いじめ加害者その後の人生。 【実話】因果応報はある「僕をいじめた人達のその後」仕返しは法則が行う

いじめられっ子の末路

いじめ加害者その後の人生

「いじめロールプレイング」の様子。 被害者役、加害者役をそれぞれ交代で演じ、いじめる側の気持ち、いじめられる側の気持ちを体験し、気付きを共有する 出典: 内藤瑛亮さん 演技、スタート。 加害者A「ねえ注射さあ、痛いんだけど」 被害者 「・・・」 みんなまだ、硬さがあります。 加害者B「お前さあ、先端とんがってさ。 いきがってんの?」 加害者Aが、ふふふと笑います。 聴衆も笑います。 加害者C「注射のせいでさ。 肌が青くなっちゃうんだけど」 加害者B「お前ぱっと見、武器なんだけど」 聴衆からどっと笑いが起きます。 被害者も、思わず苦笑しています。 その度に起きる、笑い声。 「ナイスボケ」「その発想はなかったわ」という感じでしょうか。 コントかバラエティ番組のような空気感です。 記者も、この場面を見ている時、思わず笑ってしまいました。 そして次の瞬間、背筋が寒くなりました。 「わたしは今、模擬とはいえ、いじめを見て笑ってしまった」と。 「いじめロールプレイング」のなかの「注射」。 子どもたちの半分は芸能事務所所属ですが、残りの半分は一般の子どもたちです。 ロールプレイングのほか、他人のいじめ加害経験を自分のこととして演じてみたり、少年法について学んだりしました。 子どもたちへの心理的影響を考え、臨床心理士ら専門家の指導を受けつつ、実施したそうです。 私たちは恐ろしい生き物だと自覚する 内藤 「僕も現場で見ていて笑いました。 いじめって、やる側からするとすごく楽しい行為なんでしょうね。 周りの笑い声は、実際のいじめでは傍観者の立場に近い。 『うまいこと言ったなアイツ』『いいパンチしたな』みたいな笑い。 「みんなを笑わせよう」みたいな。 内藤 「そうですね。 参加した子は『正直楽しく思っちゃいました』『うまいこと言ってやりたいという感覚になっていった』と言っていました。 大喜利で良い回答をした人は人気を得ていく。 だから加害者側は、被害者が傷つくかどうかより、どうやったらウケるかというところに気持ちがいく」 「弱者をみんなで攻撃することに喜びを感じる性質は、誰もが持っている、自分たちはそういう恐ろしい生き物なんだって、自覚することが大事なのかなと思います」 春名 「うう、参加したかったです……」 内藤 「ごめん、募集対象年齢じゃなかったもんね(笑)」 内藤瑛亮さん=池永牧子撮影 出典: 朝日新聞 春名さんは、いじめ問題について、発信を続けています。 8月20日には絵本「いじめているきみへ」(朝日新聞出版)を発売します。 2012年に当時12歳だった春名さんが朝日新聞に寄せたコラム「いじめている君へ」が大きな反響を呼びましたが、このコラムの絵本化です。 春名 「すごくいいワークショップだと思いました。 役になる前に、自分を理解するっていうことなんだと思います。 誰でも自分より弱いものを見たら安心するし、スポーツで体を動かしたら気持ちがいいのと同じ感覚で、いじめたら気持ちよくなる。 自分の中の悪い面って、なかなか認められないけど、演技という目的が他にあって、そのために自分を見つめ直すという作業はいいなと思いました」 ワークでは、演技が終わったら、被害者役の子の胸に貼った粘着テープをはがしました。 演技は終わりだと視覚的にも分かりやすくすることで、被害/加害の関係性が現実でも続かないようにします。 きついと思ったら、いつでも手を挙げて演技をやめられると、あらかじめ子どもたちには伝えてあります。 子どもたちが傷つかないようにという万全の配慮をしたうえですが、それでも内藤監督としては、迷いながら実施したそうです。 春名風花さん=池永牧子撮影 出典: 朝日新聞 子どもの生々しさ 春名 「映画って、自分がいままで生きてきたなかで培ってきたものが作品に反映されるわけじゃないですか。 監督は、いじめを作品で扱う時、ご自身のなかで参考にした経験ってありますか」 内藤 「いじめがある種の子どもにとっての娯楽になっているのかなというのは、元々思っていて。 僕が小学生の時、クラスにキレやすい子がいて、みんなであえてその子をキレさせるようないじめがありました」 「ある日、休みの日にクラスのみんなで集まってサッカーをしようという話になったんですけど、サッカーは口実で、サッカーの中でその子をキレさせて楽しむといういじめっ子たちの企画でした。 サッカーをしに行く時、ある種の祭りに参加するように、ワクワクした高揚感が自分にありました」 「思い返すと、自分自身の残忍な加害者性にぞっとします。 今回の映画では序盤に子どもがひとり亡くなっちゃうんですけど、その前にみんなが盛り上がって高揚しているという感じは入れようと思いました。 内藤 「そうですね。 その瞬間は楽しいけど、冷静に思い返すと怖い。 ワークでも、あとで映像を見直して『俺めっちゃ笑ってる・・こわ・・』と思いました」 「撮影前にワークショップをやったのは、子どもたち自身がこの問題をどう捉えているのか、僕自身が知りたかったからです。 子どもの生々しさというか。 実年齢が高い人が中高生を演じるのではなく、実際の中高生に演じてもらいたかったので、素人の子どもたちも起用しました。 ワークショップで得た気付きは、脚本に反映しました」 春名 「ぼくは、舞台で加虐心を持った役が多かったので、『いじめは楽しい』という心理はわかります。 ビンタしたり、潰したりだましたり、復讐したり殺したり、殺されている様子を見て興奮したり」 「特に、好きな人が自分のモノにならないから好きな人の妻をおとしめるという役や、好きな人を殺してしまうといった役の時は、ハッとしました。 春名 「ただ楽しいだけなら他にも娯楽はたくさんあるけれど、いじめによって『他人の中に自分が存在している』ことを確かめて、承認欲求を満たしているんじゃないかなと。 