あまの じゃ く 歌っ て みた。 ちょっと差がつく百人一首講座

【あまの*】from Y to Y【歌って再編集してみた】 歌ってみた ニコニコ動画のニコッター

あまの じゃ く 歌っ て みた

078] 小倉山荘では、2000年~2002年にかけて、『ちょっと差がつく百人一首講座』と題したメールマガジンを発行しておりました。 『小倉百人一首』の中から毎回一首ずつ、100回完結の形式で発行いたし、たくさんの方々に愛読いただいておりました。 この度愛読者様からのご要望にお答えし、バックナンバーを作成いたしましたのでおせんべいを召し上がりながらゆったりくつろいでご覧ください。 尚、マガジンの記載内容につきましては発行時点(2000年~2002年)のものであること、お問い合せ等にはお答えできかねますことを重ねてご了承くださいませ。 内実を知らずに読むと「大海原へこれから漕ぎ出すぞ」という勇気凛々とした冒険の歌かと勘違いするかもしれませんね。 しかし作者は流刑に処せられ、これから遠く寂しい離れ小島へ渡っていくわけです。 そこには「遠い都の人々へ伝えてくれよ、漁師の釣り船よ」と船に語りかけながら旅立つ孤独な姿が見え、また悟りきったような寂しい背中が見えるようでもあります。 波間に浮かぶ小さな舟の描写が、見事に作者の孤独を表しているようではありませんか。 隠岐諸島は現在の島根県の沖、日本海に浮かぶ島です。 今は松江市まで車や電車で行き、そこからフェリーに乗ればすぐです。 しかし当時は、難波(現在の大阪市)の港から船に乗り、瀬戸内海を廻って本州と九州の境にある関門海峡を通り、ぐるっと廻って隠岐まで連れて行かれたそうです。 なぜそんな遠回りをしたのか不思議ですが、その悲しく長い旅路を想像すると、この歌を詠んだ作者の心の重さがずっしりと伝わってくるようですね。 隠岐諸島は百人一首の撰者、藤原定家も仕えた後鳥羽上皇も流された島で、院の遺体を葬った塚の他、隠岐神社や国分寺、歴史博物館など由緒ある見所が多く残されています。 訪れる場合は、松江市などからフェリーが発着しています。

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花山法皇:熊野の歌

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(968〜1008)。 第65代天皇。 984年に17歳で即位するも、986年、藤原氏の陰謀により在位2年を待たずに19歳の若さで退位、出家し、法皇となりました。 信じていた者に裏切られ、 深く傷付いた法皇は、追われるように京を発ち、に向かいました。 の山中、の上流にある「二の滝」近くに庵を結び、千日の修行をしたと伝えられます。 ・ にて、御心地例ならずおぼされけるに、 海士(あま)の塩焼きけるを御覧じて、 旅の空よはの煙 (けぶり) とのぼりなばあまの藻塩火(もしほび) たくかとや見ん (巻第九 羇旅 503) (訳)この旅の途中で息絶え、火葬の煙りとなって立ちのぼったとしたら、海人が海藻から塩をとるための火をたいているかと見るだろうか。 追われるように京を発ち、熊野に向かった花山法皇が、旅の途中に詠んだ歌。 陰謀により退位させられた花山院の心細さが伝わります。 ・ 渡る心の深ければ神もあはれと思はざらめや (巻第二十 神祀) (訳)岩田川を渡るときの信心が深ければ神もあわれだと思わないことがあろうか。 岩田川は、中世の熊野詣のメインルート中辺路(なかへち)を歩く道者が初めて出会う熊野の霊域から流れ出ている川。 その聖なる流れは強力な浄化力をもち、川を徒歩で渡ることで罪業をぬぐいさることができるとされました。 ・ 修行し歩(あり)かせ給けるに、 桜花のさきたりける下に休ませ給てよませ給ける 木 (こ) のもとをすみかとすればおのづから花見る人になりぬべきかな (『詞花和歌集』巻第九 雑上 276) (訳)桜の木の下を住処ととすると、花を見る人に自然に(自分の意志とは無関係に)なってしまいそうだなあ。 おそらくは熊野那智での修行中に詠んだ歌。 ・『夫木抄』 石走る滝にまがいての山高嶺を見れば花の白雲 (四) (訳)那智の山を見ると滝と桜の花が入り乱れていることだ。 この歌は花山院の代表歌で、後世、この歌を本歌取りして詠まれた歌は多い。

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上白石萌音「ルックスじゃない武器」が強すぎる|エンタMEGA

