続・あの空に太陽が。 続・あの空に太陽が

マリリン・ハセットの映画作品

続・あの空に太陽が

解説 全身麻痺という悲運に見舞われた女子スキー選手、ジル・キンモットの闘病生活を描いた「あの空に太陽が」の続編で、彼女が社会復帰を果たし結婚するまでを描く。 製作はエドワード・S・フェルドマン、監督は「パニック・イン・スタジアム」のラリー・ピアース、脚本はダグラス・デイ・スチュアート、撮影はリック・ウェイト、音楽はリー・ホールドリッジ、編集は「パニック・イン・スタジアム」のイヴ・ニューマンとウォルター・A・ハンネマン、美術はウィリアム・キャンベルが各々担当。 出演は前回に続いてマリリン・ハセット、ティモシー・ボトムズ、ナン・マーティン、ベリンダ・J・モンゴメリー、グレッチェン・コルベット、ウィリアム・ブライアント、ジェームズ・A・ボトムズ、ジューン・デイトンなど。 1978年製作/アメリカ 原題:The Other Side of the Mountain part 2 配給:ユニヴァーサル=CIC ストーリー '55年アメリカ女子スキー界のホープとして冬期オリンピックの金メダルを目指していたジル(マリリン・ハセット)は競技会の最中に転倒し重傷を負い、一命はとりとめたものの、肩から下の全身の感覚を失った。 苦闘の歳月はすぎ、ビバリー・ヒルズのホーソン小学校で『車椅子の先生』として子供たちに慕われているジルは夏休みを故郷のビショップで過ごすことにする。 夏の間だけ借りた山小屋で母(ナン・マーティ)と2人で落ちついたジルのところに親友のリンダ(グレッチェン・コルベット)とオードラ=ジョー(ベリンダ・J・モンゴメリー)が訪ねてきた。 2人ともスキー選手だったが、オードラ=ジョーは小児麻痺にかかって車椅子の生活を送っているが逆境にもめげず結婚し、幸せな生活を送っていた。 ジルはリンダと共に山道のドライブに出かけるが、途中エンコした時、2人の若い男に助けられる。 数日後、その2人の男は、ジル母娘が借りている家の持主のジョン(ティモシー・ボトムズ)と彼の弟であったことがわかる。 ジョンはタンクローリーの運転手でジルの借りている家の近くに小屋を建て一人暮しをしており、この日以来、ジルに深い関心を寄せるようになる。 ジョンの態度を意識しながら、ジルの心の中には恋愛にとびこむことを躊躇させる何かがあった。 一方、気おくれがちなジョンはジルをデートにさそうこともできなかった。 彼は1度結婚した経験があり、それが不幸に終わっていたのだ。 そのことをジルが知ったのは2人の感情に気がついたオードラ=ジョーの口からだった。 独立祭の日はじめて2人はデートし、翌朝さっそくタンクローリーでドライブに出かける。 途中、ジョンはジルを両親に紹介する。 身体の不自由なジルにとまどっていることに気がつくが、もはやそんなことでは2人の心は、傷つきはしなかった。 日帰りドライブが終わって、2人は2週間のカナダ旅行を計画する。 母とはなれたことのなかったジルは不安だったが、ジョンの強引さにひかれ旅立つのだった。 その夜2人は愛し合う男と女としてすべてを与え合った。 旅行の途中、ジョンはジルに結婚を申しこむ。 ジルは心の中でそれを受ける決心を固めていた。 だが、ビショップに戻った直後トラック事故のニュースを聞いたジルは、過去に愛した男性が皆死んでいることから、再びその恐怖が彼女によみがえり、結婚を諦める決意をする。 そのことをジョンに告げ、ジルは母と慌ただしくロスに向けて去っていった。 残されたジョンは車にとびのるとジルを追った。 追いついたジョンはジルなしでは生きられないことを必死で訴え、ジルも、彼なしでは生きられないことをその場で悟り、2人は固く抱きあうのだった。

