キャリア パスポート。 「キャリア・パスポート」例示資料等について:文部科学省

大阪府/キャリア教育の推進

キャリア パスポート

特別支援教育の視点を取り入れて検討したキャリア・パスポートのサンプルがついた電子書籍「最前線で働く特別支援教育のプロが教えます!みつめる つたえる ふりかえる キャリア・パスポート」では、キャリア・パスポートの導入に関して役立つ情報が満載です。 Kindle Unlimitedは、Unlimitedに登録されている本が月額980円で好きなだけ読むことができます。 また、初回30日間は無料です。 キャリア・パスポート導入の背景 時代が目まぐるしく変化する中で、教育の世界でも変化が求められています。 子どもたちに、情報化やグローバル化など急激な社会的変化の中でも、未来の創り手となるために必要な資質・能力を確実に備えることのできる教育を実現することが、待ったなしの状態で急務になっているからです。 学校教育の中でも、その変化に対応していく必要があるため、最近、さまざまな改革が取り組まれています。 特に求められているのは、定められた手続を効率的にこなしていくにとどまらず、感性を豊かに働かせながら、どのような未来を創っていくのか、どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかを考え、主体的に学び続けて自らの能力を引き出し、自分なりに試行錯誤したり、多様な他者と協働したりして、新たな価値を生み出していくことです。 産業の構造が変化し、質的な豊かさが成長を支える成熟社会に移行していく中で、これからの時代や社会に求められる資質・能力が、学校教育の中で育成していくことが必要となっています。 そのために、よりよい学校教育を通じて、よりよい社会を作るという目標を学校と社会が共有することが求められています。 このような現状に対応して、学校教育を通じて子どもたちが身に付けるべき資質・能力や学ぶべき内容など示すため、新たな学習指導要領では、これからの時代に求められる知識や力とは何かを明確にすることや、子どもが学びの意義や成果を自覚して次の学びにつなげたり、学校と地域・家庭とが教育目標を共有してカリキュラム・マネジメントを実現することに焦点が当てられてきました。 また、生きて働く知識や力を育む質の高い学習過程を実現するため、各教科における学びの特質を明確にするとともに、「アクティブ・ラーニングの視点」が重視されています。 このような背景を含めて、新学習指導要領総則(小中高共通)では、次のように学びの場からキャリアを見ていくことの必要性について述べています。 (児童)生徒が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができるよう,特別活動を要としつつ各教科(・科目)等の特質に応じて,キャリア教育の充実を図ること。 その中で,生徒が自らの(在り方)生き方を考え主体的に進路を選択することができるよう,学校の教育活動全体を通じ,組織的かつ計画的な進路指導を行うこと。 参考資料:(文部科学省) キャリア・パスポートの目的と定義 特別活動においてキャリア教育実践のためのツールとして導入される「キャリア・パスポート」とはどのようなものなのでしょうか。 まず、特別活動の中で、キャリア・パスポートは現在と将来をつなぐものとして位置づけられています。 また、各教科の特色から出てくる見方や考え方を通して、よりよい人間関係の形成や、社会への参画、自己実現の視点から問題解決をできる力をつけさせようとするものとなっています。 出所:キャリア・パスポートの根拠(文部科学省) 「キャリア・パスポート」とは生徒自身が変容や成長を自己評価するものとして紹介されていますが、まずその目的や定義から見ていきましょう。 「キャリア・パスポート」は、平成28年12月の中央教育審議会答申において提案されてから、子どもたちの活動を記録し、蓄積する教材として検討が進められてきました。 そして、新学習指導要領にもとづき、次のような目的と定義が示されています。 「キャリア・パスポート」の目的 小学校から高等学校を通じて,児童生徒にとっては,自らの学習状況やキャリア形成を見通したり,振り返ったりして,自己評価を行うとともに,主体的に学びに向かう力を育み,自己実現につなぐもの。 教師にとっては,その記述をもとに対話的にかかわることによって,児童生徒の成長を促し,系統的な指導に資するもの。 「キャリア・パスポート」の定義 「キャリア・パスポート」とは,児童生徒が,小学校から高等学校までのキャリア教育に関わる諸活動について,特別活動の学級活動及びホームルーム活動を中心として,各教科等と往還し,自らの学習状況やキャリア形成を見通したり振り返ったりしながら,自身の変容や成長を自己評価できるよう工夫されたポートフォリオのことである。 なお,その記述や自己評価の指導にあたっては,教師が対話的に関わり,児童生徒一人一人の目標修正などの改善を支援し,個性を伸ばす指導へとつなげながら,学校,家庭及び地域における学びを自己のキャリア形成に生かそうとする態度を養うよう努めなければならない。 「キャリア・パスポート」は、子どもたち自身が中・長期的に学びを振り返り、将来を見据えることをサポートするツールで、子どもたちを成長させる手段として明記されています。 そのため記入することや日常のワークシートや日記、手帳や作文などをそのまま蓄積するものではありません。 では、「キャリア・パスポート」はどのように運用していけばよいのでしょうか。 次にその点をみていきたいと思います。 キャリア・パスポートの様式と運用方法 文部科学省は「キャリア・パスポート」の様式を例示していますが、これをそのまま使 用するのではなく、各地域・学校の実態に応じて柔軟にカスタマイズして活用することがすすめられています。 また、「キャリア・パスポート」は小学校入学から高校卒業まで、学年や校種を越えて持ち上がるものとなるため、次のような基本の形式が提示されています。 ・各シートはA4判(両面使用可)に統一 ・各学年での蓄積は数ページ(5枚以内)とする 文部科学省から出されている「キャリア・パスポート」の様式の一部を見てみましょう。 これは中学校1年生のキャリア・パスポートとなっています。 「キャリア・パスポート」で扱う内容は、「学校生活全体及び家庭、地域における学びを含む内容」とされています。 学校内の教科学習、教科外活動の自己評価票ではなく、【教科学習、教科外活動、学校外の活動の3つの視点】で振り返り、特別活動を中心としながら、各教科・科目等と学びが関係していることを子どもたちがわかるようにすることが求められています。 子どもたちが「キャリア・パスポート」を作成するときには、教師の関わり方が重要となってきます。 教師が対話的な関わりをすることによって、自分が人の役に立っているということを意識して、自らの存在価値を感じたり、自分を見つめ直すことができるからです。 キャリア・パスポート」の中には、自分以外の人からどのように見られているのか、評価されているのかをみつめることも大切なポイントと捉えられています。 「キャリア・パスポート」は、小学校入学から高校卒業までの記録を学年、校種を越えて引き継ぎ、学びの振り返りや見通しに生かすものです。 個人情報を含まれることから、現時点では、キャリア・パスポートの管理は学校で行い、学年間の引き継ぎは教師間で行うことが原則となっています。 参考資料 (キャリアガイダンス vol. 428 2019. 7) (文部科学省) (国立教育政策研究所) (国立教育政策研究所).

