豊郷 小学校。 「豊郷小学校旧校舎群に行ってきました!!」

豊郷小学校メモリー|旧豊郷小学校の思い出と、そして、これから。

豊郷 小学校

こんにちは。 滋賀県犬上郡豊郷町 豊郷小学校(旧校舎)がある町です。 豊郷小学校は歴史的建造物として新校舎が建てられた後も残されて一般公開されています。 今回は彦根から近江鉄道に乗り換え豊郷小学校に行ってきました。 ウィリアム・ヴォーリズ設計の建物 豊郷小学校旧庁舎は明治から昭和にかけて活躍されたアメリカの建築家ウィリアム・ヴォーリズの作品です。 ウィリアム・ヴォーリズは「同志社大学アーモスト館」「関西学院大学」などたくさんの素敵な西洋建築を日本に残してくれた方です。 豊郷小学校は昭和の作品 当時は「東洋一の小学校」と賞賛されたそうです。 地上2階建てで一部が3階建ての建物です。 平成25年に国の有形登録文化財に指定されたそうです。 「うさぎとかめ」の物語 建物の美しさとどこか懐かしい板張りの校舎 そして印象的だったのが「うさぎとかめ」のブロンズ像です。 各階段の手すり部分にうさぎとかめの物語をモチーフにしたブロンズ像があります。 1階にはうさぎとかめが並んでこれから競争しようという場面 1階から途中の踊り場までの階段はかめが一生懸命に登っていく姿 踊り場付近ではうさぎが眠っています。 そして2階までの階段は引き続きかめが登っています。 そして2階 かめが登り切ってなんだか誇らしげに佇んでいます。 うさぎとかめを見て思ったこと うさぎとかめの物語は日本人なら誰もが知っている物語 私自身もいつ聞いたのかは記憶にありませが、知っています。 こつこつと努力したかめが「よし」 途中でさぼったうさぎは「だめ」 という価値観で私は物事を見てきたと思います。 でも豊郷小学校の階段の途中で眠っているうさぎの姿を見ているとそんな気持ちが変わってきました。 なんとなくかわいらしく、うさぎもいいじゃんと思えてきました(笑) 物語ではうさぎは一気に走り出してあっという間にかめを突き放した。 その後途中でちょっと休憩 そうこうしているうちにかめに追い抜かれた。 そんなうさぎの生き方もなんだかかわいらしく、むしろ人間的でもあるんじゃないか。 そう思うと、何十年の時を経てうさぎに対する自分の評価がすっかり変わった気がしました。 立派な講堂もあります 自分が通っていた学校にはなかった講堂もありました。 懐かしいねーとご年配の方々が覗いておられました。 小学校時代の懐かしさとともに自分の価値観がちょっと変わっていることに気づかせてくれた豊郷小学校でした。

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けいおん 聖地巡礼(舞台探訪) 豊郷小学校 旧校舎群

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沿革 [ ] 学校の歴史は、(6年)に四十九院村などの7つの村による連合が、成文学校、達務学校、先進学校の3つの小学校を設立したことにさかのぼる。 その後、(明治19年)の県令により1つの尋常科と3つの簡易科に再編され、このうち「尋常科至熟小学校」が現在の豊郷小学校に連なる。 当初は成文学校を引き継ぐ形で唯念寺を利用していたが、(明治20年)には当地出身の豪商・をはじめとする有力者から寄付金を得て、校舎の新築がなった。 しかし、初代校舎は生徒の増加に伴って手狭になり、同時に校舎の腐朽も進行していた。 このためにの専務取締役であったが学校の新築費用の寄付を申し出、後述する2代目校舎が建築された。 が豊郷町長に就任すると、2代目校舎を取り壊して3代目校舎を新築することを突如発表した。 歴史的建造物を守ろうとする住民により、市民団体「豊郷小学校の歴史と未来を考える会」(以下「考える会」)が設立され、校舎の保存運動を展開。 この取り組みは全国に報道され、注目を集めた。 2代目校舎の保存はなったものの、3代目校舎の建築を阻止することは叶わず、2004年3月に3代目校舎が竣工、供用が開始されている。 年表 [ ]• (明治6年)5月1日 - の公布に伴い、四十九院村など7ヵ村の共同で、に設置された「成文学校」など計3校が設置される。 (明治19年)4月 - 成文学校を「尋常科至熟小学校」と改称。 (明治20年)11月 - 県令により3校を合併し、校名を「尋常至塾小学校」と改称。 