「許された子どもたち」の撮影に参加した子どもたちは、どうでしたか? 内藤 「休憩時間の子ども同士のやりとりを見ていて、不安になったことがありました。 加害者役の子たちが被害者役の子に対して、ストレスを与えるような接し方をしているように感じたんです。 役柄の関係性に影響を受けちゃったのではないか……と」 「でも、大人から見ると微妙なんですよ。 当たりが強い気もするけど、親しい友達にちょっとキツイ冗談を言うこともあるし。 大丈夫なの?冗談なの?と判断に迷う。 止めづらいなと思いました。 いじめ事件のニュースで、よく教師が『子ども同士の遊びだと思っていました』と言いますよね。 その全部を肯定するわけじゃないけど、ちょっと分かるなと思いました」 映画「許された子どもたち」ワークショップの様子。 他人のいじめ加害経験を自分のこととして演じて話す場面 出典: 内藤瑛亮さん 春名 「たしかに現実でも、まだ被害者でも加害者でもないのに、大人が『いじめだ』と間に入ることで、そういう関係になってしまうことはあります。 大人が動く危うさはありますね」 内藤 「ああ、名付けちゃうんだね。 介入することで、関係性がより悪化することの怖さも感じました。 かといって放任する訳にもいかない。 撮影現場で自分がしたいことがあったら言っていいんだよってことは繰り返し話しました。 その子の親にも状況は報告していました。 撮影中盤から落ち着きましたね。 友人の見ているぼくは、『役のぼく』ではなく『春名風花本人』なので、お話ししていたら自然に『春名風花』に戻っていって、落ち着きますね」 内藤 「その被害者役の子は、だいぶ成長しましたよ。 すごく内気な子だったんですが、撮影終盤は自分で意見も言えるようになりました。 声も大きくなりました。 いじめられ続けている状況から、自分の思いを伝えられるようになる役柄なんですけど、『この役から強さをもらった』って言ってました。 内藤 「子ども同士の関係性とかグループって、大人が直接解決はできない。 親とか先生が出てきた時にこじれてしまうこともある。 子ども自身が行動しないと、本質的には解決できない。 かといって放置していたらうまくいくかといえば、そうでもない」 「大人ができるのは、子ども自身が望んでいることができるように、選択肢を提示してあげることだと思います。 先ほどの撮影現場の例でいうと、『こういうことをしてもいいよ』『嫌だったらやめてもいいよ』『助けてくれる人はここにもいるよ』と選択肢を提示して、最終的には本人自身が選んで、行動することができたからうまくいったんじゃないかと」 内藤瑛亮さん=池永牧子撮影 出典: 朝日新聞 春名 「それ、すごくよくわかります。 ぼくはずっと、学校で演劇の授業を取り入れるべきだという話をしています。 子どもたちって生まれてから親と学校と習い事くらいしか活動場所がなくて、それ以外の人と関わることが少ない。 幼いうちからいろんな視点に立つことを教えてあげることが大事で、それが演技でできる」 「あるどこかの心理実験で、看守役と囚人役をわけて、数日たったら、看守は段々看守らしい行動になり、囚人は囚人らしい行動をするようになったというのを聞いたことがあります」 内藤 「スタンフォードですね」 春名 「そう!そうです! ひとつの役になると、自分はそういう人間なんだという思い込みが激しくなる。 学校で一度いじめっ子、いじめられっ子の関係ができてしまうと、その後もなかなか抜け出すのが難しいのは、それもあると思います。 でも、授業の中で加害者・被害者を何度も演じていれば、誰もがいじめたことがあるし、いじめられたこともあるし、その子が誰かにいじめられているのを助けたこともある。 どの立場の気持ちも分かる」 内藤 「演じるということは、別の視点にたつということだから、物語で訴えたいのもそこかなあ。 別の視点を与えるということ。 『先生を流産させる会』という僕が初めて撮った長編自主映画は、愛知県半田市で実際に起きた事件(*)をモチーフにしました。 公開時、愛知でも上映したんですが、どうやら実際に事件を起こした子どもたちも見に来たらしいです。 劇場の人に教えてもらったんですけど」 *2009年、愛知県半田市の中学校で、担任に不満を抱いた1年生の男子生徒十数人が「先生を流産させる会」と称し、妊娠中の30代の女性教諭に対し、いすのねじを緩めたり、給食に異物を混入したりしていた事件 春名 「おおおお」 内藤 「映画を見終わって、出てくるときにその人が、自分から劇場の人に『実はこれは僕たちの事件なんです』と声をかけたそうです。 実際に起きた事件の加害者は男子でしたが、映画は女子に変えていたんですね。 その加害者の男の子にとっては、それでより客観的に、自分がやったことを見つめ直せたようで。 『どれだけ重いことなのかとかわかりましたので、監督に伝えておいてください』と話したそうです」 「それを劇場の人から聞いて、僕はゾワゾワしました。 他人の演技を見ることで、当事者も違う視点で自分がやったことを見ることができたということでしょうか」 春名 「当事者からこう声かけられたら嬉しいですね。 少しでも『こんなんじゃない』『これは嘘だ』って思えば声をかけないと思いますし。 春名 「せっかく人に影響を与えやすい仕事をしているので、春名風花を通して、いろんな人の世界が広がったらいいなと思います。 自分がお芝居に出る時は、基本的に自分が面白いと思ったものを選びますが、ジャンルはばらけるようにしています」 内藤 「僕はこれからも罪を犯す少年少女と、彼らと対峙する家族や社会を描いていくだろうなと思います。 特に不寛容が広まっている社会ですし。 排外的・差別的な内容でも、言い切ってしまう発言の方が支持されていて、そこに恐怖感があります。 撮る動機としては、そういう社会に対する恐怖感が強いです」 「言葉による説得で相手の考えを変えることは、難しい。 でも、物語は別の視点を与えることで、世界の捉え方を変えることができるって、信じています」.

