秋の彼岸はいつ。 2020年のお彼岸はいつ?春・秋の時期や常識を知って備えよう

お彼岸 2016年はいつ?秋のお彼岸の期間、日程は?

秋の彼岸はいつ

お彼岸の時期と期間 お彼岸の時期は、 年に2回、 春と秋にあるということは、きっとご存じだと思います。 それぞれ、 春分の日と秋分の日を中心とした前後3日間の1週間がお彼岸の期間です。 お気付きでしょうか? お彼岸期間中の真ん中に春分の日や秋分の日がありますから、ちょうど 季節の変わり目にあたっているという事になります。 2020(令和2)年~2024(令和5)年の お彼岸の期間を一覧表にまとめましたので、いつだっけ?と思った時にご活用いただければと思います。 国民の祝日で見るお彼岸 仏教行事としてのお彼岸が民衆の間に広まったのは、江戸時代のことと言われています。 そして彼岸の中日が祝祭日になったのは、 明治時代に、 春の祭日は「春季皇霊祭」、秋の祭日は「秋季皇霊祭」という 国家の祭日に定めされた事が基となっています。 法律により、春季皇霊祭を「春分の日」、秋季皇霊祭を「秋分の日」とした 国民の祝日が定められたのは、 昭和23年のことです。 国民の祝日を定める法律を見てみると、• 春分の日: 自然をたたえ、生物をいつくしむ• 秋分の日: 祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ それぞれが、このように定められています。 草木が芽吹き作物の種まきが始まる時期でもある春と、農作物が収穫され自然の恵みに感謝する秋。 今でこそ仏教的な行事が行われている彼岸ですが、古くには、元々農耕民族であった日本人の生活に根付いた行事であったのではないか、とも言われています。

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お彼岸の期間はいつからいつまで?2020年~2024年の一覧表も!

秋の彼岸はいつ

お彼岸とは 「彼岸」の語源は、もともと仏教の教えで、サンスクリット語の「パーラミラー」(波羅蜜多)を漢字にした「到彼岸」(とうひがん)が略されて彼岸となったものです。 彼岸の意味は、「向こう岸」で、 三途の川をはさんだ向こう側で仏様が住む世界のことを指します。 ちなみに、人間が住むこちら側の世界のことを此岸 しがん といいます。 此岸にいる者が「布施(ふせ)」「持戒(じかい)」「忍辱(にんにく)」「精進(しょうじん)」「禅定(ぜんじょう)」「智慧(ちえ)」の6つの修業(六波羅蜜)をすることで、彼岸に行くことができるとされています。 それを到彼岸というのです。 「彼岸」そのものは仏教の教えですが、お彼岸のお墓参りは、他の仏教国にはなく、日本で生まれた文化で、正式名称は「 彼岸会(ひがんえ)」と言います。 お彼岸の由来 彼岸会は日本独特の行事として続いています。 それは、このお彼岸法要の起源がたった一人の魂を鎮めるために始まったからなのです。 「日本後紀」という書物の延暦二十五年(806年)の2月の記録に、「毎年春分と秋分を中心とした前後7日間『金剛般若波羅蜜多経』を崇道(すどう)天皇のために転読させた」とあり、これがお彼岸法要の記録としては日本で最古のものとなります。 平安時代から始まったお彼岸 崇道天皇とは、桓武天皇の弟の早良(さわら)親王のことです。 周りから次期皇太子に名前があがっていたのですが、桓武天皇は息子の安殿(あて)親王に継がせたかったのです。 そんなとき、桓武天皇の右腕のような部下が暗殺されてしまい、その犯人に仕立てられたのが早良親王。 寺に幽閉された早良親王は無実を主張するべく断食するのですが、桓武天皇は息子を皇太子にするために、流刑にします。 早良親王は、淡路島に流される途中で亡くなってしまいました。 そのあと、桓武天皇の回りでは次々と人が亡くなります。 