陸上 競技 歴史。 陸上競技の歴史と世界記録の公認

マラソンの歴史

陸上 競技 歴史

陸上競技の始まり 陸上競技は、走る・投げる・跳ぶ・歩くなど基本的には道具をほとんど使うことなく競い合う競技だ。 その歴史は非常に古く、紀元前776年に行われた第1回の古代オリンピックではすでに走る種目が行われていた。 しかし、古代オリンピックよりもさらに前から人々は走・投・跳・歩といった運動を行っており、祭事として競技会が開催されていた。 競技に用いられる運動の様式自体はいつ生まれたと断言することはできないが、それを競う競技会としての発生は非常に古いものであると言える。 世界的に見ると非常に長い歴史を持つ陸上競技だが、日本の陸上競技の歴史はかなり後れて始まった。 日本でも、走・投・跳・歩といった運動の様式自体は存在していたが、陸上競技とされたのは、明治時代に入ってからだ。 イギリス人教師によって伝えられたと言われている。 「走」の歴史。 リレー オリンピックでの日本代表の活躍が記憶に新しいリレーだが、その起源は神聖な火を儀礼や祭礼に運ぶための方法として行われたものと、政府が重要な情報を全国各地に早く伝えるために行ってきたものという2つの系譜があった。 現在行われているような形のリレーは1893年にアメリカで誕生した。 当時、アメリカの東西に渡って郵便をリレーして配達する馬から発想を得て、バトンを受け渡して走るリレーを思いついたということだ。 オリンピックで初めてリレー競技が行われたのは、アメリカでのリレー誕生から15年後の1908年ロンドン大会で、メドレーリレーが行われた。 日本で初めて正式にリレー競技が行われたのはさらに後で、1913年だった。 「投」の歴史。 砲丸投げ 砲丸投げが競技として行われるようになった背景には、古くからの人間の生活が大きく関わっている。 かつて人間は食料を得るために狩猟を行っていたが、その際に獲物を狩るための手段として、重い木や石、金属などを投げていた。 狩猟という大きな目的のためにものを投げるということは古くから行われており、それらの行動が今の砲丸投げをはじめとする投てき種目につながっていると考えられる。 現在のような砲丸投げが行われるようになった起源には2つの有力説がある。 1つはアイルランドのダブリン大学での陸上競技会の種目に鉄製の砲丸を使った競技が採用され、それが今の砲丸投げに至っているというものだ。 もう1つは兵士が大砲に使用する弾丸(砲丸)を運搬する手段として砲丸をより遠くに投げるコンテストをしていたものが競技になったというものだ。 いずれにせよ、ものを遠くに投げるという投てき種目の考えは非常に古くから存在していた。 砲丸投げは近代オリンピックの第1回アテネ大会(1896)から2016年のリオデジャネイロ大会まで行われている。 「跳」の歴史。 棒高跳び かつて狩猟によって生活していた人間は獲物を追っている時に川や溝、濠に出くわすとそれを越えるために木切れや棒を使って対岸へ渡っていた。 対岸へ渡るという行為は高く跳ぶというよりも遠くへ跳ぶということだが、棒を使って跳ぶという行為は古くから行われていた。 現在のような棒高跳びが行われるようになったのは18世紀? 19世紀にかけてドイツの体育指導者が身体訓練の1つとして行わせていたことがきっかけだった。 その後、1866年にイギリスで行われた競技会で棒高跳びが採用されたことで、陸上競技における棒高跳びが始まったと言われている。 ちなみに日本へは、イギリスでの始まりから少し後の明治初期になって棒高跳びが伝わった。

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陸上競技はいつから行われていたのか?歴史を紐解く|【SPAIA】スパイア