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自分の子供がいじめの加害者なら?親が取るべき正しい行動とは

いじめ加害者その後の人生

私はいじめ加害者でした。 長文です 私はいじめ加害者の過去があります。 中学1年生のときです。 今は高校生です。 いじめの内容は、簡単にいうと"ハブり"です。 無視したり、心ないメールを相手に送ったりしました。 暴力などはなしです。 そうするまでに至った経緯は、文字数の関係で省略させていただきます。 高校に入ってから、自分でもわかるくらい、自分の性格は変わりました。 中学のころは人の悪口を言うのは当たり前でした。 今はそんな自分が最低だったと心の底から思っていますし、二度といじめをすることはないと思います。 ただ、中学のころの最低だった自分の記憶がふと戻ってきたとき、どうしようもなく暗い気持ちになります。 自分は死んだ方がいいのではないかとも思います。 高校の友達数人はその私の過去を知っています。 「中学生の女子ってすぐ悪口とか言うよね。 私もそうだった」と、特に私を軽蔑することはありませんでした。 同じようにいじめる側になったことがある、ということを話してくれた子もいます。 でも、その子たちと私には決定的な違いがあります。 私は、いじめのリーダー格だったんです。 いじめている た 側は、自分がいじめをしているという自覚はない、反省することなどない、とよく聞きます。 では私はなんなのでしょうか。 いじめは被害者に大きな心の傷を与えます。 自分がしたことは許されることではありません。 許されようとも思っていません。 でも本気で反省してるんです。 偽善者だと思われるかもしれませんが。。 今一番不安なのは、成人式です。 中学のころの同級生と会いますよね? 相手の子は私なんかに会いたくないと思います。 一生の傷を負わされた奴なんかに。 私はどうすればいいでしょうか? そのときに話しかけ、謝ってもいいと思いますか? それと、私は中学の同窓会に出るつもりはありません。 相手の子も、私が来るようなら同窓会に出たくないと思っているかもしれないので、謝罪のときにそれも言うつもりです。 それに、同級生にあわせる顔もありません。 成人式で、特別仲のよかった子以外、中学の同級生と絡む機会をなくすつもりです。 長々と支離滅裂な文章ですいません。 いじめをしていたという過去の過ちは、どう償い、乗り越えて行けばいいでしょうか。 回答よろしくお願いします。。 こんにちは。 「いじめ」は悪いことです。 ……と言われます。 しかし、「いじめ」られた事によって苦しんで強くなる人もいます。 (私も昔は悪いことばかりしていました。 ) 過去の償いは自殺をしないことかもしれません。 「自殺」をすれば「あの人、自殺で『逃げた』」と思われます。 また、自殺の話が近所に広まり、あなたのご両親にも迷惑がかかってしまいます。 私は被害者本人に謝らないほうが良いと思います。 被害者が「強く」なっていた場合、復讐されると思います。 (私がいじめられた人間だったら、必ず復讐するでしょう) 誰にでも「過ち」はあります。 辛い過去、醜い思い出、痛々しい記憶、後悔……。 どこにでもあります。 誰でも持っています。 「償う」と肩をこらない方が良いと思います。 苦しみをかかえつつ、なんとかかんとか生きていければ、それで良いと思います。 カンペキな人生など存在しません。 誰でも誰かを傷つけつつ、生きていきます。 でも、それが「人間」ではないでしょうか。 参考にして下さい。 はじめまして。 貴方は虐められた経験もあるそうですね。 では 貴方が虐められていた事を思い出して虐めた方にどうして欲しいですか? 謝って欲しい?目の前から消えて欲しい? 貴方はどちらも経験したのですから、相手の事を自分と置き換えて考えてみては? 死んでなんでも済む事ではないですよ? もしもそれを苦に死んでしまったら虐められていた子の気持は悪いですよね? 引き金になる訳ですから、それに貴方を育ててくれた親御さんの気持も考えてません。。。 貴方の分をみると自分の事しか考えてないですね・・・ 本当に相手の事を考えて反省したいのなら相手の気持になり、まず自分に何を出来るか、自己満足にならないかって事からだと思いますけどね・・・ 同じことされてください イジメられる側は一生覚えてます たんなるはぶりやバイキン扱いなどなどで 自殺する人いるの知っていますか? 今成長して精神的にも大人になられたんですね だから許してほしい?謝罪したい? 結局自分の過去が汚れてるようでいやなだけでしょ? 自分がしたことで自分が暗くなる?は?って感じですね 挙句の果てに次は自分が死ぬ?は?って感じです って前置きはいいですね 私は小学校5年から中学校3年までイジメられる側だったものです。 まぁ制裁はしましたけどw 死なないでください。 あなたが死んでなんの意味があるんですか?泣く人がいるだけですよ? 同窓会にいって今成長したあなたで 謝ってあげてください。 相手が許す限り自分がしたことを・・・ そしたらいつか・・・その子は心が救われるはずです。 当時は若かったしっとかイジメの理由にもなりませんが でもね?イジメる側の人が本当に謝罪の気持ちがあるってわかるだけでも、イジメられる側にとったら心が救われていやな思い出が うすくなっていくんです。 たったそんなことで思い出したくない学生時代が 笑える思い出にかわるかもしれません。 イジメとは加害者の心の歪みや弱さから来ていると よく言われますが、自らの過去を見つめ、きちんと 自分の弱さとそれに伴った誤った行動を反省し、その事実と被害者 に対し正面から向かい合おうとしている貴女の 誠実な姿勢は非常に評価するものであり、非常に 立派だと思います。 が、他の回答者様の仰る通り果して 相手に今、あるいは今後、謝る事が好ましい事か、 というと疑問を残すところがあると思います。 成人式でどうするかについては特に意見がないので 貴女の姿勢を比較的被害者側の観点から考え 意見したいと思います。 ある意味、更生したと言える貴女は今現在非常に 被害者に対して申し訳なく思い、自分が行った 事々を考えると衝動的ながら自らの死も頭を過る。 本当に反省していて、機会があるなら是非謝りたい、 という事ですが、仰る通り相手は貴女には会いたくも 話したくもないと思います。 貴女の今の欲望は、 許しを得られなくても兎に角一言謝りたい、 という事ですが、それは単なる貴女のエゴという 風には考えられませんか? 貴女は謝れば多少気は楽になると思いますが、 相手は苦しく悲惨な中学時代を過ごす様に強いられた いじめ加害者張本人が今になって前に現れて 昔貴女がどれだけバカで未熟で被害者がどれほど 苦しいか理解出来てなくて、偽善者と言われてもいい、 反省している、と伝えた所で果して貴女の 言葉を好く受け止める事が出来るのでしょうか。 もしかすると被害者はその苦しい思いを 自らの心に封(と)ざし、貴女が居ない世界で 楽しい高校生活を送られているかもしれません。 貴女が謝罪の意を伝えるどころか、前に現れられる 事すら不快に思うかもしれません。 自分は、日本ではインターナショナルスクールに 在学していたので比較的いじめとはあまり 関わる事なく生きてきましたが、もし自分が 被害者の立場なら、貴女の謝罪に対し、今さら なによ、と思うと思います。 