ワーテルローの戦い レ ミゼラブル。 『レ・ミゼラブル』年表(岩波少年文庫版)

【文学】ヴィクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』を解説!読みづらい原作の攻略ポイントを整理!

ワーテルローの戦い レ ミゼラブル

英BBC発のドラマ版「レ・ミゼラブル」が、9月21日(土)よりAXNミステリーで日本初放送されることが決定した。 本作は、2018年12月から今年2月にかけて、英BBC Oneで放送されたドラマで、1862年に執筆されたヴィクトル・ユゴーの大河小説を、英BBC/ルックアウト・ポイントプロダクションが映像化。 脚本は、「戦争と平和」や『ブリジット・ジョーンズの日記』のアンドリュー・デイヴィス。 一般的に知られるミュージカル版「レ・ミゼラブル」とは一線を画し、歌を使わず、ストーリーに重点を置いた展開で、コゼットが生まれる前のファンテーヌの人生や、彼女がなぜシングルマザーとして生きることになったのかなどが描かれる。 主人公のジャン・バルジャンを演じるのは、「アフェア 情事の行方」、『マネーモンスター』『トゥームレイダー ファースト・ミッション』の ドミニク・ウェスト。 また、バルジャンを追う刑事ジャベール役を『グローリー/明日への行進』でゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされた デヴィッド・オイェロウォ。 娘のために身を売るファンテーヌを『ハッピーエンドが書けるまで』『シャドウハンター』『ハリウッド・スキャンダル』の リリー・コリンズ。 ほかにも、 オリヴィア・コールマンや デレク・ジャコビらが出演している。 「SHERLOCK シャーロック」「ダウントン・アビー」など、英国ドラマをはじめイタリア、フランスほか世界各国の上質なミステリードラマを24時間オンエア中だ。 第1話のあらすじ 1815年ワーテルローの戦いの後、戦場で略奪をしていたテナルディエは偶然、ポンメルシー大佐を救う。 大佐の息子マリウスは、不仲の義父ジノルマンに育てられている。 お針子のファンテーヌは、学業のためパリに滞在しているフィーリックスと出会い、恋仲になる。 19年の刑期を終えたジャン・バルジャンは町に出るが、元受刑者ゆえに宿も取れない。 そこで通りすがりの女性の勧めに従い、司教が暮らす家の扉をたたくことにした。 「レ・ミゼラブル」は9月21日(土)16時~AXNミステリーにて日本初放送。 net》.

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ワーテルローの戦い

ワーテルローの戦い レ ミゼラブル

『レ・ミゼラブル』第2部は、ワーテルローの古戦場を、作者自身と思しき人が訪ねる場面から始まる。 1861年5月、旧稿『レ・ミゼール』を加筆修正して、『レ・ミゼラブル』という作品に仕上げることを決意したヴィクトル・ユゴーは、ワーテルローの古戦場を歩き、克明にノートをとる。 これが、第2部第1章の「ワーテルロー」で、文庫本(翻訳)75ページの分量になる。 『レ・ミゼラブル』は、文庫本で4冊から5冊、19世紀の小説の常で、本筋以外の、作者のおしゃべりが長い。 初めての読者は、そのあたりを無視してストーリーの展開に目を走らせがちだが、何度か、読み返しているうちに、司馬遼太郎の『坂の上の雲』のように、作者のおしゃべり、ストーリーから脱線した部分が、結構、面白いことに気づく。 ワーテルローは、ベルギー中部、ブラバント州の都市で、ブリュッセルの南15キロメートルの地点に位置、19世紀初頭までは寒村であったが、1815年、「ワーテルローの戦い」が、この町の南方の平原で行なわれたことから、その名が世界史に残るようになった。 ワーテルローの戦いとは、1815年6月、ナポレオンの「百日天下」に終止符を打ち、23年ぶりにヨーロッパに平和をもたらした歴史的会戦で、この年3月にエルバ島を脱出したナポレオンは、十万強の兵を率いてベルギーに進出、ウエリントン指揮するイギリス軍(68,000)とブリュツヒャー指揮下のプロイセン軍(45,000)を主力とする連合軍と対決した。 6月16日、ナポレオンは、まずプロイセン軍を破って敗走させ、イギリス軍を圧迫する態勢をとる。 18日、前日来の豪雨のため、地面が濡れていたので、砲兵による攻撃を得意とするナポレオンは、地面が固まるまで攻撃開始を遅らせていた。 ウエリントンは195門、ナポレオンは240門と、砲数で勝っていただけに、彼は砲兵を頼りにしていた。 正午ごろから総攻撃が始まったが、ウエリントンは陣地を死守して時間を稼ぎ、いったん退却したプロイセン軍の来援によって形勢を逆転、フランス軍は25,000の死傷者と、9万の捕虜を残して、戦場を放棄した。 この敗戦により、ナポレオンは4日後に退位、セント・ヘレナ島に流される。 ワーテルロー(Waterloo の英語読みがウオータールー、この戦いに勝利を得たイギリスでは、鉄道の駅名や橋の名にこの名を残す。 ウオータールーブリッジはテムズ川にかかる橋、かつてのハリウッド映画の古典的メロドラマ『哀愁』の舞台になった。 このドラマを換骨奪胎したのが、かつてのNHKのラジオドラマ『君の名は』で、そこではロンドンのウオータールーブリッジが、東京の数寄屋橋になっていた。