12月11日 - 初代校舎が完成し 、それに伴い校名を「至塾尋常小学校」に改称。 (明治25年)4月 - 新小学校令により、修了年限を尋常科4年、補習科2年とし、校名を「豊郷」に改称。 (明治27年)4月 - 修了年限2年の高等科を設置。 (明治29年)10月 - 高等科の修了年限を4年に延長。 校名を「豊郷」に改称。 (明治41年)4月1日 - 修了年限を尋常科6年、高等科2年にそれぞれに改める。 (5年)4月 - 実業補習学校を設置。 (10年)4月 - 実業補習学校を「豊郷青年学校」と改称。 (昭和12年)5月30日 - 古川鉄治郎の寄進による新校舎が竣工する。 (昭和16年)4月 - に伴い、校名を「豊郷国民学校」に改称。 (昭和22年) - の施行に伴い、校名を「豊郷小学校」に改称。 (16年)3月8日 - 新校舎(3代目)の使用開始。 (平成19年)7月31日 - 初代校舎が『旧豊郷尋常高等小学校本館』としてに登録される。 (平成25年)3月29日 - 2代目校舎(『旧豊郷小学校校舎』)、講堂(『旧豊郷小学校講堂』)および酬徳記念館(『旧豊郷小学校酬徳記念図書館』)が登録有形文化財に登録される。 歴代校舎概要 [ ] 初代校舎 [ ] 旧校舎 (12年)、本校出身での専務取締役であった古川鉄治郎が私財を投げ打って建設した。 設計は建築事務所、建設はが担当し 、が現場監督となって指揮を執った。 通常「 旧校舎」と言えばこちらを指す。 当時としては珍しい、壮麗な鉄筋コンクリート造の校舎は、「白亜の殿堂」ないし「東洋一の小学校」との異名を取った。 また、暖房設備など当時最先端の技術を惜しみなく使用し、その総工費は365,000円に上っている (当時の豊郷町予算の10倍に相当 )。 のには、「」をとした装飾が設置され、後述する保存運動のシンボルにもなっている。 (平成21年)春頃より放映された『』(制作)に登場する架空のがこの校舎と酷似しており、モデルと認知されていることから、いわゆる「」として訪れるファンも多い。 また、地元もを目的として同年6月に「けいおんでまちおこし実行委員会」を設け、旧校舎内にて「けいおん! カフェ」の開業や、ライブ の開催を実行している。 旧校舎内の音楽室にはファンが持ち寄った「けいおん! 」関連のグッズや楽器が多数展示されている。 2014年(平成26年)9月には旧校舎2階の理科準備室にて、旧校舎完成時の記念式典の映像などを収めた16ミリフィルムが町職員の手によって発見された。 、によるの答申があり、豊郷小学校旧校舎群も答申の対象となった。 耐震・改修工事前の旧校舎(2007年) (11年)にが新に就任すると、施設の老朽化と耐震性を理由として校舎と講堂を解体するとともに新校舎の建設を目指す方針を打ち出し、もこれを賛成多数で承認した。 しかし、地元町民からは歴史のある校舎を取り壊すことに反対する意見が出され、賛成意見を大きく上回った。 (平成13年)10月に「豊郷町の歴史と未来を考える会」が設立され、に講堂の解体工事の差し止めを求める申請を行い、(平成14年)1月に裁判所は差し止めを認めた。 町側は地裁の判断を一旦不服として高等裁判所にしたものの、講堂を保存する方向に方針転換。 しかし、校舎に関しては解体の方針を変更しなかった。 2002年8月、考える会は大津地裁に校舎解体差し止めを求める仮処分を申請し、12月19日に承認されるが、大野町長は地裁の判断や町民の意向を無視して同月20日に強行的に解体工事を開始。 解体中止を求めて抗議した女性を作業員が床に叩きつけるなど、暴行を加える様子もニュースで放送された(町長や作業員は本件で(平成16年)1月にされた )。 これを受けて町民は工事の差し止めを求めて校舎に立てこもり、町長も工事中止を発表する。 かかる状況の中、大野町長は24日になって方針を転換し、新校舎を建設しながらも旧校舎を保存するとした。 新校舎の建設に固執した大野町長の姿勢の背景には、多額の新築費用が生じるによるや 、改修の場合には国による費用の補助割合が低く設定されていることを指摘する声もあるが 、「考える会」によれば実際には国庫補助金は新築と改修で同額であり、町税の無駄遣いに過ぎないとする。 また、改築の根拠の一つとなっていた耐震性については、のデータに不自然な点があることが明らかになっている。 は校舎の老朽化や耐震性の問題について、改修によって対処可能と指摘している。 