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このページで分かること CLOSE• 陸上競技は 「走る」「跳ぶ」「投げる」という 人間の基本的な動きそのものや、それを組み合わせた運動を、あるルールのもとで競い合うスポーツです。 短距離走 100m-400m や長距離走、ハードル走などのトラック種目、やり投げや走幅跳などのフィールド種目、一般の道路も使われるマラソン、競歩など、様々な種目があります。 「走る」「跳ぶ」「投げる」という行為は、大昔から人間が生活をする上で重要なもので、やがてその行為、活動が「儀式」のような特性を持ち、 「競争」という要素を持つようになったと考えられています。 他人と競争するとなれば 「どうやったら他人より優位に立てるか」と試行錯誤がなされるようになり、その試行錯誤からは様々な 「技術」が生まれていくようになります。 また、公正公平に競争するためには「ルール」も必要になることから、競技種目それぞれに規則が設けられ、徐々に現代の「スポーツ」に近い営みへと発展していくことになります。 陸上競技のはじまりはとても古く、紀元前9世紀頃にさかのぼります。 このころに始まった「古代オリンピック」では、 「スタディオン走」という短距離走が行われていました。 27mの距離を競走していたとされています。 その後、スタディオンの距離が2倍になった「ディアウロス(400m走に近いもの)」や走幅跳、円盤投などの競技が行われるようになります。 しかし、西暦393年に当時のローマ皇帝であったテオドシウス1世の出した「異教禁止令」によって、1000年以上続いた古代オリンピックは廃止されてしまいます。 19世紀に入り、イギリスを中心にスポーツとして行われるようになった陸上競技は、現在の形とほぼ変わらず、1896年にアテネで行われた「第一回近代オリンピック」をきっかけに、陸上競技は世界各国に普及していきます。 さらに1912年には、国際陸上競技連盟 IAAF,現在はWA が設立され、世界記録が公認のものとなりました。 日本が初めてオリンピックに参加したのもこの1912年(第5回ストックホルム大会)からです。 当時の参加者は、柔道の生みの親である嘉納治五郎、陸上競技の100m走の三島弥彦、マラソンの金栗四三でした。 陸上競技は自分の成績が 「順位」「記録」の2つで表されます。 他の選手よりも優れたパフォーマンスを発揮し、順位を競うことはあらゆるスポーツにおける醍醐味だと言えます。 勝敗がハッキリすることは、競技をする側、見る側、支える側にとっても、そのスポーツを面白く、楽しくさせ、多くの人に親しんでもらうために必要な要素です。 さらに、 陸上競技は自身の 「記録」を残すことができる競技です。 「順位」だけでなく、 過去の自分や他の選手、世界のトップ選手などとの競技成績の差もハッキリと分かります。 直接対決をしていなくても、世界のどこかですごい記録が出ると、それだけで盛り上がることができます。 自己記録を更新することは、それまでの生涯の中で、最高のパフォーマンスを発揮できたということです。 たとえ競技会で、優勝できなくても、過去の自分を越えられたことが明確に分かると、嬉しい気持ちになるでしょう。 それとは逆に、練習をサボってしまったり、悪いトレーニングをしてしまったり、調子が整わなかったりすると、それらも記録となってハッキリと表されてしまうわけです。 よって、練習では自身の課題を明確にし、その克服に向けてトレーニングを行い、改善させていくことを繰り返していかなければなりません。 まさに試行錯誤の連続で、その成果もしっかりと数字で示されます。 単純なようで、奥が深く、自身の努力がパフォーマンスとなってハッキリと示される陸上競技は、私たちを興奮させるような一面もありながら、時には残酷な現状を突きつけてくる、非常にスリリングな競技であるとも言えます。 関連記事.