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続・あの空に太陽が

続・あの空に太陽が

どうして,子どもの絵には太陽が出てくるのか 考えたことありませんか。 の続編です。 前回は,子どもが描く絵に出てくる,太陽の意味,色,位置などについて述べました。 太陽に描かれる後光にも,意味があるようです。 昨日まで許されていたことが,今日突然厳しく叱られたりすると,子どもは混乱します。 父親の態度の一貫性の無さへの,子ども達の無言の抗議です。 しかし,太陽が描かれているということは,父親の存在感はあるはずですから, このうちに何とかするべきですね。 ガミガミ言われる父親への,ささやかな抵抗の表れです。 ・・・・・・・・・これは,自分の言うことややることに否定ばかりする父親を表しています。 のびのびとした直線で描けなくなってしまっているのです。 これが,更にひどくなり,自分なりにあきらめると,太陽を描かなくなったり,描いても,後光が鍵十字 あのナチスドイツのハーケンクロイツのような形や 卍 の太陽になっていくようです。 「お父さんなんていなくていい」と泣きながら,絵を描いている子もいるそうです。 さて,ときどき,太陽の中に顔を描く子がいます。 これは,テレビや本でも見かける絵なので,大抵は心配ありませんが,中には気になる子もいます。 なぜなら,父親の外面 そとづら が良いと,このような形に表れるのです。 前回の日記を思い出してください。 見分けるポイントがあるでしょう。 そうです。 そんなとき,太陽は左側に描かれているのです。 色が赤ならまだいいですが,黄色や朱色で描かれ,家族の絵と離れた距離に,まるで無関係なように描かれていたら,警告です。 ここまでは,父親の象徴である太陽について,いろいろ書いてきました。 でも,母親は,どんな形として描かれるのでしょう 絶対に気になりますよね。 日本児童画研究会の分析結果によると, 実は, 「母親はチューリップらしいのです。 特に女の子の描く絵には,顕著に出ます。 赤いチューリップの花が,まっすぐな茎の上に描かれていれば,母親として,とても好感が持たれているという証拠です。 チューリップの花の色は,赤とは限りません。 黄色もあります。 チューリップの形や黒い縁取りがあると心配です。 黒い縁取りは,子どもが何かしら不安定になっているときが多く, 花の色が紫色だと,母親の怒りにびくびくしている子どもの精神的な状態を表しています。 よく,子どもの絵に,ひまわりの花とチューリップの花が並んで咲いている場合があります。 これは,夫婦仲が円満にいっているときに,よく出てくるパターンです。 このとき,父親はひまわりという形として表されています。 ですから,この絵に太陽があれば,右の空に丸く赤い太陽が描かれているはずです。 では,心配なチューリップとは,どんな描かれ方をしているのでしょうか。 父親として描かれたひまわりと,母親として描かれたチューリップが並んでいても,重なったり,葉っぱの部分が擦れるように描かれていると, 夫婦げんかを表しています。 子どもにとって,喧嘩ばかりする両親ほど嫌なものはありませんね。 それは,皆さんの子どもの頃を思い出していただいてもお分かりであると思います。 ふつうのチューリップの花には,大抵3つの大きな山のような花が描かれますが, チューリップの花の真ん中に 2つの山の間 芽のようなものを一つだけ描く子がいます。 その絵を描く1週間ばかり前から,元気が無さそうにしていてので, 不思議に思った幼稚園の先生が,その子といろいろお話をしたそうです。 そうすると,ある日,両親が「もう子どもはいらない」と話していたのを聞いていて,ショックを受けていたことが分かりました。 両親の何気ない会話が,幼い子どもの小さな胸を苦しめてしまっていたのです。 さて,これまでに,太陽は父親の象徴であると書きました。 しかし,母親のそれは,父親の象徴ほど,はっきりとは表れません。 そこが重要なのです。 そこにこそ,意味があると私は思います。 つまり, 子どもが幼ければ幼いほど,母親という存在は, この世の中全てなのです。 とても,客観的にとらえられるような存在ではないのです。 母親から拒否されたら,自分の存在自体を否定されたことになるのです。 それは,どれほど悲しいことでしょう。 この世界が破滅していくようなものに感じられるでしょう。

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映画のストーリー 結末の記載を含むものもあります。 '55年アメリカ女子スキー界のホープとして冬期オリンピックの金メダルを目指していたジル(マリリン・ハセット)は競技会の最中に転倒し重傷を負い、一命はとりとめたものの、肩から下の全身の感覚を失った。 苦闘の歳月はすぎ、ビバリー・ヒルズのホーソン小学校で『車椅子の先生』として子供たちに慕われているジルは夏休みを故郷のビショップで過ごすことにする。 夏の間だけ借りた山小屋で母(ナン・マーティ)と2人で落ちついたジルのところに親友のリンダ(グレッチェン・コルベット)とオードラ=ジョー(ベリンダ・J・モンゴメリー)が訪ねてきた。 2人ともスキー選手だったが、オードラ=ジョーは小児麻痺にかかって車椅子の生活を送っているが逆境にもめげず結婚し、幸せな生活を送っていた。 ジルはリンダと共に山道のドライブに出かけるが、途中エンコした時、2人の若い男に助けられる。 数日後、その2人の男は、ジル母娘が借りている家の持主のジョン(ティモシー・ボトムズ)と彼の弟であったことがわかる。 ジョンはタンクローリーの運転手でジルの借りている家の近くに小屋を建て一人暮しをしており、この日以来、ジルに深い関心を寄せるようになる。 ジョンの態度を意識しながら、ジルの心の中には恋愛にとびこむことを躊躇させる何かがあった。 一方、気おくれがちなジョンはジルをデートにさそうこともできなかった。 彼は1度結婚した経験があり、それが不幸に終わっていたのだ。 そのことをジルが知ったのは2人の感情に気がついたオードラ=ジョーの口からだった。 独立祭の日はじめて2人はデートし、翌朝さっそくタンクローリーでドライブに出かける。 途中、ジョンはジルを両親に紹介する。 身体の不自由なジルにとまどっていることに気がつくが、もはやそんなことでは2人の心は、傷つきはしなかった。 日帰りドライブが終わって、2人は2週間のカナダ旅行を計画する。 母とはなれたことのなかったジルは不安だったが、ジョンの強引さにひかれ旅立つのだった。 その夜2人は愛し合う男と女としてすべてを与え合った。 旅行の途中、ジョンはジルに結婚を申しこむ。 ジルは心の中でそれを受ける決心を固めていた。 だが、ビショップに戻った直後トラック事故のニュースを聞いたジルは、過去に愛した男性が皆死んでいることから、再びその恐怖が彼女によみがえり、結婚を諦める決意をする。 そのことをジョンに告げ、ジルは母と慌ただしくロスに向けて去っていった。 残されたジョンは車にとびのるとジルを追った。 追いついたジョンはジルなしでは生きられないことを必死で訴え、ジルも、彼なしでは生きられないことをその場で悟り、2人は固く抱きあうのだった。

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