僕だけがいない街 映画 ひどい。 僕だけがいない街

決して忘れる事が出来ない最悪のクソ映画ランキングTOP10!

僕だけがいない街 映画 ひどい

先日、僕だけがいない街の映画を観てきました。 アニメはそのあと最終回まで見ました。 ここからネタバレがっつり含むのでこれから見る予定の方は見ないでくださいね。 映画では川に突き落と された悟は、そのあと現在に戻ってきて病院にいましたが、あれはバイト中のバイク事故の時に戻ったんですか? つまり、川で突き落とされたあと、先生が犯人と分かっていながら学校には普通にまた通い、毎日自分を殺そうとした犯人と顔を合わせながら過ごして、先生も自分を犯人だと知っている悟をまた殺したりせずに過ごして、その後も殺人を繰り返していた…んですか? その間のことは、急に現在に戻ったから仕方ないんですかね? だとしても、先生が悟は生きていたと知っているのに今まで殺さなかったのも不思議な話ですよね? しかもそのあと先生と二人になることはどう考えても危険なのに、先生と対峙して、普通に殺されて、あまりにひどい最後でした。 私がどこか見落としてるんですかね?悟が目を覚ましたのはバイク事故後ではなく、ずっと植物人間だったなら少しは納得できるんですが、家に帰ったら普通に母親が居ましたし… ですが、見に行った人の感想を聞くとすごくよかったという人が多くて… 映画の方はその矛盾も全て見逃しながら見たほうがいいのでしょうか? アニメも原作も(原作の最終回は読んでいませんが)みてから映画を観ました。 途中まではまあ映画の尺にあわせるならこんな感じかなという展開で、アニメでは少しわかりにくかったリバイバルも丁寧に描かれているなという印象がありました。 だめだめだったのは、中盤以降です。 序盤で丁寧に書きすぎたせいもあるのでしょうが、当時の連続誘拐殺人事件を雛月以外まったく防げず、犯人が誰であるか観客にもわかる状態でありながら不用意な行動をとり、殺されかける。 しかもそこで逆リバイバル?で2006年に戻って未来が変わったことが明らかになりますが、そこにいたるまでが不明。 しかもなんですか、あのラスト。 がんばった結末が悲劇でいいはずがないとか言っておきながら、主人公が死ぬという悲劇にいたる。 終わってから唖然としました。 真犯人の担任の先生は、主人公を橋から落とす直後に「二人とも負けだ」「先生は姿を消す」と言います。 「二人とも負け」とは、真犯人と知られた自分の事と、真犯人を知ったけど、これから橋から落とされて死んじゃう主人公を指します。 真犯人は主人公を橋から川に落としたから、いづれ主人公の死と自身の行動に接点があることを世間 警察関係 の知るところとなり、逮捕は間近いと逃走したのでしょう。 しかし橋から落ちた主人公は奇跡的に助かったかで、小学生時代の真犯人の記憶は成長した主人公にしかないために、川に落ちる直後でリバイバル現象で現在の自分に戻ったので、担任が真犯人だとの記憶も小学生時代の自分からは消え、奇跡的に助かった小学生として以後を暮らすってことかと。 真犯人は主人公が助かったとは報道なりで知っただろうけど、一向に主人公が自分の犯行を告発しないので不思議に思うが、川に落ちた際に記憶障害に陥り、自分が真犯人と知った下りから橋から突き落とした一件までの記憶がなくしたと判断したのかもしれません。 そして主人公は以後も学生生活を続け、真犯人の担任は新天地で町の有力者の娘婿に入り名前を変え、以後も犯罪を重ねながら表向きは代議士として人望を得ていったって事かもしれません。 事故で入院していた件の詳細は不明ですが、過去を変えたら現在も変わるので、消えたピザ屋のバイトの時の事故とは別件の何か 映画では割愛された 事故で入院していたのかと。 つまり「入院するほどの事故」だけは、小学生時代の事件の事を変えても影響が及ばず、別のカタチで事故り、入院する運命だったって意味かなぁ~と思いました。

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僕だけがいない街(僕街)を解説&考察!リバイバル能力と発動条件