これは早良親王の祟りに違いないといわれた桓武天皇は、淡路島にある早良親王のお墓のまわりに堀を作って、怨霊が外に出ないようにします。 ところが、都には飢饉や天然痘が流行って収拾がつかなくなってしまいます。 ついに桓武天皇は長岡京を捨てて、今度は、風水・占い・迷信などあらゆる物を駆使して、完璧に怨霊を防げる土地に都を遷すのです。 それが平安京です。 それでも安心できない桓武天皇は、早良親王の鎮魂を願って、一応、天皇になったということにして、「崇道天皇」という追号を送り、さらに彼の魂を鎮めるために春と秋それぞれ季節の節目の 七日間ぶっ通して、全国の僧侶に読経させたのです。 やがてそれが、庶民にも広まり春と秋には死者を供養し善行を行う期間として、お彼岸が定着したといわれます。 お彼岸の時期は? お彼岸は、春彼岸と秋彼岸があって、それぞれ 春分の日と秋分の日の前後3日、計7日間をいいます。 初日を「 彼岸の入り」、終わりの日を「 彼岸明け」といい、春分の日と秋分の日を「 中日」といいます。 ではなぜ、この期間に決めたのでしょうか。 それは、阿弥陀如来がいらっしゃる彼岸は西にあり、此岸は反対側の東にあると考えられていたからです。 1年を通して、 太陽が真東から昇って真西に沈む秋分と春分を彼岸と此岸がもっとも近くなると考え、この時期に先祖供養をするようになったのです。 余談ですが、お彼岸の中日である• 春分の日は「 自然をたたえ、生物をいつくしむ」• 秋分の日は「 祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」 という意味を持つことをご存知でしょうか。 じつは国民祝日に関する法律で、そのように決められています。 毎年同じではない「春分の日」と「秋分の日」 これは先祖崇拝や豊作に感謝してきた日本文化が影響しています。 それから、ほとんどの国民の祝日は定まった日ですが、春分の日と秋分の日は 毎年同じ日ではありません。 国立天文台が作成する「暦象年表 れきしょうねんぴょう 」に基いて閣議によって決められ、毎年2月1日付で翌年の該当日が発表されています。 2020年春のお彼岸• 時期:3月17日 火 ~23日 月• 彼岸の入り:17日 火• 中日(春分の日):20日 金• 彼岸明け:23日 月 2020年秋のお彼岸• 時期:9月19日 土 ~25日 金• 彼岸の入り:20日 金• 中日(秋分の日):22日 火• 彼岸明け:26日 木 もっと先まで決まっている 法律上の春分の日、秋分の日は前年の2月1日に決まるのですが、天文学的にはずっと先までわかっています。 ちなみに2023年までの春分の日と秋分の日は次のようになります。 (国立天文台より) 春分の日 秋分の日 2020年 3月20日 金 9月22日 火 2021年 3月20日 土 9月23日 木 2022年 3月21日 月 9月23日 金 2023年 3月21日 火 9月23日 土 お墓参りのルール お墓参りには、霊園や墓地に規則がなければ、お参りする時間は決まっていませんが、できれば 午前中に行きましょう。 何ごとよりも優先して出かけるという気持ちが大切です。 服装は、法要などでないなら、平服でかまいません。 掃除をしなければいけませんので、むしろ普段着をおすすめします。 持参するもの お線香、ロウソク、ライター、お花、お供え物、持っていればお念珠などです。 お水は、墓地によっては水場がないところもありますし、水場があっても手桶やひしゃくが無い場合もあるので、とりあえず ペットボトルに水を入れて持って行くと安心です。 それと、掃除道具は墓地の状況によって揃えてください。 ほうきやちりとり、タオルやたわし、バケツ、草刈りの道具なども必要かもしれません。 掃除 お墓に着いたら、まずお掃除をします。 お掃除のやり方• お墓に向かって一礼してから始めます。 まず枯れたお花や線香の燃えカスなどを取り、花筒や水入れなどをきれいにします。 