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陸上競技

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年 事 項 距離 記録 選手名 所属 1896 第1回アテネオリンピック マラソンレースの始まり 40km 2:58:50 スピリドン・ルイス ギリシャ 1897 ボストンマラソン開催 2:55:10 ジョン マクダーモット アメリカ 1898 1899 1900 第2回パリオリンピック 40. 26km 2:59:45 ミシェル・テアト フランス 1901 1902 1903 1904 第3回セントルイスオリンピック 40km 3:28:53 トーマス・ヒックス アメリカ 1905 1906 1907 1908 第4回ロンドンオリンピック 42. 195km 2:55:18 ジョニー・ヘイズ アメリカ 1909 ポリテクニック・ハリアーズマラソン開催 42. 195km 2:42:31 ヘンリー・バレット イギリス 1910 1911 1912 第5回ストックホルムオリンピック 40. 20km 2:36:54 フレデリック・ケリー アメリカ 1913 ポリテクニック・ハリアーズマラソン 42. 195km 2:36:06 アレクシスAhlgren スエーデン 1914 1915 1916 1917 1918 1919 1920 第7回アントワープオリンピック 42. 750km 2:32:35 ハンネス・コーレマイネン フィンランド 1921 1922 1923 1924 第8回パリオリンピック 42. 195kmに統一 42. 195km 2:41:22 アルビン・ステンロース フィンランド コシツェ平和マラソン開催 1925 1926 1927 1928 第9回アムステルダムオリンピック 2:32:57 ブエラ・エル=ワフィ フランス 1929 1930 1931 1932 第10回ロサンゼルスオリンピック 2:31:36 フアン・カルロス・サバラ アルゼンチン 1933 1934 1935 1936 第11回ベルリンオリンピック 2:29:19 孫基禎 日本(朝鮮) 1937 1938 1939 1940 1941 1942 1943 1944 1945 1946 びわ湖毎日マラソン開催 2:44:57 古賀新三 1947 朝日マラソン開催(後の福岡国際マラソン) 2:45:45 和田敏一 1948 第14回ロンドンオリンピック 2:34:51 デルフォ・カブレラ アルゼンチン 1949 1950 1951 1952 ポリテクニック・ハリアーズマラソン 2:20:42 ジム・ピータース イギリス 1953 ポリテクニック・ハリアーズマラソン 2:18:40 ジム・ピータース イギリス 1954 ポリテクニック・ハリアーズマラソン 2:17:39 ジム・ピータース イギリス 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 ポリテクニック・ハリアーズマラソン 2:14:28 レオナルド・エデレン アメリカ 1964 東京オリンピック 2:12:11 アベベ・ビキラ エチオピア 1965 ポリテクニック・ハリアーズマラソン 2:12:00 重松森雄 福岡大 1966 1967 2時間10分の壁を破る(福岡国際マラソン) 2:09:36 デレク・クレイトン オーストラリア 1968 1969 2時間9分を切る(アントワープ) 2:08:33 デレク・クレイトン オーストラリア 1970 ニューヨークシティマラソン開催 1971 1972 第72回ボストンマラソン 女子の出場が認められる 1973 1974 ベルリンマラソン開催 1975 1976 1977 シカゴマラソン開催 1978 1979 東京国際女子マラソン 史上初の女子限定マラソン大会 1980 1981 第35回福岡国際マラソン 2:08:18 ロバート・ド・キャステラ オーストラリア ロンドンマラソン開催 ロッテルダムマラソン開催 1982 1983 1984 第8回シカゴマラソン 2:08:05 スティーブ・ジョーンズ イギリス 1985 第5回ロッテルダムマラソン 2:07:12 カルロス・ロペス ポルトガル 1986 1987 1988 第8回ロッテルダムマラソン 2時間7分を切る 2:06:50 ベライン・デンシモ エチオピア 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 第25回ベルリンマラソン 2:06:05 ロナウド・ダ・コスタ ブラジル 1999 第22回シカゴマラソン 2時間6分を切る 2:05:42 ハーリド・ハヌーシ モロッコ 2000 ドバイマラソン開催 2001 2002 第22回ロンドンマラソン 2:05:38 ハーリド・ハヌーシ アメリカ 2003 第30回ベルリンマラソン 2時間5分を切る 2:04:55 ポール・テルガト ケニア 2004 公認コースの条件を設定 2005 2006 ワールドマラソンメジャーズ創立 2007 東京マラソン開催 第34回ベルリンマラソン 2:04:26 ハイレ・ゲブレセラシェ エチオピア 2008 格付けの制度の導入(ゴールド、シルバー、ブロンズ) 第35回ベルリンマラソン 2時間4分を切る 2:03:59 ハイレ・ゲブレセラシェ エチオピア 2009 2010 2011 第38回ベルリンマラソン 2:03:38 パトリック・マカウ エチオピア 第115回ボストンマラソン 世界最速記録(非公認) 2:03:02? ジョフリー・ムタイ ケニア 2012 2013 第40回ベルリンマラソン 2:03:23 ウィルソン・キプサング ケニア 2014 マラソンの歴史にも関係の深い国際陸上競技連盟と国際オリンピック委員会についてもすこし触れたいと思います。 国際陸上競技連盟(IAAF).

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