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Contents• 最終話までのあらすじ 主人公の藤沼悟は身の回りで事件や事故が起こる時、止めさせようとするかのように、その直前まで数分間時間が巻き戻る「リバイバル」を体験していた。 自分の意思とは無関係に起こるリバイバルだが、悟が違和感に気付いて何かを変えない限り、その時間は繰り返し続ける。 ある時、悟が小学生の頃に起きた児童誘拐殺人事件に絡む出来事から、母・佐知子が殺害され、悟自身は母親殺しの犯人にされてしまう。 自らの意思でリバイバルを望み、それが起きた先は、児童誘拐殺人事件が起きた小学生時代だった。 殺害された同級生・雛月加代を助けられる可能性のある時代で、小学生の体に戻った悟は、事件を防ぐため奔走する。 出典;KADOKAWA 第1巻冒頭はから無料で読めます。 原作、アニメ、映画とも、この冒頭部分はほぼ同じ展開です。 児童誘拐殺人事件の犯人はとても狡猾で、常に身代わりを立てては殺人を繰り返していました。 悟は何度か未来と過去を行ったり来たりしながら犯人を見つけ、未来で殺されるはずだった同級生たちを助けますが、その行動から逆に犯人に殺されそうになります。 原作とアニメでは、悟が真犯人によって車に乗せられ川に沈められますが、15年間植物状態にあった後、意識を取り戻します。 悟が眠っていた15年の間、同級生は悟のやろうとしていたことを引き継いでくれていました。 映画では子供の姿の悟が真犯人によって橋の欄干から川へ落とされ、時間を超えて未来で目が覚めます。 悟が一度経験した未来とは変わっていて、悟は事故か何かで一時的に意識を失っていたということになっています。 原作漫画の最終話 出典:KADOKAWA 市議になった真犯人・八代(西園)学は、悟が病院で仲良くなった少女・久美の望みを知ってキャンプの企画を作る。 悟は記憶がまだ戻らず、松葉杖をついているが、久美の望みでキャンプに参加。 八代はわざと過去の自分の罪に関係するアイテムを見せるなどして、自分を追いつめたことを悟に思い出させようとする。 八代は久美を殺害し、記憶が戻った悟に罪を着せるつもりだった。 打ち合わせたわけではないのに、因縁の吊り橋の上で対峙した八代と悟。 八代は二人の間にある灯油缶へつながる「導火線」に火をつけ、自分もろとも悟を殺そうとするが、悟は八代に飛びかかり、共に池へ飛び込む。 悟は実は記憶を取り戻しており、同級生のケンヤや母の同僚・澤田と連絡をとって、久美を守ることに成功。 悟も、八代も、久美も生きている。 池に映った自分の姿を見た八代の頭から伸びていた蜘蛛の糸が消えている。 八代は刑務所に入り、同級生も成長してそれぞれの人生を生きている。 悟は、最後のリバイバル前に逮捕された場所でアイリと出会う。 アニメ最終話 出典:Fuji Terevision 入院中の病院で、八代に車いすを押されて屋上へ出た悟。 移動中に車いすの手すりを指でトントンと叩いて、車ごと川に沈めた時の記憶を呼び起こさせようとする八代。 悟は記憶を取り戻していた。 そのことを確認し、八代は何故過去の殺人で悟が常に先回りをするように事件を防いだのかと尋ねる。 八代は久美の点滴に細工をし、久美はもうすぐ死に、悟がその犯人になると話す。 悟は携帯を取り上げられ、母に遺書のメールを送られる中でもうろたえず、僕が勝つと言い、自ら車いすごと飛び降りようする。 八代は屋上にある扉から落ちかけている悟の車いすを掴む。 悟は八代に「自分は八代の生き甲斐であり希望だったから、いつでも殺せたのに殺さなかった」と言う。 八代も悟の言葉を認める。 悟を殺したら自分も生きていけないと涙を流しながら手を離し、後を追って飛び降りようとする。 屋上から身を乗り出した八代は、地上でケンヤ、ヒロミ、佐知子、澤田に囲まれ、クッションの上でウインクする悟を見る。 笑いながら振り返った八代は、水たまりに映った自分の頭に伸びていた蜘蛛の糸が切れたのを見た。 八代は殺人未遂で緊急逮捕される。 悟は自分がいない街で友達が悟のために使ってくれた時間を想う。 悟は漫画家になり、北海道で仲間と再会。 誤認逮捕される未来もあったユウキさんも妻と一緒に北海道に戻っている。 2010年、仕事の合間に散歩に出た悟は、リバイバルして同級生を助けたことを回想しながら、卒業文集を読む。 仲間と撮った写真を文集に挟んで立ちあがると、リバイバルする直前に現れていた青い蝶が見える。 その姿を目で追っていった先に、カメラバックを提げたアイリがいた。 