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無数にある歌のうち、「最も恐ろしい歌」として挙げるとすると、自分は躊躇無く中島みゆきの「うらみ・ます」を選ぶ。 中島みゆきが泣きながら歌うこの歌は、それほど「怖い歌」なのである。 歌詞も怖いが、歌い方も怖い・・・。 「女の恐ろしさ」がこれほどまでに表現されるとは・・・。 この歌はスタジオライブで、一発で録音OKになったという。 実際に聞いてみると、確かにこの歌は、カラオケとともに後から歌だけ録音するような手段では、到底実現できない事が良く分かる。 バックも含めて実に緊張感あふれる一発録音であり、最後のフレーズの「死ぬまで~~」と中島みゆきが伴奏なしで声を伸ばしていて、バックが伴奏を入れるタイミングも、あまりの緊張感から、バックが待ちきれなくて音を発してしまうのも聞きどころ・・・・。 まさに、ライブならではの緊張感がみなぎった録音である。 少し聞いてみよう <中島みゆき「うらみ・ます」> 「うらみ・ます」 作詞・作曲 中島みゆき うらみますうらみます あたしやさしくなんかないもの うらみますいいやつだと 思われなくていいもの 泣いてるのはあたし一人 あんたになんか泣かせない ふられたての女くらいだましやすいものはないんだってね あんた誰と賭けていたの あたしの心はいくらだったの うらみますうらみます あんたのこと死ぬまで 雨が降る雨が降る 笑う声のかなたから 雨が降る雨が降る あんたの顔が見えない ドアに爪で書いてゆくわ やさしくされて唯うれしかったと あんた誰と賭けていたの あたしの心はいくらだったの うらみますうらみます あんたのこと死ぬまで ふられたての女くらいおとしやすいものはないんだってね ドアに爪で書いてゆくわ やさしくされて唯うれしかったと うらみますうらみます あんたのこと死ぬまで うらみますうらみます あんたのこと死ぬまで の解説で、谷川俊太郎が「うらみ・ます」についてこう書いている。 「・・・「うらみ・ます」を初めて聞いて、たじろがない人はいないのではないか。 泣きながら歌う中島みゆきの声は余りにも私的だ。 実際に彼女は特定の誰かをうらんでいて、その感情をまっすぐに歌っているのだと私たちは思いこむ。 同時に私たちはそれが演技なのではないかとも疑う。 ・・・・・・ ・・・例えば題名の「うらみ・ます」のうらみとますの間に入っている黒い小さな点は、いったいなんだろうというようなことが気にかかってくる。 一息に言うのではなく、いったん息をのみこんでいて、その微妙なためらいのようなものが、うらんでいる自分をみつめる、もうひとりの自分の存在を感じさせる。 黒い点はいわばからだからわき出る自然な感情の流れを、意味で中断する。 ・・・・レコードの「うらみ・ます」はスタジオライブで、しかも1回だけの録音でできたということだ。 そういう選択にも作者の意図が感じられる。 それは賞をもらって泣く新人歌手の涙とは、似ても似つかぬものだ。 ・・・」 前に家族で旅行に行ったとき、旅館の地下のカラオケボックスで、自分がこの歌を歌ったら、皆が「怖~い~」と恐れおののいた。 とにかく中島ゆみきは大大・・・大歌手である。 谷川俊太郎氏と中島みゆきとの対談記事である。 「・・・・・・ 中島 愉しいから……ねえ。 うん、そうとは言いきれないですね。 あたしの歌、あんまりランランランと愉しい歌って、ないんですよね。 そういうのも書けるようになれたら、もっと私自身ね、人あたりが良くなるんでしょうけども、まだまだ、人に冷たいんですよね、あたし。 でね、たまーにね、自己嫌悪に陥っちゃうの。 谷川 その結果としての歌を書くっていうことになるわけ? 中島 うん(笑)。 それにさ、あたし、人の悪口、いっぱい書いてるから。 谷川 それも、あなたの言う罪のなかに入ってるの? 中島 入ってる。 谷川 やっと具体的に、罪が出てきたな(笑)。 それじゃ、私小説的にあなたの歌を聴いていいわけだ。 中島 私小説って何だっけ。 あ、そうか。 そういうことになるのかな。 谷川 でも、まさか小学校のときには、そんな歌を書いてたんじゃないでしょう。 中島 身の回りのことだったと思うから、いまと似たようなもんじゃないかな。 谷川 その当時から男友だちへの恨みを書いてたなんて、ちょっとね。 中島 あはは……。 そういえば、もてなかったもんなあ。 谷川 その恨みつらみで歌を書いてるの? 中島 そう。 もててりゃ、歌なんか書きゃしなかった、なんて(笑)。 谷川 小学校で習った唱歌の添削じゃない歌は、いつごろから書き始めたの。 中島 中学校ぐらいからじゃないかな。 人前に出す歌じゃなかったけど。 個人的なうさ晴らしみたいなのが多くって。 谷川 いま歌を書くときも、やっぱり、口に出しても本当はしようがないと思えることを書いて、解放しているというところもあるんじゃない? 中島 そうですね。 やっぱりそうでしょうね。 それでもまだ、ごく個人的な、名前とかね、そういうのは極力書かないようにしてるつもりなんですけれど……。 谷川 それまで書いたら、もっとすごい歌になるわけだ。 