もちろんケースバイケースで、他の回答者様が 仰る通り、笑い話しに出来るほど強くなった 被害者もいるかもしれませんが、「貴女昔私に こんなあんなひどい事言ったよね」と、加害者 と笑って話せる被害者は恐らくいないと思います。 貴女が反省し、後悔している、という気持ちは 質問文を通してよく分かりましたし、謝罪したい という意思は先ほども申し上げた通りですが 立派な姿勢で、ある意味模範的でもあると思いますが、 何が何でも謝罪したい、と考えるのは貴女が 被害者をいじめていた時に持っていたエゴと 同じ類のものであると思います。 どう償えるか を考え苦しむ事も償いの一つでもあると思いますし、 過去に起きた事は取り返しの付かない事ですので 今後、中学生、小学生の世代の酷いいじめを 起こさせないようにする活動(そういった活動が 実在するかは不明)に参加する等、必ずしも 償い方は被害者張本人に向けてする必要はないと 思います。 そういう事も含め、この問題は 貴女が自らの力で償う方法を考え、解決し、 いじめという行為の弱さを乗りきった (加害者に対しこの様な表現は正しいとは 思わないがニュアンスとして)強い人に なってください。 偉そうにいろいろと言わさせて頂きましたが、 貴女とは同世代ですので少し厳しめに 発言させて頂きました。 相手に謝った方がいいかどうか・・ 難しいですね。 私も容姿を理由にある男子にいじめられていたのですが・・。 大人になり、私は努力の甲斐あって、街で男性に声をかけられたり、 時には周囲から「綺麗」と言われるようになっていました。 それでも昔彼から浴びせられた言葉や視線を忘れることが出来ませんでした。 私は何度も頭の中で同じ想像をしました。 彼に手紙を書いて実際に会い、当時の事を謝らせたい・・。 でももちろん実行に移すことはありませんでした。 彼は若くして結婚、生まれた子供には障害がありました。 しばらくして近所の人たちの間で 彼が「障害のある子供を立派に育てている素敵なお父さん」だという 評判が立つようになると、 何とも言えない複雑な感情に襲われるようになりました。 容姿という本人ではどうにもならない理由で他人をいじめていた人間が、 今は障害を持つ子供の親として周りから尊敬されている。 それが許せない・・。 夢に彼と会ったことのない彼の子供が出てくる事さえありました。 もう自分には何の関係もない筈の人なのに。 彼が昔通りの人を人とも思わないような人間だと思える方が 私には好都合だったのかもしれません。 他人を憎むことは容易い事ですが、 赦すということはとても難しいものです。 長い時間が必要なときもあります。 今は私も結婚して平穏な毎日を送っています。 当時の事を思い出すことは滅多にありません。 この質問を読んで久しぶりに思い出しました。 きっと私は今幸せなのでしょう。 彼がもし昔の事を忘れていたとしても(たぶんとっく忘れていると思います) それでいいと思っています。 質問者様が 「もし相手が赦してくれても、自分自身を許せない」と思うなら、 それが「償う」という事なのかなと思います。 いつかきっと自分にとっても相手にとっても 何もかもが遠い思い出になる日が来ます。 私はいじめの被害者でした。 小学生の頃でした。 私の場合、シカトされたり、陰口を言われたりと今になっては軽いものだと思いますが、 小学生の自分にとっては大きな傷で、軽い登校拒否になりました。 そのとき私の親は先生に相談したり、実際に相手の親に言ってくれたりしたお陰で いじめはなくなりました。 今でもその影響からなのかヒソヒソと誰かが話していたり、誰かに見られていると 自分のことを何か言われているのかななどと思ってしまいます。 被害妄想なのですが… でも、登校拒否をしなくなり、学校に行き始めたとき、いじめてた子とその親御さんが 家に来て謝ってくれました。 その時は「顔も見たくない、許すものか」と 思っていましたが、日が経つにつれ「許してもいい」と思うようになりました。 私の場合、中学校と特に高校と大学(現在)では良い友達に恵まれたお陰か、 いじめのことはあまり思い出しません。 でも、思い出さないのはいじめがそんなに酷くなかったからなのではないかとも思います。 しかし、私の父もいじめにあってました。 父の場合結構ひどかったらしく、シカト陰口は当たり前、 顔を見れば暴力も振るわれる毎日だったそうです。 中学3年間ずっとです。 でも、大人になり、同窓会でいじめられた子に会ったとき、謝られたと言っていました。 いじめられた当時は一生許さないと思っていたそうですが、許したそうです。 心の傷は大人になっても消えません。 いじめはそれだけ重いのです。 謝られても許されないことだと思うし、もしかしたらmilky1017さんも謝っても 許されないかもしれません。 でも、私も父も、時間が経って許す心が生まれたのです。 そう思えば、やはり反省して、謝ることが一番です。 いじめを最低だったと思っていることを伝えて、謝るべきです。 「中学のころの最低だった自分の記憶がふと戻ってきたとき、どうしようもなく暗い気持ちになります。 」 とありますが、それは被害者の方も同じです。 いじめのことを思い出せば暗くなります。 でも、もしその子が今、良い友達に恵まれていれば思い出すことも減ってるはずです。 許す心も出来てきてるかもしれません。 それだけ、友達の存在は大きいのです。 もし、その子に良い友達がいなければ、あなたがなってあげて下さい。 そうなるまでの道のりは大変だと思いますけれど、いじめにはそれだけ 責任があることなのです。 過去は変えられません。 それは、被害者も加害者も一緒です。 過去のことを後悔しているのであれば、何がこれから出来るのか考えてください。 あなたは、いじめをしたことを反省できる心を持っています。 それなら、絶対乗り越えられるはずです。 あと「自分は死んだ方がいいのではないかとも思います。 」なんて 書いてらっしゃいますが、被害者の方はそんなこと加害者の方が思ってると思ったら 腹が立ちますよ。 「自分の方が辛かったのだ」と。 強くなってください。 きっと大丈夫です。 私も長文で答えになっているか分かりません。 偉そうなこと言ってすみませんでした。 頑張って下さい。 私は転校を機にいじめのターゲットにされました。 学校の中で、いじめる側の人間には誰も対抗できず、教師ですら弱い環境でした。 今、加害者には会いたくありませんし、同じクラスの人にも会いたいとも思いませんし、先生にも会いたいと思いません。 同窓会があっても行く気はありません。 (辛い思いは加害者に対してではなく、その時の環境全てに向けられます) これがいじめられた経験をした一人の気持ち。 いじめた人が反省したと話してきても、どんな裏があるのか疑う気持ちでしか聞けません。 近づいてこられただけで、何をされるか怖いです。 謝罪もいりません、反省してるならもう目の前に現れないで欲しい。 被害者は失う物は多いけど、加害者が反省で失う物ってどの程度? あなたが反省してるかも知れないけど、謝罪で被害者の気持ちがどれだけ癒されるでしょう? 一番安心できるのは、加害者が犯罪を犯して逮捕されたってニュースでも流れる時かな。 ケロッと改心しましたなんて顔を見るのは耐え難いです。 被害者になっていない人間には、被害者の気持ちなんてわからないと思います。 もし謝罪をする機会があったなら、手短に済まして去るのがいいんじゃないでしょうか。 