 『国指定史跡ガイド』、『デジタル』. 2018年6月10日閲覧。 コトバンク. 2018年6月10日閲覧。 石山晃子. 港別みなと文化アーカイブス(公式ウェブサイト). 一般財団法人 みなと総合研究財団. 2018年6月10日閲覧。 平凡社『世界大百科事典』. コトバンク. 2018年6月10日閲覧。 あおもり 今・昔(公式ウェブサイト). 青森市 1999年3月15日. 2018年6月10日閲覧。 公式ウェブサイト. 五所川原市. 2018年6月9日閲覧。 公式ウェブサイト. 五所川原市. 2018年6月9日閲覧。 竹浪正静『鶴田町史』津軽書房、1985年刊、p. 842• (五所川原市公式サイト)• 2009年3月31日, at the. 2009年3月31日, at the. 2009年3月31日, at the. 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 公式ウェブサイト. 五所川原市観光協会. 2018年6月9日閲覧。

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放課後ていぼう日誌

てい ぼう 日誌 聖地

ストーリー [ ] から父親の故郷である九州の 原作では芦方町 海辺に越して来たばかりの 鶴木陽渚。 折りしも高校生になったばかりの彼女は、持ち前の手先の器用さを生かし、手芸部で楽しい高校生活を送ろうと考えていた。 しかしで「ていぼう部」部長の 黒岩と出会ったことで状況が一変。 評判・知名度ともに最低で(父親の高校時代には知られていたようだが)存続が危ぶまれていたこともあって、勢いに流されるままに陽渚は勧誘されてしまう。 生来、生き物が苦手で釣りの経験もない彼女にとって、まさに不本意と言うべき展開であったが、黒岩や部員たちとの活動を経て、次第に釣りの奥深さを実感していくことになる。 物語の舞台は。 登場人物 [ ] 声の項はテレビアニメ版の。 鶴木 陽渚(つるぎ ひな) 声 - 本作の。 高校1年生。 手芸が大好きな内向的な性格の女子。 普段は大人しいが、負けず嫌いで、夏海や悠希に悪態をついたりする。 運動神経は悪く、体力がない。 勉強は得意でなく、学校の成績は中の下。 記憶力はあまり良くない。 生き物全般が苦手で、手や足に触れただけで激しく取り乱し、露出したの内臓やの姿料理を見ただけで失神する。 しかし、手先の器用さは引き摺り込まれた「ていぼう部」でも活かされている。 黒岩 悠希(くろいわ ゆうき) 声 - 「ていぼう部」部長。 高校3年生。 気だるげで飄々とした態度が目立つが、陽渚を強引に勧誘した張本人であり、それなりに遣り手な性格が窺える。 基本的に穏やかな性格であるが、釣った魚の〆を陽渚にさせるなど、厳しい性格も垣間見える。 帆高 夏海(ほだか なつみ) 声 - 陽渚の小学校時代の友達で高校で再会する。 高校1年生。 黒岩を姉の様に慕って「ていぼう部」の部員に収まっている。 体を動かす事が好きで、夏は日に焼けているらしい。 陽渚とは対照的に陽気で順応力が高く、部活に馴染んでいる。 見かけによらず成績は優秀で、中学生の時は常に学年1桁内だった。 テスト前に陽渚に勉強を教えている。 大野 真(おおの まこと) 声 - 「ていぼう部」部員兼生徒会委員。 高校2年生。 眼鏡をかけた口数の少ない大柄な女子で、一見近寄り難い雰囲気を醸し出しているが、大人しく真面目な常識人。 面倒見が良く、陽渚と夏海から慕われている。 家は鮮魚店で、釣りだけでなく調理も得意であるが、実はカナヅチで釣りで膨張式ライフジャケットを着用している。 背と胸が大きいと言われる事を気にしている。 小谷 さやか(こたに さやか) 「ていぼう部」顧問。。 自前の自動車 5人乗りピックアップトラック で部員をサポートする一方で、部員が獲って来た物を肴に大酒を飲んで部員にからむ悪い癖がある。 わな猟専門の猟師もしている。 陽渚の母 声 - 陽渚が「ていぼう部」に入った事を心配したが、今は釣って来る物に期待している。 陽渚の父 声 - 陽渚が持って帰って来る酒の肴を楽しみにしている。 仕事は建築関係。 反響 [ ] 釣り雑誌『』は「のほほんとしたタイトルや女子高生が主人公であることから釣りがメインではないのかと思いきやそうではなく、釣具の描写がリアルで魚もきちんと描かれていながら可愛さもある絶妙な加減で、のほほんとしたていぼう部部員のやりとりの中で釣りや投げ釣り、釣り糸の結び方のような実践的なテクニックもあり、ジグヘッドリグで底を取る感覚などのかなり具体的なことも扱って釣り人からは感心を寄せられる作品で、陽渚の視点による釣り初心者の心情や疑問、上達していく手順が特に興味深く、釣りを長くしていると忘れがちな初心を思い出されてくれる共感できるエピソードが散りばめられている」と評した。 