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キャリアパスポートは教育の仕事ではない

キャリア パスポート

文部科学省は、2020年4月から小中高校生に対し、学校生活の目標を自ら設定して、どの程度を達成できたのかを評価するための「キャリアパスポート」を導入することを決めたという。 自分が考えているライフプランを文字に書き、学校や家族と共有する。 それをみんなが支えて実現する。 こうやって文字列にして書くだけなら簡単なことでも、実際に現場でそれをやらされる側の苦労は並大抵のことではない。 学校の教師が1クラス分、すべての生徒の人生目標に責任を持てとでも? 教師たちは授業の準備や様々な書類の作成、行事の準備や部活動など、日々の仕事に追われている。 教師の長時間労働は、ここ最近のトピックスでもあるのだが、まさか文部科学省の官僚様は、そんな事も知らないのだろうか? また、現代の子供たちの置かれた環境は、裕福な家庭もあれば中流や貧困の家庭もある。 移民や片親、親からの暴力に悩む子供など多種多様である。 多分、官僚様の感覚としては、工場での製品管理なのだろう。 この「製品」はどのような過程をたどって完成するのか。 それを教師という工員が逐次チェックしていくイメージだ。 こうしたやり方は「短期的なゴール」が決定しているときには効率的であるが、まだ手探りで人生を歩んでいる、これから長い人生が待ち受ける最中の子供に対して行うことは、目標と手段が短絡的に結びつけて考えるような視野狭窄に陥らせるだけではないだろうか。 それにしても、学校というのは大変である。 これまでの社会では子供の親や、地域の大人たちが担っていた、子供たちの人生すら、官僚を始め社会やその子の親までもが、学校に担わせようとしている。 そうやって「親は仕事へ。 子供は学校へ」と、居場所を1つに決めてしまい、そこから外れた生き方を否定する。 要は、学校に子供の人生のオールインワン化を任せているのである。 その結果、学校での立ち振舞は子供の一生を左右するものとなり、スクールカーストの下位に位置する子供たちは、生涯に渡って苦難を強いられることになる。 そうならないために、子供たちはキャリアパスポートを通して、スクールカースト上位の座を目指すのだろう。 それこそ文部科学省で、大人たちが仕事そっちのけで派閥を固め、立身出世を目指すのと同じように。 キャリアパスポートの存在は、子供の人生を窮屈なものにする。 なぜなら、子供の人生を学校のシステムに紐づけて、成功体験を学校教育上という、守られた場でしか描けなくなってしまうからだ。 学校のような全員が所属し、ある程度同じ尺度で評価されることが義務付けられているシステムの上で成功体験を重ねた場合、同じ尺度で評価されない場での成功と失敗をも、さも同じ尺度で評価された結果であるかのように混同してしまう。 すなわち、文科省の官僚のような人が成功体験を重ねるのと、就職氷河期世代のフリーターを同じ尺度で見積もり「あの人は成功しているのに、この人は失敗している。 自己責任だ」などと考えてしまう。 そうした視野の狭い子供を育ててしまいかねない。 というか、すでにそうなってしまっている。 しかし、本来の学校教育の目的は、どのような環境にいようとも、自分で自分の人生を切り開くことのできる力を育むことであるはずだ。 生き方は多種多様だ。 それは決して理想論ではなく、全員が同じスタートに立てない以上は、多種多様にならざるを得ないという意味である。 人生に有利不利があっても、そこで生き残る術を教えるのが、学校教育の大前提だ。 だからこそ、学校はそうした生徒個人に対して、全員の人生が異なるという前提の下に、教育を行わなければならないのである。 それをキャリアパスポートのようなもので一律に規範化して、官僚が望む意識の高い方向に導くというのは、決して教育の仕事ではないと、僕は思うのである。