この後、(平成15年)3月にによって大野町長はいったん失職をしたが、同4月にの一環として行われた町長選挙に立候補し、解体反対派候補の分裂もあって「歴史と未来を考える会」側の立候補者等を破り、町長に返り咲いた。 2003年3月には住民によって新校舎建設の差し止めが請求されたものの 、6月に着工した 新校舎は2004年3月に完成した。 考える会側は大野町長に対する請求、校舎建設費の支出差し止め請求および賠償請求の3件のを起こしたが、損害賠償請求および支出差し止め請求については、町長に賠償を認め 、また、支出差し止めを命じる判決がでそれぞれ確定。 また、(平成19年)12月には校舎建設費の賠償について、建設業者などが校舎保存のための寄付を行うことなどでが成立し、校舎改築問題に関する訴訟は全て終了した。 なお、大野町長はでは町長選に出馬せず、議員選挙に出馬したが落選、で県議会議員(犬上郡選挙区)に当選した。 その後、豊郷町は旧校舎の保存や管理を目的としたを募っており 、また、(平成20年)10月よりは、約5億5300万円をかけて旧校舎の耐震・改修工事を開始している。 一方、考える会側も、設計事務所に旧校舎の耐震診断を依頼し、3階の一部への軽微な補強(約500万円)以外の工事は不必要との解析結果が得られたとし、また不必要な工事によって旧校舎の的価値を毀損したとして、(平成21年)3月に設計事務所と伊藤定勉町長に対し、設計監理業務の委託費約3000万円の返還を求める訴訟を起こした。 旧校舎は耐震工事完了後の同年、町立図書館などが入居する複合施設として再出発した。 関連文献・作品 [ ] 関連文献 [ ]• 『豊郷小学校の歴史と人びと』古川博康編、豊郷小学校の歴史と未来を考える会、2003年。 本田清春、古川博康『豊郷小学校は今:校舎保存にかける住民の願い』豊郷小学校の歴史と未来を考える会、、2003年。 本田清春、古川博康『歴史と文化薫る学び舎 豊郷小学校 校舎保存運動の記録 -とよさと小学校問題の全貌-』豊郷小学校の歴史と未来を考える会、サンライズ出版、2004年。 上坂和美『あったかいね永遠の学び舎 豊郷小学校物語』財団法人芙蓉会、サンライズ出版、2012年。 関連作品 [ ]• 山崎富美子(文)、(絵)『ヴォーリズさんのウサギとカメ』上ヶ原文庫(山崎忠厚)、2007年。 アニメ『』:・にで放映された作品。 「」の節にて詳述。 映画『』(2012年)で、旧校舎が撮影に使われた。 映画『』:原作、主演、監督で2013年に公開された映画作品。 学校でのシーンで旧校舎が使用されている。 映画『』:原作、主演、監督で2014年に公開された映画作品。 学校でのシーンで旧校舎が使用されている• ドラマ『』:にで放映されたドラマ。 TBSドラマ『』に登場するアイチ自動車社屋として使用された。 :、に放映されたドラマ。 NHK連続テレビ小説『』の主人公・すみれが通う高等女学校として使用された。 映画『』(2017年)で旧校舎が撮影に使用された。 脚注 [ ] []• 藤川助三 編 『豊郷村史』 滋賀県犬上郡豊郷村史編集委員会、1963年、48p-51p。 本田清春、古川博康『歴史と文化薫る学び舎 豊郷小学校 校舎保存運動の記録 -とよさと小学校問題の全貌-』豊郷小学校の歴史と未来を考える会、サンライズ出版、2004年。 p98• 神谷新一「豊郷小学校建築の思い出」『豊郷村史』 藤川助三、滋賀県犬上郡豊郷村史編集委員会、1963年、573・574p• 古川 p103• 古川 p113• 古川 p114• 」 ファン続々活気のリズム」『』(滋賀版)2009年8月15日付朝刊。 (2010年2月28日時点の)• 河辺嘉奈子 2014年11月19日. 中日新聞社• 「滋賀・旧豊郷小文化財にーーアニメ「けいおん!」舞台のモデル」『朝日新聞』大阪本社版、2012年9月22日付朝刊、31面。 古川 p234• 古川 p258。 asahi. com 朝日新聞社. 2003年3月7日. 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2007年1月13日. [ ]• 京都新聞 京都新聞社. 2013年6月15日閲覧。 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2003年1月17日. 古川 p224• 京都新聞 京都新聞社. 2013年6月15日閲覧。 