次に墓石を、きれいなタオルで清めていきます。 洗剤などは使ってはいけません。 必ず水で洗います。 上から下の方に正面から後ろの方に、丁寧に拭いていきます。 周りに雑草が生えていたら、それも抜き取ります。 お参りの方法 掃除が終わったら、お水、お花、故人が生前好きだったものを半紙などを敷いた上に乗せてお供えします。 お酒が好きだった故人の墓石に、お供えの お酒をかけるのは良くないようです。 ベトベトしますし、墓石にシミができるそうです。 お水もお盆はいいが彼岸はダメだとか、地域によってそれぞれなので、墓石にかけていいかどうか地元の年長者に尋ねましょう。 それから、ロウソクとお線香を点けます。 ロウソクとお線香の火を消すときは、手のひらをうちわのようにフワフワさせて消します。 けっして 息を吹きかけて消してはいけません。 仏様にお供えするものに息がかかるのはとても失礼なことなのです。 注意しましょう。 準備が整ったら、心を込めて合掌礼拝(がっしょうらいはい)します。 故人の宗派のお経をご存知なら唱えてあげるのもいいでしょう。 般若心経はどの宗派に唱えても良いとされていますので、覚えておくと便利ですよ。 お念珠は、お葬式や法要のときは必要ですが、たとえばお若い方で、自分用のお念珠がない方は、あわてて買わなくても大丈夫です。 なくてもかまいません。 ご先祖様への感謝の気持ちがあればよいのです。 お供え物は、そのままにしておくと、カラスなどが汚すのでお参りが終わったら、持ち帰るようにします。 掃除で出たゴミなども持ち帰るのがマナーです。 お彼岸の料理 お盆は亡くなった方のためというのに対し、お彼岸は自分の修行のためにあると思って、お料理しましょう。 普段作らない精進料理に挑戦して、仏前にお供えし、そして家族でそれを頂くという 精進料理の修行を行うには、最適な期間だといえます。 春彼岸には、ワカメ、タケノコ、新じゃがいも、菜の花、ワラビ、ゼンマイ、ゴボウ、ニンジンなど春の山菜や野菜、油揚げ、豆腐、こんにゃくなどを使ってみましょう。 秋彼岸には、キノコ、里芋、カボチャ、栗、インゲン、じゃがいも、大豆、さつまいもなどの秋野菜や油揚げ、豆腐、湯葉、こんにゃくなどを使ってみましょう。 精進料理は、ご飯と汁物は必ずつけて、おかずが一品の場合は「 一汁一菜」といいます。 たとえばお彼岸の間に、毎日一汁二菜のお膳をお供えし、お彼岸の中日だけは一汁三菜にすれば、とても丁寧なお供えになります。 無理なく作れる献立でいいのです。 毎日では仕事の都合などで難しいという場合は、お彼岸のうちの一日だけでいいので、一品であっても手作りの精進料理を作って、お仏壇にお供えすることが大切です。 料理サイトなどもありますから、簡単な料理を選んで作ってみませんか。 おはぎとぼたもちの違い お彼岸の時期には、おはぎやぼたもちを作って墓前や仏壇にお供えし、家族で頂いたりします。 最近は一年中、お店に売っていますが以前は、お彼岸に作るお菓子でした。 昔から赤色には魔除けの力があるといわれ、小豆を祝の席や儀式のときに使っていました。 お餅には「五穀豊穣」を、小豆には「魔除け」の意味を込めているのです。 お彼岸にお餅とあずきで「ぼたもち」や「おはぎ」を作って、墓前やお仏壇にお供えして、ご先祖さまへの感謝と家族の健康を願うのです。 春のお彼岸に作るのを「ぼたもち」と呼びます。 春に咲く牡丹にぼってりした形が似ているから「ぼたんもち」から「ぼたもち」になったといわれています。 また、 秋のお彼岸には「おはぎ」と呼びますが、これはその時期に咲く萩の花が小豆の粒に似ているから「おはぎもち」から「おはぎ」になったといわれています。 地域によっては、こし餡を使ったものを「ぼたもち」、粒餡やきな粉をまぶしたものを「おはぎ」と呼ぶところもあるようです。 スポンサードリンク お坊さんを招く時のマナー 前日までにしておきたいこと お仏壇は きれいに掃除 緑茶と御茶菓子、おしぼりを用意しておきます。 