いじめは悪い事だったと気づけただけでも良いのではないでしょうか。 中学生や高校生は、すごく多感な時期で心身共に大人へ成長します。 その時に人を思いやれる心が持てたなら、それで充分な気がします。 償う気持ちがあるなら、大人になっても決して人をいじめる、人と自分を比較することはしない事です。 いじめた相手に謝罪するのは、どうかな。。。 私は、もういい年の大人ですが、小学校4年位~中学卒業くらいまでいじめにあっていました。 高校は区外に通いました。 中学生の時にいじめにあってて、こんな人たちとは、もう関わりたくない、誰も知らない人のとこへ行きたいと思い選びました。 高校生になってからは、休みの日以外は地元にいなかったので、同級生達に会うことがなくなりました。 大人になるまで数回、同窓会はありましたが、やはり、いじめた相手に会いたくなくて、結局、今まで参加してません。 仲が良い子は個人的には会いますが。 大人になってまでと私本人も思いますが、やはり、いじめられた側にしてみたら、いじめっ子の印象は大人になっても、あまりいいとは言えないです。 本当に謝りたい気はあるのだというのは分かるのですが、出来ればそっとしておいてほしいと私なら思います。 謝罪であったり、あの時の事は水に流して仲良くしようと言われても、怖いです。 残念ながら。 過去はどうやっても訂正はできません。 ならば、これからの未来、周りの人のために精一杯、つくすのが、質問者様にできる償いなのではないでしょうか。 苛められた側、被害者と言う側の人間の意見ですが、 苛められた側の心の持ち様で変わると思います、受け側の心の傷は一生消えないでしょうが、その傷に気が付いた貴方も又、その傷を一生もって 行き続けなければなりません。 「謝罪をしても何の意味も無い」と言う人が沢山居ると思うのですが、 自分はそんな事は無いと思います、人の傷を見ようともしないし、見ても観ていない不利をする人より、傷に気が付いて謝罪しようとする気持を持ったコトに何時か苛められた側も、その気持にこたえてくれると 思います、過去のコトを何時までも悔やんでも仕方が無いと言う事を された側も認めることが出来れば、罪は償えると思います。 謝罪はした方が良いと思います、出来れば 2人だけで合えるのなら 合って話し合う方が良いと思います。 乗り越えるスタートは、謝罪した時からだと思いますよ。

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いじめ加害者から被害者へ 埼玉で起きたいじめ報復事件の内容

いじめ加害者その後の人生

私はいじめられっ子です。 学生時代も社会人時代も、いじめに遭ってばかりいます。 小学生の頃にいじめられたのをきっかけに、20年以上自分に自信が持てず、自分を肯定できず、いつも孤独感でいっぱいで寂しくて人に好かれようと必死でした。 プライベートでも、友達と思って付き合っても酷くいじめる人たちばかりと付き合っていました。 かなりきつく、辛かったのですが孤独感で一杯だったので無理して自分から誘って付き合っていました。 仕事に友達に恋愛に、色んな事を無理して頑張り過ぎた結果、心を壊し、6年ほど精神病院の入退院を繰り返しています。 健康になりたいとやっと思えるようになったので、今までの交友関係は全て距離を置くことに決めました。 孤独感は家族の支えを感じ数年かかりましたが解消されました。 私は健常者として生まれて育ちましたが、障害者になりました。 いじめをする人はただの気晴らし程度の感覚で人に酷い言動をします。 今までは「許して忘れなきゃ」と思っていましたが、それは全くの誤解で相手側は加害者だという認識は全くなく、罪悪感も全くありません。 私が自分を被害者だと思っている限り、立ち直れないと気付きました。 忘れることも不可能です。 ただ、今を楽しみ、生きたいとだけ思うようになれるのに6年もかかりました。 障害者となった私は結婚も難しいでしょう。 いじめっ子たちはほとんど結婚して子供に恵まれています。 怨念無しで羨ましいです。 全部こうなったのは、私が自分を大切にしなかったことが原因なので仕方ありません。 今いじめに遭っている人、いじめに遭っているお子さんがいらっしゃる方に言いたいです。 自尊心を無くすことほど生きる術を無くすことはないので、色んなものを失ってでも良いから逃げて下さい。 ユーザーID: 2712440658 けどね・・・私の姉を見て育った私からすると、姉はイジメの原因をつくっていることがある。 その復讐が私に向かうわけで、私こそ泥沼の中にいましたけど。 妹というだけで入学すぐから先輩からのお呼び出し。 でも姉は私に嫉妬心ばかりが激しく、私は姉からも学校からも攻撃を受けて育ちました 姉は一方的に自分は被害者だと言います。 ですが、大声ではしゃいで話すし、秘密は守らないし、嘘もつくし とにかく空気を読まないのです。 そのくせ顔色ばかり伺って、委縮してコビる。 被害妄想も激しい。 他人とのテリトリーに無断で入ります >今いじめに遭っている人、いじめに遭っているお子さんがいらっしゃる方に言いたいです 私は思います。 外の世界を持ちなさい、と。 人によっては、逃げたら逃げた自分に劣等感を持つ子もいます。 みんなができることをできない自分が嫌になる人もいます。 それは様々なんですよ。 これ!という形はない。 資格や職を手につける、夢を追うのもいいですね。 私はそうやって生きています。 自己分析をして、己を返り見て、味方を増やす。 医師の力を借りてもいいでしょう。 他人は変わりません。 他人に押しつけもいけませんね ユーザーID: 7088050282• 小学生の時に立ち直れたら良かったね その虐められた最初の小学生の時に どうにかして立ち直れたら良かったのにね…と思いました。 私も多少いじめられっ子でした。 そして自分の子どもも、幼稚園〜低学年まで虐められていました。 なぜ虐められるかというと、 ・弱いから ・歯向かってこないから ・運動神経が鈍いから です。 そこを腐食するには、 ・虐められたら大声で先生にチクりに行く(小さな子なら出来る) ・やられたその場で「止めろ」と言う度胸をつける ・運動・勉強・その他得意分野で 名前を呼ばれるくらいにまでにする 自分の経験値が低いまま耐えても良いことは一つもありません。 私は、自分の子は頑張りました。 心を強くさせ、勉強はクラスで一番にさせ、 運動も平均まで持っていかせました。 出来ないなら、レベルを上げるよう努力をする。 小さな子どもだったら親が助けてあげる。 でないと、生まれもって才能がある器用な子には勝てません。 (そしてそういう子は大抵意地悪) だから、その小さな小学生の時に お母さんなりお父さんなりが気づき、主さんを 鍛えてあげられれば、また違った人生を歩めたかも。 これからは幸せになってください。 ユーザーID: 1724968605• あなたもね 未就園時代は風貌が外国人風という事でいじめられてました。 天然パーマでクルクルの髪に、瞳が茶色と言うだけで…私、先祖代々日本人です。 小学生時代から高校まで、何かにつけて難癖をつけられてはいじめられ。 退学も考えたけれど、やりたいことがあったので大学進学。 不本意ながら都内の大学になり、田舎では浮いた存在でも、大学の友だちには面白い人間と受け入れられ。 留学で自己主張と自己表現を徹底的に叩き込まれました。 人が苦手なのに販売職となりました。 