「豊郷小新校舎訴訟 工事費支出認めずーー大津地裁 建設差し止めは却下」『毎日新聞』、2003年12月22日付夕刊、8面。 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2007年4月13日. [ ]• 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2006年6月8日. 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2007年12月27日. 「」 豊郷町、2008年9月1日。 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2004年4月5日. 関連項目 [ ]• - 保存運動の際に保存賛成派を支持し、立てこもりにも参加したことがある。 ・・ - 豊郷町出身である、が創業した企業。 旧校舎の管理・改修工事に対して寄附を行った(『広報とよさと』2009年5月号)。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - (2002年12月25日アーカイブ分)• - 旧校舎の解説・写真 この項目は、のに関連した です。

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【豊郷小学校旧校舎群】アクセス・営業時間・料金情報

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沿革 [ ] 学校の歴史は、(6年)に四十九院村などの7つの村による連合が、成文学校、達務学校、先進学校の3つの小学校を設立したことにさかのぼる。 その後、(明治19年)の県令により1つの尋常科と3つの簡易科に再編され、このうち「尋常科至熟小学校」が現在の豊郷小学校に連なる。 当初は成文学校を引き継ぐ形で唯念寺を利用していたが、(明治20年)には当地出身の豪商・をはじめとする有力者から寄付金を得て、校舎の新築がなった。 しかし、初代校舎は生徒の増加に伴って手狭になり、同時に校舎の腐朽も進行していた。 このためにの専務取締役であったが学校の新築費用の寄付を申し出、後述する2代目校舎が建築された。 が豊郷町長に就任すると、2代目校舎を取り壊して3代目校舎を新築することを突如発表した。 歴史的建造物を守ろうとする住民により、市民団体「豊郷小学校の歴史と未来を考える会」(以下「考える会」)が設立され、校舎の保存運動を展開。 この取り組みは全国に報道され、注目を集めた。 2代目校舎の保存はなったものの、3代目校舎の建築を阻止することは叶わず、2004年3月に3代目校舎が竣工、供用が開始されている。 年表 [ ]• (明治6年)5月1日 - の公布に伴い、四十九院村など7ヵ村の共同で、に設置された「成文学校」など計3校が設置される。 (明治19年)4月 - 成文学校を「尋常科至熟小学校」と改称。 (明治20年)11月 - 県令により3校を合併し、校名を「尋常至塾小学校」と改称。 12月11日 - 初代校舎が完成し 、それに伴い校名を「至塾尋常小学校」に改称。 (明治25年)4月 - 新小学校令により、修了年限を尋常科4年、補習科2年とし、校名を「豊郷」に改称。 (明治27年)4月 - 修了年限2年の高等科を設置。 (明治29年)10月 - 高等科の修了年限を4年に延長。 校名を「豊郷」に改称。 (明治41年)4月1日 - 修了年限を尋常科6年、高等科2年にそれぞれに改める。 (5年)4月 - 実業補習学校を設置。 (10年)4月 - 実業補習学校を「豊郷青年学校」と改称。 (昭和12年)5月30日 - 古川鉄治郎の寄進による新校舎が竣工する。 (昭和16年)4月 - に伴い、校名を「豊郷国民学校」に改称。 (昭和22年) - の施行に伴い、校名を「豊郷小学校」に改称。 (16年)3月8日 - 新校舎(3代目)の使用開始。 (平成19年)7月31日 - 初代校舎が『旧豊郷尋常高等小学校本館』としてに登録される。 (平成25年)3月29日 - 2代目校舎(『旧豊郷小学校校舎』)、講堂(『旧豊郷小学校講堂』)および酬徳記念館(『旧豊郷小学校酬徳記念図書館』)が登録有形文化財に登録される。 歴代校舎概要 [ ] 初代校舎 [ ] 旧校舎 (12年)、本校出身での専務取締役であった古川鉄治郎が私財を投げ打って建設した。 