お坊さんが座る座布団は、普段使っているより 少しいい座布団を用意して、 カバーはかけません。 お坊さんの呼び名は、住職、和尚、上人、大師、おじゅっさん、おっさんなどと、宗派や地域で違いますので、前もって調べておきましょう。 お布施の用意をします。 金額は地域によって違いますので、年配者や同じ檀家の人に聞いておきます。 お布施は 白い封筒やポチ袋を使う地域もありますので、これも前もって聞いておくと安心です。 遠くから来ていただくときは、同じ白い封筒に「 お車代」と書いて渡します。 地域によっては「御膳料」を包んだり、お酒を包んだりもします。 渡すときは、 お布施と一緒にお車代や御膳料を入れてはいけません。 別々に渡します。 当日すること お坊さんが来られたら、挨拶をして仏間に通します。 縁側か玄関から上がってもらい、お脱ぎになった草履を揃えておきます。 お座布団をすすめて、おしぼりとお茶、お菓子を出します。 しばらく世間話などをされて袈裟などを整えられるとお経が始まりますので、お坊さんの後ろに座り手を合わせます。 (宗派によっては、家人がロウソク、お線香を付けます)できれば、家族全員がそろって手を合わせてお念仏を聞けるといいですね。 そろそろお経が終わりかけたころ、再びお茶とお菓子を用意します。 宗派によっては、法話をしてくださったり、お茶を飲んでしばらく談笑してお帰りになります。 そろそろ帰られる気配がしたら、お布施やお車代などを 切手盆か小さなお盆にのせてお渡しします。 わざわざ来てくださり、ありがたいお念仏をあげて頂いたことを感謝してお礼をいいましょう。 門口までお見送りします。 お酒など手土産を渡すときは、別れ際まで運んで渡します。 宗派や地域によって、決まっていることもありますので、わからないことは地元の人に聞きましょう。 お布施の相場、車代の相場など お彼岸には、お寺で彼岸会(ひがんえ)と呼ばれるお彼岸法要が行われたり、施餓鬼(せがき)法要が行われることが多いです。 参加する場合は、お布施を用意します。 3千円~1万円程度を包むことが多いです。 ただ、お寺との関係や地域によって相場が異なることもありますので注意してください。 初彼岸などで、個別にお寺にお彼岸法要を依頼したときは、 3万~5万円を包むことが多いです。 遠方から来てもらうときは、「お車代」として別に 3千~5千円包みます。 祝儀袋は金額で決める 祝儀袋は金額によって決めます。 最も丁寧な包み方は、 奉書紙に包む方法です。 奉書紙にお布施を包む場合は、半紙でお札を包むか、白い紙袋にお札を入れた中包みを用意します。 それを奉書紙(上包み)で包みます。 上包みは、慶事の上包みの折り方と同じで、上側の折返しに下側をかぶせます。 お布施そのものは不祝儀ではないため、弔事の折り方にする必要はありません。 表書きは「 お布施」と書きます。 水引は付けません。 奉書紙がない場合は白い封筒で 奉書紙が用意できない場合は、郵便番号欄が印刷されていない 市販の白の封筒でも構いません。 また、市販の封筒にすでに「お布施」とプリントされている封筒もあります。 その場合は、封筒に直接お札を入れても構いません。 封筒の裏面に住所と金額を記載しておきましょう。 お車代も白い封筒に、「お車代」「お車料」などと書きます。 渡すときは、手渡しよりも小さなお盆にのせて渡すか、袱紗を使います。 まとめ お彼岸の日付やお墓参りの方法、法事の際の作法などについて、説明してきました。 年に2回のお彼岸ですから、お墓参りや法事などの知識は日本人としてしっかりと身につけておきたいところです。 知識をつければお彼岸も積極的に行動することができるでしょう。

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春や秋の【お彼岸】は何をする日?いつからいつまで?