中島 あらー、そしたら、明日からお遍路さんに出なきゃならなくなっちゃうわ。 谷川 何だか、マグダラのマリアみたいに罪深い人なんだね(笑)。 じゃ、「うらみ・ます」なんかは、どうなんですか。 あれ、アルバムのなかでは泣き声になってるでしょう。 中島 あ、そうですか。 それ、よくボロクソに言われるんですよ。 聞きづらいから、もうちょっとちゃんと声の出てるテイクのをね、OKにしてレコードとしては出すべきじゃなかったのかって。 だけど残念ながら、あれは、一回しか録音しなかったんですよね。 谷川 あの歌は、どんな状態で録音したんですか。 中島 あれはスタジオライヴつていうのかな。 ミュージシャンと大体の流れを合わせておいてから。 谷川 じゃ、マルチーチャンネルで録ったんじゃなくて、生演奏で。 中島 ええ。 谷川 あれ、本当に泣いてたの? 中島 おしえてあげないの。 谷川 そのへんは、自分の意識のなかでは分けてたんですか。 これは本当に泣いてるわけじゃない、というふうに。 中島 おしえてあげないの。 谷川 じゃ、本気なんだ。 泣きたくはなかったの? 中島 おしえてあげない。 谷川 だけど泣かずにはうたえなかったわけですか。 中島 おしえてあげない。 谷川 ありがとう。 おしえてくれなくて。 あなたの歌みたいにすてきな答えかただね。 でもさ、しつこいけど、リテイクすることだってできたわけでしょう。 だけど、あのテープがいいということになったの? 中島 あのLP全体をね、いってみれば実況中継でつくってみようってつもりだったの。 谷川 あなたの歌が私小説的であるとすると、自分がいままでつくってきた歌を振り返ってみたときには、それまでの生活の軌跡が自分でわかるわけですか。 中島 軌跡……ですか? ちょっとまだ、それはどの意識ではないですね。 」(新潮文庫「中島みゆき ミラクル・アイランド」~対談:谷川俊太郎/中島みゆきp14~17より) (関連記事) うーん、さすがです、酔ってカラオケで「う・ら・み・ま・す」、凄い! 小生は酔わないとカラオケ出来ないシャイな人間ですが(素面だと自分の歌の貧しさに自己嫌悪に陥りますので)、「う・ら・み・ま・す」は歌った事はありません(悪酔いしそうなので) せいぜい、「江レーン」、「歌姫」、「二ソウの船」(変換出来ない!)、「生きていくおまえ」止まり、 アルバム「生きていてもいいですか」の最後の「異国」という曲も、みゆきさんが慟哭しながらの歌唱です(これは、長ーい曲) 小生と致しましては、最近はこのアルバムの中の「蕎麦屋」がスローライフな曲で、よく歌っています。 みゆきさん、大相撲嫌いなのかな? 投稿: リュウちゃん6796 2010年1月25日 月 23:01 中島みゆきの曲は地上の星などを通して知るようになりましたが、このごろ特に興味をもちだしました矢先にこの曲を聞くことになりました。 びっくりしています。 彼女の曲を集中して聞いて見たくなりました。 自作自演の俳優のようですね。 『うらみ・ます』も面白いタイトルですね。 想像を掻き立てるではありませんか?その点、心裡を巧みに掴んでいますね。 音で小説を書いているようですね。 脚本も書き、演出もし、演じることもできると言う、マルチのタレントですね。 彼女は・・。 【エムズの片割れより】 さだまさしも天才だと思いますが、中島みゆきもまさに天才。 その世界は広大で、到底ついて行けません。 投稿: 中野 勝 2011年7月21日 木 04:41 この歌は確かに怖い歌だと思われがちですが、本意はあなたを愛していますという歌だと思います。 捨てられて愛してます、と言えなくて、ただうらみますとしか言えない女の歌です。 恨んで男に復讐しようとかストーカーになってやるとかいう意味でなく、裏切られ、捨てられても自分の心の中で貴方を死ぬまで愛し続けますという歌だと思います。 うらみますの歌詞の所を愛してますとうたっているんだと思ってもう一度聴いてみて下さい。 全く別の歌になりますよ。 【エムズの片割れより】 まったくその通りだと思います。 そんな気持ちで聞いてみると、最初の「うらみます」という歌い方も、可愛く「うらみます」と歌っていますね。 しかし中島みゆきの世界は、深いですね。 投稿: 仁 2015年8月17日 月 02:32 はじめまして。 「あぐら物語日記」のrokoと申します。 本日こちらの記事を紹介させていただきましたのでお知らせします。 ありがとうございます。 」という部分、私には「もうひとり~」としか思えないのですが本文を見ていないので何とも言えません。 ただ、気になって気になって…。 誠に勝手ですが、この点について教えていただきたく宜しくお願い致します。 【エムズの片割れより】 ご丁寧にありがとうございます。 それと、誤字、大変失礼しました。 キーがひとつ滑ったようで・・・。 修正しました。 ついでに、オリジナルの文の画像をアップしました。 投稿: 2017年9月17日 日 19:02.

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