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ワーテルローの戦い|ナポレオン軍の敗因

ワーテルローの戦い レ ミゼラブル

『レ・ミゼラブル』第2部は、ワーテルローの古戦場を、作者自身と思しき人が訪ねる場面から始まる。 1861年5月、旧稿『レ・ミゼール』を加筆修正して、『レ・ミゼラブル』という作品に仕上げることを決意したヴィクトル・ユゴーは、ワーテルローの古戦場を歩き、克明にノートをとる。 これが、第2部第1章の「ワーテルロー」で、文庫本(翻訳)75ページの分量になる。 『レ・ミゼラブル』は、文庫本で4冊から5冊、19世紀の小説の常で、本筋以外の、作者のおしゃべりが長い。 初めての読者は、そのあたりを無視してストーリーの展開に目を走らせがちだが、何度か、読み返しているうちに、司馬遼太郎の『坂の上の雲』のように、作者のおしゃべり、ストーリーから脱線した部分が、結構、面白いことに気づく。 ワーテルローは、ベルギー中部、ブラバント州の都市で、ブリュッセルの南15キロメートルの地点に位置、19世紀初頭までは寒村であったが、1815年、「ワーテルローの戦い」が、この町の南方の平原で行なわれたことから、その名が世界史に残るようになった。 ワーテルローの戦いとは、1815年6月、ナポレオンの「百日天下」に終止符を打ち、23年ぶりにヨーロッパに平和をもたらした歴史的会戦で、この年3月にエルバ島を脱出したナポレオンは、十万強の兵を率いてベルギーに進出、ウエリントン指揮するイギリス軍(68,000)とブリュツヒャー指揮下のプロイセン軍(45,000)を主力とする連合軍と対決した。 6月16日、ナポレオンは、まずプロイセン軍を破って敗走させ、イギリス軍を圧迫する態勢をとる。 18日、前日来の豪雨のため、地面が濡れていたので、砲兵による攻撃を得意とするナポレオンは、地面が固まるまで攻撃開始を遅らせていた。 ウエリントンは195門、ナポレオンは240門と、砲数で勝っていただけに、彼は砲兵を頼りにしていた。 正午ごろから総攻撃が始まったが、ウエリントンは陣地を死守して時間を稼ぎ、いったん退却したプロイセン軍の来援によって形勢を逆転、フランス軍は25,000の死傷者と、9万の捕虜を残して、戦場を放棄した。 この敗戦により、ナポレオンは4日後に退位、セント・ヘレナ島に流される。 ワーテルロー(Waterloo の英語読みがウオータールー、この戦いに勝利を得たイギリスでは、鉄道の駅名や橋の名にこの名を残す。 ウオータールーブリッジはテムズ川にかかる橋、かつてのハリウッド映画の古典的メロドラマ『哀愁』の舞台になった。 このドラマを換骨奪胎したのが、かつてのNHKのラジオドラマ『君の名は』で、そこではロンドンのウオータールーブリッジが、東京の数寄屋橋になっていた。

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