秋の彼岸はいつ

2020年 秋分の日と秋のお彼岸の期間は? 秋のお彼岸は、秋分の日を中日(ちゅうにち)とし、その前後7日間がお彼岸の期間となります。 2020年の秋分の日は9月22日(火)ですので、お彼岸の期間は 9月19日から25日となります。 2020年 秋彼岸の日程 彼岸入り 9月19日(土) 秋分の日 9月22日(火・祝日) 彼岸明け 9月25日(金) なお、2020年の春のお彼岸の期間は下記の通りです。 2020年 春彼岸の日程 彼岸入り 3月17日(火) 春分の日 3月20日(金・祝日) 彼岸明け 3月23日(月) お彼岸とは? お彼岸とは、春分の日、秋分の日を中日とする前後7日間のことです。 この時期に営む仏事も総称して彼岸ということもあります。 仏教用語では、サンスクリット語で「波羅蜜多」を訳した「到彼岸」から出た言葉です。 人々が暮らすこの世「此岸(しがん)」に対し、向こう岸の世界、迷いがなく、生死を超越した悟りの境地に到達するという意味です。 お彼岸の期間は、浄土へ生まれ変わりたいと願い、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)という 正しい6つの行いを実践する時とされています。 お盆が先祖の霊がこの世に戻ってくるのに対し、 お彼岸はこの世から浄土へ近づくために修行をする期間です。 ある意味、 極楽浄土にあこがれる期間と考えるとわかりやすいかもしれません。 どうして春分の日と秋分の日がお彼岸になったの? 春分の日と秋分の日は、それぞれお彼岸の中日にあたります。 この日は太陽が真東から昇り、真西に沈みます。 真西というのは、阿弥陀如来の西方極楽浄土があるとされています。 太陽が極楽浄土に向かうと考えられたことから、お彼岸になったという説が一般的です。 浄土宗や浄土真宗の根本経典である浄土三部経のひとつ、『観無量寿経』には、極楽浄土を見るための修行のひとつとして、日想という修行があります。 沈む太陽に向かって、西方浄土を思い浮かべて瞑想する方法です。 あいにく、この経典そのものには「お彼岸の中日に日想をする」とは書かれていません。 しかし、中国の浄土教の高僧、善導が記した『観無量寿経』の注釈書に 、春分、秋分の日の日想について、「阿弥陀仏の国は日没のところ(真西)にある」という記述があり、これが日本のお彼岸の基になったといわれています。 お彼岸の中日、春分の日と秋分の日は、誰が、どうやって決めるの? 法律で「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」と定められた秋分の日 春分の日、秋分の日は、「国民の祝日に関する法律」によって祝日と定められています。 その目的については、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」、そして 秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」と定められています。 しかし、これらの祝日は法律では具体的に月日が明記されておらず、それぞれ「春分日」、「秋分日」となっています。 正しい秋分の日がわかるのはいつ? 毎年、春分の日は3月20日から21日ごろ、秋分の日は9月22日から23日ごろになりますが、正確な月日は、国立天文台によって決められています。 毎年2月1日の官報(行政機関の休日にはその翌日)に、翌年の暦を日本の公式の暦「暦要項(れきようこう)」にまとめて記すことで、はじめて正確な日付がわかります。 春分の日と秋分の日の定め方 太陽の移動する黄道と、地球の赤道を延長した天の赤道の交わる点を、春分点と秋分点といいます。 太陽がこれらの点を通過する時を、春分、秋分、そしてそれらを含む日を、 「春分日」「秋分日」といいます。 さらにこれらの日が、国民の祝日に関する法律によって、それぞれ春分の日と秋分の日になるというわけです。 なお、春分の日、秋分の日はともに、昼の長さと夜の長さが同じといわれていますが、正確には昼の方が若干、長いようです。 これら春分の日、秋分の日を中日にして、前後3日間が春と秋のお彼岸になります。 