映画結末 出典:映画「僕だけがいない街」公式 病院のベッドで目覚めた悟は大した怪我もなく自宅に戻る。 ピザ屋のバイトはしておらず、漫画家になっていて、佐知子は生きている。 記憶は全て残っていた。 リバイバル前に逮捕された河原で、雨宿りをしにきたアイリと偶然出会う悟。 アイリは悟が漫画家だと知って、いつも勇気づけてもらう漫画があるのだと語るが、それが誰のどういう作品かは語らない。 悟は弁護士になっていたケンヤに、八代のことと、これまでに起こった児童誘拐事件のことを調べてほしいと頼む。 八代がいる町で手口の同じ児童誘拐殺人が起こっていることが確認される。 悟はリバイバル前に佐知子と一緒に行ったショッピングセンターへ一人で行き、八代が少女を連れ去ろうとしているところへ声をかける。 八代とビルの屋上へ来た悟は、八代の犯罪行為を知っていることを伝え、やめるよう説得するが、八代はナイフを取り出し自殺しようとする。 止めに入った悟と八代はもみ合いになり、ナイフは悟の首を切る。 ケンヤが警官を伴って屋上にやってきて、八代を取り押さえるも、悟は死亡。 悟が生きていた証ともいえる漫画「ワンダーガイ」のラストシーンが悟の声で読まれる。 悟のお墓参りをする同級生と佐知子、澤田。 アイリは、自分が勇気をもらっている漫画「ワンダーガイ」の作者が悟であることを知らないまま。 出典:松竹株式会社 感想や評価 途中までのストーリーがほぼ同じなので、マルチエンディングのゲームを見ているような感じでした。 原作は描写が細かく、伏線を回収したり、リバイバル前と後で時代がどう変わったかというのを同じ構図の絵で示すなど、読む楽しみがありました。 最後まで謎解き要素があって、楽しませてもらいました。 アニメでは車いすを支える八代が見た悟の背後に、雨上がりの空から光が降り注いでいるという図にすでに救いがあったように思いました。 八代は悟が眠っている間、犯行を止めていましたし、八代にも共感するところがあるように感じました。 出典:Fuji Terevision 映画版は、個人的にはバッドエンドでした。 八代は悟が大人になって目が覚めた時代までの間も犯行を重ねていましたし、悟自身が死んで終わるのはショックでした。 劇場で購入したパンフレットを読んで、こういうエンドもありなのかなと思いましたが、やっぱり最後はハッピーエンドがよかったなあ…。 映画パンフレットより 原作者の三部けいさんのコメントより (映画の)平川監督はご自分のコアを出していると思いますし、それでいて俺(三部さん)が大切にしたテーマ的な部分がちゃんとリンクしたものとして出来上がったと思います。 「僕街」にはサスペンスやSFの要素が入っているけれど(中略)描きたいのは人間の生き様だった。 プロデューサー春名慶さんのコメントより 映画は、ラストで悟が死ぬことで「僕だけがいない街」になりますが、みんなの心の中に悟が生きた証が残っているという物語の結末に導きたかった。 たとえ肉体が滅んでしまっても、関わった誰かの中に「記憶」として残っていれば、生きていることになるのでは? … とらえ方の相違はあっても、「ヒーローのフリ」で生きていた悟が「踏み込んで」本気で歴史を変えようとした、その生き様を描くという点では共通しているのですね。 また、ワタクシが個人的に「なんでバッドエンドなん?」と納得いかないところに、チクリと刺さる言葉がありましたのでご紹介。 … 同じく映画パンフレットのプロダクションノートより タイムリープものは過去を変えると未来が変わる。 過去のしくじりを良い方向に変換するにあたり、得られるものがあるならば、それと引き換えに何かを失い、プラスマイナス0になる。 ふたりの命を救うならば、その代償は相当大きなものであるべきだ。 … なるほど。 本来ならば取り返せないはずのものを得るのだから、その代償を…ということですね。 いやいや、悪魔との取引じゃないんですから…って思いますけど、ひとつの考え方としては納得しました。 感想や評価• 家族全員がはまった(原作漫画)• 完成度の高い作品だった(原作漫画)• 原作も好きだけど、アニメもきれいで良かった(アニメ)• アニメ最終回すごかった(アニメ)• 神アニメだった(アニメ)• 映画は内容がちょっと難しかった(映画)• アニメ原作ファンは見ないほうが…(映画)• 映画は映画で面白かった!(映画)• 子役の演技がすごい(映画) 読む人、見る人それぞれの感性でいろいろな受け取り方ができる物語だと思います。 関連記事 最後まで読んでいただいてありがとうございました!.