今は結婚して子供もいます。 笑顔を身につけ、大人になって以降「何も悩みがなくて良いわね」と鬱々とした人から言われました。 私は12歳まで毎日死ぬことばかりを考えてたのに。 死ななかったのはたまたまです。 例え死んでも、イジメっ子はイジメを忘れて暮らします。 死んで奴らに快適さを与えてはいけません。 「なぜ同窓会に来ないの?来ないのはあなただけ。 あの事は忘れて、参加して」と私はイジメっ子に言われました。 覚えてろと言ったのは相手だし、私は私生活が忙しく、中々帰省できないだけです。 でも、ササクレ程度の仕返しにはなってるようです。 ユーザーID: 2175747391• 「いじめっこ」は内心周りを常に気にしててビクビクしていますよ そして虐めっ子は構ってチャンです、気にしてもらいたい人間です。 構ってくれないとなると、ターゲットを見つけて攻撃しはじめます。 一人で行動が出来ないのが「いじめっこ」の特徴です。 ほんとうは誰も信用していないし誰も信じていないのがい「いじめっこ」です。 だけど一人で行動ができない、ひとりになったら、自分みたいなのが意地悪するのが分かっている自分自身がそうやってきたから、ひとりになったらどうなるのかを予想して、本当は嫌いな自分と同じ種類の人間と常につるんで親しげにしています。 親しげになるためのアイテムがターゲット苛めるなんです。 立派な人になった時に、過去に苛めていた相手が目の前に現れて世間に公開されたら、その先は真っ暗なんでしょうね、「いじめっこ」とやらは。 現在は後ろ暗い黒過去をひた隠して真面ぶっている親ぶっている師ぶっているんだろうと、そうおもいます。 逆に、目の前に現れたかつてのターゲットを見てから、何か勘違いしたかのような勝ち誇ったような態度に出たら現在そいつは、まったくもって鳴かず飛ばずの大したことが無いという事なんですわ。 ユーザーID: 1904487187• あーあ、なんてこと! しかし人生まだ残っています! 私も保育園と小学校一年生の時はいじめられっこでした。 保育園はそれで中退。 一年生の時は休み時間に校庭に出ませんでした。 出ればいじめられるので先生の目の届く教室に残っていました。 子供の知恵です。 幸いな事に二年生になった時に、父が転勤して新しい学校に転入となりました。 私がいじめられっこだなんて知らない人たちなのですからちょいと元気の良いふりをしてみました。 これが大成功! 以来、学校でいじめられた事はありません。 職場でもいじめられた事はありませんでしたが、人生半ばになっていびり出された事はありました。 勤務先は聞こえはよいけれど出世が頭打ちのおじさんのたまり場みたいな所で皆内心自分が大した事ないのを知ってひがんでおり、やはり家庭のぱっとしない局にたぶらかされて私をいじめて憂さ晴らしをする様になりました。 暗い!暗い! そこをやめて数年後、零細仕事を自分で始めました。 さあ、残りの人生、自分を大事にして、良い思いもしましょうね!! ユーザーID: 0221964748• 虐めは無くならない 私も小学校時代に虐めにあいました。 男子にも女子にも。 負けず嫌いな私は虐める人間が許せず、言い返し、やり返し、かなり可愛くなかったと思います。 小学校時代の私は本当に可愛くなかったので、私にも虐められる要因はあったんだろうなと思います。 でも、その時に辛い気持ちをたくさん味わったので、人の気持ちを思いやれる人間になりました。 これは財産です。 気が強いのは今もそのままですが、コミュニケーション力が付いたのは、あの経験が大きいと私は思っています。 虐めた人間はその後、深く反省するようなことがなければ、きっとその後の人生は、何かしっぺ返しがあると思いますよ。 身勝手な生き方がまかり通るほど、世の中甘くはありません。 虐めは無くなりません。 人間とはそういう生き物ですから。 でも、そこからどうなるかはその人自身に依る部分はあると思います。 今のトピ主さんの現状は、虐めっ子に擦り寄っていったトピ主さんの行動にも要因があるのではと思います。 そういう卑屈な態度が、余計イラつくことはありますから。 孤独を怖がる気持ちはわかりますが、自分をもっと大事にすべきでした。 ユーザーID: 8129013874• 最後の部分は同意します すみません、途中はよくわかりませんでした。 私もいじめられっ子でした。 先生のいる授業中にまで、席を立ってわざわざ殴りに来た子がいました。 先生は止めることもせずに、血を流した私を保健室に連れて行ってくれただけでした。 上履きで叩かれて泣き喚いても、首を絞められても、周囲は笑って囃し立てました。 でも、私にとってラッキーだったのは、そんな最中に丁度、日本国憲法を授業で学習したことでした。 前文にこうあります。 『全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 』 全世界の人には、私だって含まれる。 私にだって、級友に殴られ蹴られて痛くて怖い毎日を免れ、平和に幸せに生きていく権利がある。 ずっとそれを支えにしてきました。 私の権利を、誰よりも私自身がわかっていなければ、いじめないでと訴えることはできません。 トピ主さまもどうぞ、忘れないでください。 トピ主さまも、憲法前文の「全世界の人」に含まれています。 トピ主さまも、いじめられる恐怖から逃れ、幸せに生きていく権利があるのです。 どうぞ諦めないでください。 ユーザーID: 6110538262• 皮肉で無い、純粋に「滅びを肯定する生き方」があって良いと思います。 トピ主さんが考え抜いて選んだ生き方だからです。 過去にも励ます人はいたと思います。 でも、疲れちゃったんじゃないでしょうか。 だって、「それなら今の自分は何!?いじめられたのは私が悪いの!?」と結局は自己否定された感じがします。 結局のところ平気で「乗り越えようよ」とか言ってくる人は強者の目線でしか見ていないのです。 末期がん患者のホスピスがあるのなら、精神的に抹殺された人のホスピスがあっていいんじゃないかとも思います。 「ノブレスオブリージュ」という概念があるのも、強者がいれば弱者もどうしても生じるので、強者の悔恨と後腐れを無くすためでもあったのでしょう。 でも、近年はいじめっ子が何かとちやほやされる感があります。 学校は単なる大人社会の縮図であり、大人の方が残忍です。 「神の元に人は平等である」とは言うが、ニーチェの「神は死んだ」が現実でしょう。 倫理がいよいよ遠くなる昨今、最後の救いは「諦め」しかない。 「諦める」権利は絶対に欲しい。 それがいじめられた側に残された最後の希望である。 ユーザーID: 2584778726• ほんとになあ もしかすると人間だけじゃないのかもしれないけど、でも、人間って本当に酷いと思います。 いじめを平気でできる人が普通に結婚して子供がいたりする。 本当にその通りです。 昔万引きを繰り返したり他人をいじめたりした人が、更生したと言えば聞こえはいいけれど、結局その遺伝子を後世に伝えようとしているわけです。 逆に虐げられて傷ついた記憶は心の痣になって残ります。 繊細で正直な人ほど生き辛いのが人間社会。 だから私は思うんです。 人間を増やしたくない。 私は結婚はいつかしてもいいけど、子供は産まないと決めています。 自分の子供が誰かを傷つけることに耐えられない。 誰かに傷つけられることにも耐えられる自信がありません。 