どうしてお彼岸の日にお墓参りをするの? 春分、秋分は、季節の節目を表す二十四節気のひとつです。 お墓参りをはじめ、お彼岸の時期に仏事ごとが多くなる理由については、主に3つあります。 昼と夜の長さが等しく仏教の中道の思想に合うから、天地の諸神が交代する日だから、そして、太陽が浄土のある真西に沈むからという説です。 お彼岸は中道思想に合うから ひとつは、中道を大切にするという考えです。 仏教の中道というのは、偏りを持たないということです。 執着せず、正しい判断で行動するといった意味があります。 春分の日、秋分の日は、昼と夜の長さが同じということから、 中道の思想にも合うため、この日にお墓参りや法要などを行うという説です。 お彼岸は八王日に当たるから 次に、八王日に善行を行うとよいという考えがあります。 八王日とは 立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至のことを指します。 季節の変わり目となるこれらの日は、天地の諸神・陰陽が交代する日とされていました。 この日、閻魔大王をはじめ神々が世を巡回し、 人々の行いを記録すると考えられているため、善行を積むようにという説です。 西方浄土に生まれ変わるための行いをするのにふさわしい日だから そして、春分と秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈むからという説。 先述のように、 阿弥陀如来の極楽浄土は真西の日が沈むところにあるということから、この日、多くの人に阿弥陀如来がいるところを正しく示して、浄土に生まれ変わるための行いをしましょうというものです。 これらの仏教的な意味づけのある説のほかに、もともと日本では 季節の変わり目には、豊穣を祈るさまざまな信仰がありました。 これらが融合することで、お彼岸が死者を供養する日という意味を持つようになったと考えられています。 また、 春と秋の 過ごしやすい季節であるため、お寺などで人が集まる行事が行いやすかったという説もあります。 日本でのお彼岸の歴史 お彼岸に仏教的な行事を行うのは、世界中でも日本だけの風習といわれています。 平安時代初期から朝廷で行われ、江戸時代に年中行事化されたという歴史があります。 平安時代に記された歴史書『日本後記』によると、 806年に彼岸会が行われたという記録があるようです。 また聖徳太子の時代からともいわれています。 このほか『蜻蛉日記』や『源氏物語』、『更級日記』など平安時代を代表する、日記や物語にもお彼岸についての記述があります。 一方、 お彼岸の時期にお墓参りに行くという習わしがはじまったのは、江戸時代の中期以降といわれています。 気候もよく、江戸っ子たちにとっては格好の娯楽としての意味合いもありました。 またこのころ、 六阿弥陀参りといって、彼岸の時期に6ヵ所の阿弥陀仏をお参りするということも流行ったそうです。 地域によっては、仏教とは直接関係のない行事も行われていました。 春分の日、秋分の日、もしくはお彼岸期間中の1日を選び、午前中は東に、午後は西に歩くことで、太陽のお供をするという「日迎え」「日送り」。 お彼岸の時期に山に登る「彼岸籠り」。 また、お盆と同様に、火を焚いて先祖の霊を招くという習わしもあったそうです。 なお、仏教行事とはやや異なるかもしれませんが、中国では清の時代、王侯貴族が春分と秋分の時期に、始祖や歴代君主の祠廟の祭祀を行っていたようです。 先祖供養という意味合いでは、必ずしも日本独特の行事とはいえないかもしれません。 年忌法要と比べお彼岸のお布施は割安?お彼岸のお布施の目安 お彼岸の時期にお寺で行われる法要を彼岸会といいます。 この「彼岸会」を一般に親しみやすく呼びならわしたのが「お彼岸」ともいわれています。 このお彼岸の法要に出席する、また菩提寺などにお墓参りをする際には、お寺に対してお布施を包むのが通例です。 この時、お布施の目安は、各家庭とお寺との関係にもよりますが、 一般的にはおよそ3,000円から1万円程度といわれています。 葬儀や新盆、一周忌、三回忌といった年忌法要などと異なり、お彼岸の法要は合同法要になります。 そのため、個別に行う法要よりは、やや低めといわれています。 