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僕だけがいない街

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「僕だけがいない街」 2016年 日本映画 監督 平川雄一朗 出演 藤原竜也 有村架純 石田ゆり子 及川光博 鈴木梨央 中川翼 実写映画「僕だけがいない街」を観ました。 劇場公開から1年と3か月、何故か地上波初放送していましたので、録画しておいて、今日観ました。 この漫画、前から気になっていたんですが、なかなか手が出なかったのです。 しかし、ある時、古本屋で、1~6巻がセットで売っていたのを見つけ、思わず、衝動買いしてしまいました。 ちょうど、実写映画化されるというニュースが出始めたころです。 家に帰って、6巻を一気に読んで、当然のことながら続きが気になり、7.8巻ももちろん購読して、見事に完結していることに満足したのでした。 なかなか目が出ない漫画家の藤沼悟 藤原竜也 は、ピザ屋のアルバイトで生計を立てています。 この事故から同じピザ屋でアルバイトをする愛梨 有村架純 と仲良くなり、田舎の北海道から母親の佐知子 石田ゆり子 が上京することになりました。 奇跡的な軽症で退院した悟と佐知子が買い物中にリバイバルが起こり、佐知子が、北海道で 1988 年に起こった女児誘拐殺人事件の真犯人について勘付きます。 しかし、真犯人も佐知子に気付かれたことに気づき、悟が外出中のある日、佐知子を殺害して逃走します。 帰宅して、佐知子の死体を発見した悟は犯人を追いかけますが、警察に悟が犯人だと思われてしまいます。 佐知子が死ぬ前に戻りたいと強く念じる悟は今まで経験したことがない時間を遡り、気づけば 1988 年の小学生の頃 中川翼 に戻っていました。 同級生の雛月加代 鈴木梨央 が殺された事件と佐知子が殺された事件のつながりに気付いた悟は、加代を助けることで佐知子を救えるのではないかと考えます。 映画が作られていたのが、原作がまだ雑誌連載中ということもあり、結末が違うであろうことは、わかっていました。 しかし、ネットで多くの方々が語っているように、それはないだろうという結末に、非常にがっかりしました。 映画の4分の3ほど 加代が母親の虐待から救われるまで の流れはほぼ原作通りです。 尺の問題でしょうが、小学校時代の悟の友達関係など、結構な部分の割愛がなされているのですが、それでも話の流れはほぼ原作通りで、漫画原作の実写映画の悲惨な状況にいつも文句たらたらな僕も、「すごいうまく切ってあるなあ。 」と感心しながら鑑賞していました。 しかし、だれがどう考えてもバッドエンドな結末、しかも、問題が解決してないのに繰り返しがない、戻る場所が違う、前の流れの中に戻ってない、など、リバイバルのルールを完全無視した、明らかに原作者とは別の人が考えたであろう、ひどい結末で、非常に非常に非常にがっかりしました。 詳しくは語れません。 ところで、子役の巧みな演技が不可欠なこの作品、主役の2人は見事でした。 悟役の中川翼君は、体は子ども頭脳は大人という、名探偵コナン状態に、全く違和感を感じさせないさりげない演技に感心しました。 そしてなんといっても、加代役の鈴木梨央ちゃん、母親から虐待を受けている少女の感情をなくした目、虐待された直後に悟に目撃されたときの怒りの表情、口癖の「馬鹿じゃない」の言い方、完璧です。 大河ドラマ「八重の桜」 幼少期の八重役 の時から注目していましたが、末恐ろしい子です。 個人的には、ポカリの CM の吉田羊との掛け合いが好きです。 ということで、なかなかいいぞ、と思わせておいて、残念な結末で結局はがっかりしたというお話でした。 ところで、八代先生役の及川光博の老け顔メーク、違和感バリバリでしたね。 というか、 1988 年にアラサーなら、 2006 年は実年齢ぐらいですよね。 1988 年に若作りするだけでいいんじゃない?.

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