現世はやっと3分の1くらいを過ぎました。 過去いじめっこだった人とは普通に接することはできるようになりましたが、大して信用はしていません。 ただ、適当に利用してやろうと思っています。 残りの人生、お互い楽しみましょうよ。 他人に頼るんじゃなく利用して、自分のために生きましょう。 ユーザーID: 3707731360• 私も 物心ついてから中学まで家庭と学校でいじめられました。 少し離れた高校に行き、誰も知らない中で今までの自分を変えようと決意。 友達が少しできました。 それでも、新しい職場などでは相変わらずターゲットにされました。 「いじめられるようなことは何もしていない、胸を張れ!」と自分に言い聞かせ、前を向いて明るく振る舞っていたら、徐々に味方が増えました。 20代で初彼ができ、国内外の知らない土地をめぐって自分探し。 30歳で結婚、出産。 40代でモラハラ離婚しました。 私はこれがいじめられっ子の末路だとは思っていませんし、恨みも後悔もありません。 トピ主さんも徐々に立ち直られているようでなによりです。 逃げるのはいいと思います。 ただ、付け加えるならば何かを変える努力をした方がいい。 部屋に籠らず、外出、旅行していろんな人に会えば、世の中はいじめっ子ばかりじゃないと分かります。 運悪くいい人に巡り合えなくても、大人になれば1人でも生きていけます。 100人のいじめっ子がいても、1人の味方がいれば、人は強くなれます。 世の中は広い。 教室の中だけが世界じゃない。 日本だけが世界じゃない。 希望はあります。 がんばって。 ユーザーID: 4223727752• ありがとう このお話とっても貴重です。 ありがとう。 あなたは、きっと人に酷いことをしたこと一度もないような大変優しい人。 うちの息子もそうなんです。 神のレベルです。 今ではこの子はキリストやブッダのようなものだと。 人々の苦しみをうけとめる立場。 受難です。 でも幸い自尊心は保ち続けています。 あなたのいうように、ちがう場所へ行ったからです。 玉のような綺麗な心を持ち続けています。 あなたもきっとそうですね。 怨念もなくなんて、ほんとうに立派です。 私は、いじめをやるヤツは大人でも子どもでも許せないですね。 いじめをやるヤツらと同じ普通の人間です。 普通の人間は皆愚かなのです。 ユーザーID: 8441699054• 頑張りましょう 私もいじめられっこでした。 無視当たり前 バイ菌とか色々 就職してもあったなあ、親も毒親で、まあ よくもいきてきたわ。 何年も戦いましたよ。 でも前向きでした。 なんでだろー友人がいたんです。 何十年つきあってるかなあ。 不器用で、職場でも 苦労しました。 結婚もしてます。 子供もいます。 孫もいます。 旦那は モラハラで。 口が 悪く。。。 人は変わりませんよ 何も 自分が。 変わるんですよ、。 違う 方向へ、シフトして。 趣味を持って、別のことを考えて、内向きにいくと。 暗黒になるから。 外向きにね。 励ましてなんてしない。 障がい者なんて思わない・毒親の連鎖 子供は、まともに育ちました。 自分の誇りです。 旦那は。 大病して、少しはまともになりました。 まあこんな人もいるから、人生もったいないですよ。 ちなみに 毒親も、すごい亡くなりかたでした。 ひとりごとです ユーザーID: 1180824353• いじめ、にくい 私は高校生になってから いじめにあいました。 原因はいじめられてる子をかばったから。 先生も体罰をするひどい女子高でした。 けが人もでて三面記事に載ったことも。 先生同士でもいじめと体罰が生徒の眼前で。 先生が先生をいじめ、いじめられた先生は生徒をいじめ、いじめられた生徒は弱いものをいじめる。 何故あの学校が存続しているのか不思議でなりません。 ただいじめのグループも一枚岩ではありません。 卒業間近にある子が近づいてきまして 家庭環境が良くないことでストレスがあって加担してしまったと謝られわんわん泣かれました。 いじめてる人は楽しそうだが、実はそうではないのか、という疑問が初めて持ち上がった瞬間でした。 本当に憎いいじめとは何か? 相手の尊厳を踏んづけ面白がって被害者を笑う行為につながっているのではないでしょうか。 自分が生きているのは 死ぬには世の中には美しいものがたくさんあってもったいない。 という意味のヘッセの言葉に偶然あえたからです。 ユーザーID: 9116408967• 人間的に軽蔑するわ それぞれの思いがこもったレスありがとうございます。 ありがたく読ませていただきました。 職場でいじめによく遭い、付き合う人(友人だと当時は思っていた)に意地悪をされる根本的原因を自分なりに導きました。 とにかく自己評価が低い。 それに尽きます。 少しずつ、少しずつ、家族の支えの元、自己評価を正常にします。 付き合っていた人たちを全て距離を置くと決めましたが、友達というほど仲が良くはないけれど、憧れる大好きな同級生二名は消すのをやめました。 あと、あまり親しくない同級生達も消していません。 付き合いにおいて苦しんだことがある友達だと思っていた人たちをメモリーから消しました。 あちらから連絡が来ることはありませんが、二度と自分から連絡をすることはしないという揺るぎない決意のため、消すことができました。 たった二日間のことですが、どんどん表情が晴れやかになります。 楽しいことも沢山ありましたが、嫌だと思うことが多い付き合いはおかしいと分かったんです。 トピを書き込んだおかげで、人に依存する寂しがり屋の自分と決別出来そうです。 読んで下さって、ありがとうございます。 ユーザーID: 2712440658• 人の道を外れた人が、案外結婚して子供もいて人並みの生活をしている。 一方で、いじめられ精神を病み人並みの生活さえもできなくなった人がいる。 人生って不公平だと思う。 でも昔いじめた人の話を聞いてみたらその分、何かを失っている人が多い。 ようするに命のことだよ(身近な人のね)。 いじめっ子だった人は、辛くてもその状況で生きていかないと行けない。 なかには、それがわからない人がいてどうして自分は不幸なのっていう。 私は、因果応報だと思った。 辛いことも悲しいことも受け止めるのは自分。 一人ぼっちが楽な時がある。 気をつかわなくてすむ。 他人のことでいらいらするぐらいなら、自分のことを考えたほうがいい。 自分を大事にするって難しい。 トピ主さんの言いたい事なんとなくわかるよ。 世の中のいろんな人の名言ってあるけれど、どれも共通している。 人間は、一人で生き、死んでいく。 これは誰も助けることはできない。 だから、自分の直感と心を信じること。 自分が生きたいように生きるのを邪魔するものをまず考える。 よく考える。 私が好きな言葉。 「自分が自分でなくなるなら、悪魔になったほうがいい。 」 ユーザーID: 0298903323• いくらなんでも末路は早過ぎ 保育園から中学生まで、イジメに遭っていました。 特に男子に激しくイジメられていました。 高校は女子校・専門学校も女子校。 男が大っ嫌いで消えちまえ!!と思って生きてきました。 なので結婚は諦めて、1人でも生きていけるように、専門職の資格を取りました。 絶対に、イジメていたことを後悔させて、見返してやる!!という気持ちだけで、生きてきました。 私をイジメていた男子が、私の実家の目の前に住んでいます。 未だに実家から出られず、なかなか悲惨な生活をしていますよ。 