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おかやまキャリア・パスポート

キャリア パスポート

文部科学省は、2020年4月から小中高校生に対し、学校生活の目標を自ら設定して、どの程度を達成できたのかを評価するための「キャリアパスポート」を導入することを決めたという。 自分が考えているライフプランを文字に書き、学校や家族と共有する。 それをみんなが支えて実現する。 こうやって文字列にして書くだけなら簡単なことでも、実際に現場でそれをやらされる側の苦労は並大抵のことではない。 学校の教師が1クラス分、すべての生徒の人生目標に責任を持てとでも? 教師たちは授業の準備や様々な書類の作成、行事の準備や部活動など、日々の仕事に追われている。 教師の長時間労働は、ここ最近のトピックスでもあるのだが、まさか文部科学省の官僚様は、そんな事も知らないのだろうか? また、現代の子供たちの置かれた環境は、裕福な家庭もあれば中流や貧困の家庭もある。 移民や片親、親からの暴力に悩む子供など多種多様である。 多分、官僚様の感覚としては、工場での製品管理なのだろう。 この「製品」はどのような過程をたどって完成するのか。 それを教師という工員が逐次チェックしていくイメージだ。 こうしたやり方は「短期的なゴール」が決定しているときには効率的であるが、まだ手探りで人生を歩んでいる、これから長い人生が待ち受ける最中の子供に対して行うことは、目標と手段が短絡的に結びつけて考えるような視野狭窄に陥らせるだけではないだろうか。 それにしても、学校というのは大変である。 これまでの社会では子供の親や、地域の大人たちが担っていた、子供たちの人生すら、官僚を始め社会やその子の親までもが、学校に担わせようとしている。 そうやって「親は仕事へ。 子供は学校へ」と、居場所を1つに決めてしまい、そこから外れた生き方を否定する。 要は、学校に子供の人生のオールインワン化を任せているのである。 その結果、学校での立ち振舞は子供の一生を左右するものとなり、スクールカーストの下位に位置する子供たちは、生涯に渡って苦難を強いられることになる。 そうならないために、子供たちはキャリアパスポートを通して、スクールカースト上位の座を目指すのだろう。 それこそ文部科学省で、大人たちが仕事そっちのけで派閥を固め、立身出世を目指すのと同じように。 キャリアパスポートの存在は、子供の人生を窮屈なものにする。 なぜなら、子供の人生を学校のシステムに紐づけて、成功体験を学校教育上という、守られた場でしか描けなくなってしまうからだ。 学校のような全員が所属し、ある程度同じ尺度で評価されることが義務付けられているシステムの上で成功体験を重ねた場合、同じ尺度で評価されない場での成功と失敗をも、さも同じ尺度で評価された結果であるかのように混同してしまう。 すなわち、文科省の官僚のような人が成功体験を重ねるのと、就職氷河期世代のフリーターを同じ尺度で見積もり「あの人は成功しているのに、この人は失敗している。 自己責任だ」などと考えてしまう。 そうした視野の狭い子供を育ててしまいかねない。 というか、すでにそうなってしまっている。 しかし、本来の学校教育の目的は、どのような環境にいようとも、自分で自分の人生を切り開くことのできる力を育むことであるはずだ。 生き方は多種多様だ。 それは決して理想論ではなく、全員が同じスタートに立てない以上は、多種多様にならざるを得ないという意味である。 人生に有利不利があっても、そこで生き残る術を教えるのが、学校教育の大前提だ。 だからこそ、学校はそうした生徒個人に対して、全員の人生が異なるという前提の下に、教育を行わなければならないのである。 それをキャリアパスポートのようなもので一律に規範化して、官僚が望む意識の高い方向に導くというのは、決して教育の仕事ではないと、僕は思うのである。

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