設計は建築事務所、建設はが担当し 、が現場監督となって指揮を執った。 通常「 旧校舎」と言えばこちらを指す。 当時としては珍しい、壮麗な鉄筋コンクリート造の校舎は、「白亜の殿堂」ないし「東洋一の小学校」との異名を取った。 また、暖房設備など当時最先端の技術を惜しみなく使用し、その総工費は365,000円に上っている (当時の豊郷町予算の10倍に相当 )。 のには、「」をとした装飾が設置され、後述する保存運動のシンボルにもなっている。 (平成21年)春頃より放映された『』(制作)に登場する架空のがこの校舎と酷似しており、モデルと認知されていることから、いわゆる「」として訪れるファンも多い。 また、地元もを目的として同年6月に「けいおんでまちおこし実行委員会」を設け、旧校舎内にて「けいおん! カフェ」の開業や、ライブ の開催を実行している。 旧校舎内の音楽室にはファンが持ち寄った「けいおん! 」関連のグッズや楽器が多数展示されている。 2014年(平成26年)9月には旧校舎2階の理科準備室にて、旧校舎完成時の記念式典の映像などを収めた16ミリフィルムが町職員の手によって発見された。 、によるの答申があり、豊郷小学校旧校舎群も答申の対象となった。 耐震・改修工事前の旧校舎(2007年) (11年)にが新に就任すると、施設の老朽化と耐震性を理由として校舎と講堂を解体するとともに新校舎の建設を目指す方針を打ち出し、もこれを賛成多数で承認した。 しかし、地元町民からは歴史のある校舎を取り壊すことに反対する意見が出され、賛成意見を大きく上回った。 (平成13年)10月に「豊郷町の歴史と未来を考える会」が設立され、に講堂の解体工事の差し止めを求める申請を行い、(平成14年)1月に裁判所は差し止めを認めた。 町側は地裁の判断を一旦不服として高等裁判所にしたものの、講堂を保存する方向に方針転換。 しかし、校舎に関しては解体の方針を変更しなかった。 2002年8月、考える会は大津地裁に校舎解体差し止めを求める仮処分を申請し、12月19日に承認されるが、大野町長は地裁の判断や町民の意向を無視して同月20日に強行的に解体工事を開始。 解体中止を求めて抗議した女性を作業員が床に叩きつけるなど、暴行を加える様子もニュースで放送された(町長や作業員は本件で(平成16年)1月にされた )。 これを受けて町民は工事の差し止めを求めて校舎に立てこもり、町長も工事中止を発表する。 かかる状況の中、大野町長は24日になって方針を転換し、新校舎を建設しながらも旧校舎を保存するとした。 新校舎の建設に固執した大野町長の姿勢の背景には、多額の新築費用が生じるによるや 、改修の場合には国による費用の補助割合が低く設定されていることを指摘する声もあるが 、「考える会」によれば実際には国庫補助金は新築と改修で同額であり、町税の無駄遣いに過ぎないとする。 また、改築の根拠の一つとなっていた耐震性については、のデータに不自然な点があることが明らかになっている。 は校舎の老朽化や耐震性の問題について、改修によって対処可能と指摘している。 この後、(平成15年)3月にによって大野町長はいったん失職をしたが、同4月にの一環として行われた町長選挙に立候補し、解体反対派候補の分裂もあって「歴史と未来を考える会」側の立候補者等を破り、町長に返り咲いた。 2003年3月には住民によって新校舎建設の差し止めが請求されたものの 、6月に着工した 新校舎は2004年3月に完成した。 考える会側は大野町長に対する請求、校舎建設費の支出差し止め請求および賠償請求の3件のを起こしたが、損害賠償請求および支出差し止め請求については、町長に賠償を認め 、また、支出差し止めを命じる判決がでそれぞれ確定。 また、(平成19年)12月には校舎建設費の賠償について、建設業者などが校舎保存のための寄付を行うことなどでが成立し、校舎改築問題に関する訴訟は全て終了した。 なお、大野町長はでは町長選に出馬せず、議員選挙に出馬したが落選、で県議会議員(犬上郡選挙区)に当選した。 その後、豊郷町は旧校舎の保存や管理を目的としたを募っており 、また、(平成20年)10月よりは、約5億5300万円をかけて旧校舎の耐震・改修工事を開始している。 一方、考える会側も、設計事務所に旧校舎の耐震診断を依頼し、3階の一部への軽微な補強(約500万円)以外の工事は不必要との解析結果が得られたとし、また不必要な工事によって旧校舎の的価値を毀損したとして、(平成21年)3月に設計事務所と伊藤定勉町長に対し、設計監理業務の委託費約3000万円の返還を求める訴訟を起こした。 