書誌情報 [ ]• 小坂泰之『放課後ていぼう日誌』 秋田書店〈〉、既刊6巻(2020年3月19日現在)• 2017年11月1日発行(2017年10月20日発売 )、• 2018年4月1日発行(2018年3月19日発売 )、• 2018年12月1日発行(2018年11月20日発売 )、• 2019年5月1日発行(2019年4月19日発売 )、• 2019年11月1日発行(2019年10月18日発売 )、• 2020年4月1日発行(2020年3月19日発売 )、 テレビアニメ [ ] 2020年4月よりほかにて放送中。 の影響により、4月21日の第3話をもって放送・配信の延期をしていたが 、2020年7月7日より第1話から第3話までを再放送し、7月28日より第4話以降を順次放送していく予定。 スタッフ [ ]• 原作 - 小坂泰之• 監督 -• シリーズ構成 -• キャラクターデザイン - 熊谷勝弘• 釣具プロップデザイン - 小倉寛之• プロップデザイン - 永田杏子• 美術監督 - 坂下裕太• 美術監修・美術設定 -• 色彩設計 - 真壁源太• 撮影監督 - 桒野貴文• 編集 - 小野寺絵美• 音響監督 -• 音楽 -• 音楽プロデューサー - 西辺誠• 音楽制作 -• プロデューサー - 山下愼平、後藤恵士、鎌田肇、伊藤将生、礒谷徳知、、佐藤裕士、谷本千明• 制作プロデューサー - 関根大起• アニメーション制作 -• 製作 - 海野高校ていぼう部 (、秋田書店、動画工房、フライングドッグ、、、レイ、レッグス) 主題歌 [ ] 作曲・編曲はZAI-ON、歌唱はが担当する。 「SEA HORIZON」 オープニングテーマ。 作詞は深川琴美。 「釣りの世界へ」 エンディングテーマ。 作詞は山田裕介。 各話リスト [ ] 話数 サブタイトル 脚本 絵コンテ 演出 作画監督 総作画監督 初放送日 れぽーと01 ていぼう部 久保茉莉子 熊谷勝弘 2020年 4月7日 れぽーと02 リールとキャスティング 永井真吾• 垣内郁美• 上野卓志• 舘崎大• HAPPY! クランクイン!ビデオ• パーソナリティは鶴木陽渚役のと帆高夏海役の。 出典 [ ] []• パナソニック株式会社 LUMIX CLUB PicMate• 2019年12月28日. 2019年12月28日閲覧。 TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト. 2020年3月6日閲覧。 「4月7日(火)に放送開始! コミック「放課後ていぼう日誌」がTVアニメ化決定」『つり人 2020年5月号』第75巻第5号、つり人社、2020年3月25日、 26-27頁。 秋田書店. 2019年12月28日閲覧。 秋田書店. 2019年12月28日閲覧。 秋田書店. 2019年12月28日閲覧。 秋田書店. 2019年12月28日閲覧。 秋田書店. 2019年12月28日閲覧。 秋田書店. 2020年3月19日閲覧。 2019年10月15日. 2019年10月15日閲覧。 TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト. 2020年6月2日閲覧。 TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト. 2020年4月15日. 2020年4月15日閲覧。 TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト. 2020年6月2日. 2020年6月2日閲覧。 TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト. 2020年3月6日閲覧。 TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト. 2020年5月14日閲覧。 テレビ放送対象地域の出典:• 2009年10月9日. 2018年10月24日閲覧。 告示第六百六十号. 1988年10月1日. 2018年10月24日閲覧。 2018年10月24日閲覧。 PR TIMES 2019年7月26日. 2020年4月7日閲覧。 TVアニメ「放課後ていぼう日誌」公式サイト. 2020年4月15日閲覧。 2020年3月16日閲覧。 外部リンク [ ]•

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