私は結婚と同時に地元を離れてしまいましたが、たまに実家に帰ると、イジメっ子と鉢合わせになることがありますが、一切目を合わせようとはしません。 みじめったらしいイジメっ子。 夫の姿を見ると、惨めな気持ちになるんだろうな。 ざまぁみろ。 私には逃げ道がなかったけれど、トピ主さんのおっしゃるとおり、イジメに遭って、辛ければ逃げ場を作り、逃げるべきです。 立ち向かうことでボロボロになることよりも、逃げて・逃げて自分を守って欲しいです。 ユーザーID: 6595502392• 私ははっきり物を言うおばさん(40)になりました1 私は、親が私をネグレクトしたのが原因で、激しいいじめにあいました。 中学時代は毎日が地獄。 修学旅行で同じ班になった男子が、私と同じ班だなんて最悪の修学旅行だと言ってきたことは、いまだに忘れられません。 毎日笑いものにあい、机を離され、避けらればい菌扱い。 高校受験をすると言ったときは、大笑いされました。 私みたいなものが高校を受けるだなんて何馬鹿な事考えてんだと。 自殺未遂をしたこともあります。 この地獄は永遠に続くと思い、人生に絶望しました。 中学時代は、夜寝るのが辛かった。 毎晩泣いてました。 が、今は大変幸せです。 20代の頃でした。 ふと、私は思ったんです。 街中でね、すれ違う人達を見て。 いじめてきた子たちは、私をいじめたことをすっかり忘れ、人生を謳歌(おうか)しているんだろうなぁ。 なのに、私はずっと辛い。 辛くて辛くて悲しい気持ちから抜け出せない。 それって、あほらしいことだなと。 私はいつまでいじめられ続けるつもりなんだ?と。 相手は私のことなんて一ミリも思っていない。 いじめたという記憶すらない。 いじめたとも思っていない。 続く ユーザーID: 9785054956• 私ははっきり物を言うおばさん(40)になりました2 なのに、私はいつまでもウジウジと、大馬鹿じゃんと。 私は前を向いて、明るく人生を楽しまないと、これから先の人生が大損だなとも思ったんです。 それからですね、楽しいことを見つけていくようにしました。 気が付いたら、いじめられていたことをすっかり忘れる日々です。 もう毎日が楽しくて楽しくて。 勇気を出してはっきり言ってみる・・を、繰り返したら、何でもはっきり言えるおばさんになりました。 会社でしっかり自己主張しています。 60代の方々と仲良く仕事するために。 けんかしたこともあります(笑) はっきり物を言ったからって、取って食われたりしません。 会社では。 堂々した態度で生きていけば良いんです。 あと、結婚して子供がいるからって立派とは言い切れませんし、幸せとも言い切れません。 独身でも堂々と楽しく生きればいいんです。 私は、独身を貫くつもりです。 男子の醜さが忘れられないのでね(これだけは立ち直れませんです)。 でも、良いのです。 気にしません。 ユーザーID: 9785054956• はい、そうですよ。 忘れる事も許す等という事も不要でございまして。 逃げて構わないのでございます。 よくあるマニュアルのような言葉が、トピ主さんや他のケース 何らかの障害の事 の場合は、当てはまりません。 堂々と逃げてください。 逃げても逃げても、新しい何かに当たり、苦しみますが、末路と言うより、その都度新しい自分が出来上がります。 逃げる前に勉強してますからね。 職場を辞めて、教訓になった事を繰り返していけばいいんです。 六年「も」じゃ〜ござんせんよ。 世の中には、精神科通いや入院が20数年経ってもトピ主さんのような答えは出せず、後ろに後ろに生きている人が少なくありません。 ひたすら苦しんでもがいていますよ。 世の中は、本当に広いもんでしてね。 どんなに、どんなに苦しい日々を送っても、明日が来ます。 その明日が、今日より一ミリでも良くなれたら、と思いながら、ゆっくり進むんです。 なんか、伝わりました。 トピ主さんは、大丈夫ですよ。 ユーザーID: 0853722958• 暇だから辛いのかも。 そして。 私は許していません。 いじめてきた人たちを。 あんなに苦しんだんです。 生き地獄だったんです。 許していいわけがない。 とぴ主さんも許さなくていいです。 私もつい過去のことを振り返ってしまうときがありました。 そんなときは、暇なときです。 なので私は、忙しくしましたよ。 資格の勉強をしたり、趣味の裁縫に没頭したり。 それらを考えているときは、頭の中がそれでいっぱいなので、平和で楽しくいられます。 いろんな試験に受かったり、出来ることが増えたら、自信付きますよ。 私は、ワンピースが作れたとき、自分に自信が付きました。 この私がワンピース作れた・・・感動しましたわ。 気が付いたら、自分に自信がついて、今の自分を認めてこれで良いのだと思えるようになりました。 あと、自分の欠点は直す努力はしました。 会社で色々言われたら、素直に反省し、悪いところは直しました。 一緒に働く方々が、楽になるようにサポートしていったりもしました。 無理しない程度で。 会社でいじめられる=自分の悪い点を指摘されている=直すチャンスが来た=努力して直す。 良い方へ考えれば良いのですよ。 でも難しいかな? ユーザーID: 7245818906• 新たな門出ですね 支えてくれる家族がいるのなら万々歳ですよ。 帰る場所(家)が平和なら、幸せだと思います。 友達は、いなくてもいい。 人から、好かれなくたっていい。 「嫌だと思う事が多い付き合いはおかしい」と目覚めた主さんは、素晴らしいです。 それは自尊心が戻ってきている証しだと思います。 主さんの好きなものを食べて、好きな服を着て、好きなところへ出かけてください。 自分の好きなものを肯定してください。 たとえばそれが流行遅れだったとしても、少数派だったとしても、 それでいいんです、それで正しいんです。 主さんが好きなものは、正しいんです。 私も最近、思うところあって古い交友関係を絶ちました。 全く別の人間に生まれ変わったような、清々しい気分です。 お互い、これからの人生を良いものにしましょうね。 ユーザーID: 5953209980• いじめっ子も苛められていた。 社会人になってすぐ、通勤のための電車の中で中学の同級生に会いました。 人見知りの酷かった私は、彼女(双子)は憧れの存在でもあり、直接話した事はなかったのですが、気さくな彼女とよく話すようになりました。 その後、自宅にも遊びに行きました。 すると、彼女の自宅の近所に、小学校の時私をよく苛めていた子(A子)の家がある話に。 流れから、そういや2人(双子)でよくA子をからかって苛めてたなぁ・・と。 『え!?』でした。 人を苛める様にはとても見えず、小学校の時は色が白くて双子の天使のような存在だったのに!?しかも私を苛めていたA子を??なんだか可笑しくなってしまって、相手にも私の知らない部分があったんだなって。 その後、自分を苛めてくる人には、極力スルーするよう頑張りました。 すると相手にされないからか言動行動がエスカレートし、徐々に他の人の前でも奇行が露呈。 1年以上で自爆(辞職)していきました。 他にも、冷静な人は私に同情し、味方になってくれたりしました。 それが一番の支えだったかもしれません。 確かに逃げるが勝ちです。 そしてうまく立ち回ることを身に付けるのも手です。 ユーザーID: 4297323454.

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