また、個別に法要を営むこともできます。 この場合、 お布施の目安は3万円から5万円程度となります。 お寺の都合もありますので事前に希望の日程を伝え、日を決める必要があります。 このほか、お墓に建てる卒塔婆を依頼する場合、 塔婆料として3,000円から5,000円を包みます。 また、菩提寺がないという場合には、などもあります。 初彼岸とは? また、故人が亡くなって、四十九日を過ぎてはじめて迎えるお盆を新盆、初盆というのに対し、四十九日後はじめて迎えるお彼岸を初彼岸といいます。 お墓参りに行き、仏壇にお供えをして故人を偲ぶ、またこの時期に菩提寺などで行われるお彼岸の法要に参加するなどというように、新盆、初盆のように特定の故人のために大々的に法要を営むというよりは、身内の中での行事という傾向があるようです。 お彼岸のお供え物は? お彼岸のお供えといえば、おはぎとぼた餅が定番です。 秋は萩の花が咲くことから秋のお彼岸にのお供えにはおはぎ、春は牡丹の花が咲くことから、春のお彼岸のお供えにはぼた餅、という説が一般的です。 しかし、そもそもおはぎとぼた餅の違いやその名前の由来についても、あまり明確ではありません。 例えば、秋彼岸のお供えのおはぎは、小さく、しとやかな萩(はぎ)の花をイメージして、上品で小ぶりのもの。 一方、大きくて豪華な牡丹の花をイメージしたぼた餅はおはぎより大きいという具合。 このほか、材料となるもち米とうるち米の違い、突き方の違い、つぶあんとこしあんの違いなど諸説あります。 同様に、おはぎやぼた餅は、夏には夜舟、冬には北窓と呼ばれることもあります。 これはいずれもその作り方によるものです。 餅を搗くわけではなく、蒸したお米をすりこ木でつぶして作ります。 そのため、夜の舟のように、「いつ着いたかわからない」とうことから、「着き知らず」、そして「搗き知らず」となります。 一方、「搗き知らず」から「つき知らず」となって、「月知らず」と変化したのが、北窓です。 北の窓から月が見えることはないので、そこからこの名称が生まれたというわけです。 お彼岸の時期に適した供花とは? お彼岸の時期に、お墓やお仏壇にお供えする花には、菊やカーネーションなどがあります。 白い花はもちろん、黄、紫、赤、ピンクといった明るい色合いの花も選ばれています。 選ぶ基準としては、季節の花や、故人が好きだった花、または故人をイメージさせるような花がふさわしいといえるでしょう。 しばしば、バラなどとげのある花や、香りの強すぎる花、毒のある花などは、仏花としてお供えするのにはふさわしくないといわれる場合もありますが、最近はあまり気にする方も少なくなったようです。 また、生花店でも、お彼岸の時期には お供え用に仏花のアレンジメントが多数用意されています。 色合いや花の種類なども豊富なため、ふさわしいものが選べます。 さらに、花束タイプのものだけでなく、バスケットのものも多数あります。 インターネットでの注文を受け付けているところもあります。 予算とイメージに合わせて選ぶとよいでしょう。 お彼岸とお盆を比べてみると? 今もなお、私たちの日々の暮らしの中で息づいている仏教の行事には、春と秋のお彼岸のほか、お盆もあります。 お彼岸とお盆の意味、やることなど簡単に比べてみました。 一年の中でも気候のよい、過ごしやすい時期でもありますので、お墓参りなどに行かれてはいかがでしょうか? お寺での法要に参加してみるのも、いいかもしれません。 また大切な方を亡くされてはじめてのお彼岸という場合、この時期にお墓やお仏壇などを検討する方もいらっしゃいます。 法要のお寺のご紹介、お墓やお仏壇のことまで、お葬式のアフターに関することも、ご不明なことがありましたら、「いい葬儀」にお気軽にお知らせください。 また、2020年の春のお彼岸については、をご覧ください。 いい葬儀で葬儀場・斎場を探す エリアを選択してください 北海道・東北地方 探す• 関東地方 探す• 中部地方 探す• 関西地方 探す• 中国・四国地方 探す• 九州地方・沖縄 探す• いい葬儀の鎌倉新書が運営するサービス•

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