旧校舎は耐震工事完了後の同年、町立図書館などが入居する複合施設として再出発した。 関連文献・作品 [ ] 関連文献 [ ]• 『豊郷小学校の歴史と人びと』古川博康編、豊郷小学校の歴史と未来を考える会、2003年。 本田清春、古川博康『豊郷小学校は今:校舎保存にかける住民の願い』豊郷小学校の歴史と未来を考える会、、2003年。 本田清春、古川博康『歴史と文化薫る学び舎 豊郷小学校 校舎保存運動の記録 -とよさと小学校問題の全貌-』豊郷小学校の歴史と未来を考える会、サンライズ出版、2004年。 上坂和美『あったかいね永遠の学び舎 豊郷小学校物語』財団法人芙蓉会、サンライズ出版、2012年。 関連作品 [ ]• 山崎富美子(文)、(絵)『ヴォーリズさんのウサギとカメ』上ヶ原文庫(山崎忠厚)、2007年。 アニメ『』:・にで放映された作品。 「」の節にて詳述。 映画『』(2012年)で、旧校舎が撮影に使われた。 映画『』:原作、主演、監督で2013年に公開された映画作品。 学校でのシーンで旧校舎が使用されている。 映画『』:原作、主演、監督で2014年に公開された映画作品。 学校でのシーンで旧校舎が使用されている• ドラマ『』:にで放映されたドラマ。 TBSドラマ『』に登場するアイチ自動車社屋として使用された。 :、に放映されたドラマ。 NHK連続テレビ小説『』の主人公・すみれが通う高等女学校として使用された。 映画『』(2017年)で旧校舎が撮影に使用された。 脚注 [ ] []• 藤川助三 編 『豊郷村史』 滋賀県犬上郡豊郷村史編集委員会、1963年、48p-51p。 本田清春、古川博康『歴史と文化薫る学び舎 豊郷小学校 校舎保存運動の記録 -とよさと小学校問題の全貌-』豊郷小学校の歴史と未来を考える会、サンライズ出版、2004年。 p98• 神谷新一「豊郷小学校建築の思い出」『豊郷村史』 藤川助三、滋賀県犬上郡豊郷村史編集委員会、1963年、573・574p• 古川 p103• 古川 p113• 古川 p114• 」 ファン続々活気のリズム」『』(滋賀版)2009年8月15日付朝刊。 (2010年2月28日時点の)• 河辺嘉奈子 2014年11月19日. 中日新聞社• 「滋賀・旧豊郷小文化財にーーアニメ「けいおん!」舞台のモデル」『朝日新聞』大阪本社版、2012年9月22日付朝刊、31面。 古川 p234• 古川 p258。 asahi. com 朝日新聞社. 2003年3月7日. 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2007年1月13日. [ ]• 京都新聞 京都新聞社. 2013年6月15日閲覧。 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2003年1月17日. 古川 p224• 京都新聞 京都新聞社. 2013年6月15日閲覧。 「豊郷小新校舎訴訟 工事費支出認めずーー大津地裁 建設差し止めは却下」『毎日新聞』、2003年12月22日付夕刊、8面。 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2007年4月13日. [ ]• 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2006年6月8日. 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2007年12月27日. 「」 豊郷町、2008年9月1日。 47NEWS. 共同通信 全国新聞ネット. 2004年4月5日. 関連項目 [ ]• - 保存運動の際に保存賛成派を支持し、立てこもりにも参加したことがある。 ・・ - 豊郷町出身である、が創業した企業。 旧校舎の管理・改修工事に対して寄附を行った(『広報とよさと』2009年5月号)。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - (2002年12月25日アーカイブ分)• - 旧校舎の解説・写真 この項目は、のに関連した です。

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