しかし 類語。 「しかし」の敬語表現・しかしの使い方と例文・別の敬語表現

しかしの類語や同義語にはどういうものがあるの?しかしの意味も紹介!

しかし 類語

「ですが」の意味と敬語 「ですが」は否定・逆説を表す接続詞 「ですが」は、否定・逆説を表す接続詞として使用される言葉で、文章内で「〜は、〜ですが〜…」というような形で使用されます。 基本的に、例えば「フルーツアレルギーですが、バナナは食べることができます」のように、「ですが」の後続の事柄が、 「ですが」より前の事柄の反対・対立の関係にあることを表します。 また、「おっしゃる通りですが、一部誤解もあるようです」といったように、 相手の述べた事柄を一応其の通りですと受け止めたうえで、反対・対立の関係であることを述べようとすることを示す使い方をします。 「ですが」は「だが」の丁寧語(敬語) 「ですが」は、助動詞の「です」に、助詞「が」がついた表現で、 「だが」という接続詞を丁寧語に言い換えたものが「ですが」という言葉になります。 「大変恐縮ですが、よろしくお願い申し上げます」というようなお願いをするときのかしこまった表現としても使用することができます。 例えば、「彼は優秀だが、人前でプレゼンすることが得意ではない」を目上の人に使用する場合やかしこまった場面で使用する場合は、「彼は優秀ですが、人前でプレゼンをすることなんて気にしないでください」とすると、少々かしこまったイメージになります。 「ですが」の使い方と例文 「ですが」は文頭では使わない 「ですがは、接続詞であるため、「ですが」は文頭で使用されることはありません。 突然「ですが何事もなく帰宅することができて本当に良かったです」といったように、何の脈略もなく「ですが」を使用すると「何の逆説なんだろう・・・」と聞き手を悩ませることになってしまいます。 「ですが」は 文頭ではなく、必ず「〜…ですが…〜です」というように文中に使用します。 例文 「今日は出勤ですが、半休をとる予定なので午前中には帰宅する予定です」 「とても人気の商品ですが、今なら予約すれば必ず手に入れることができますよ」 「祖母はもう90歳ですが、今まで大病を煩うことなく元気に過ごしています」 「ですが」は書き言葉より話し言葉に使う 「ですが」は、文章内でも使用可能ですが、どちらかと言うと 話し言葉で使用される言葉です。 書き言葉として使用する場合は、「けれど」や、「しかし」といった言葉を使用します。 「けれど」や「しかし」も「ですが」と同様に、直前の文章を否定する接続詞で、改まった文章や目上の人といった 敬意を払うべき相手やフォーマルな場面では、「しかし」や「けれど」が使用されます。 「渡辺ですが」などと電話に名乗るときに使うことも 「ですが」は、 電話をかけたときや電話に出た場合の、電話口の相手に自分を名乗る場面で使用されることもあります。 丁寧語は言葉を丁寧にした表現ではありますが、謙譲語や尊敬語のといった敬語表現とは違い、 相手にたいする敬意を示す言葉ではありません。 また、 「ですが」は、元々「そうですが」の略語であるため、敬意を示す相手に使用する言葉としてふさわしくないと言えます。 したがって、社内の上司など身近な人を除いては、「ですが」よりもフォーマルな印象のある「しかし」「しかしながら」といった接続詞を使用するほうが望ましいと言えます。 「なのですが」も敬意が感じられない 「なのですが」も、「ですが」と同様に否定や逆説の意味をもつ言葉です。 目下や、同等の立場の人に使用するぶんには問題ありませんが「なのですが」という表現は、丁寧語であるため相手に対して敬意を示す言葉ではありません。 したがって、目上の人に使用することは避けて、「しかし」といった言葉に言い換えましょう。 「〜ですがなにか」は挑発的なので注意 「〜ですがなにか」という表現は、挑発的であるためビジネスシーンや目上の人に対して使用することは避けましょう。 2000年代に入り、お笑いコンビの「おぎやはぎ」の漫才冒頭で「おぎやはぎですがなにか問題でも」と入るネタが流行り、日常生活でもよく耳にするようになった表現です。 しかし、意見や状況を説明したあとなどに「〜ですがなにか」と言ってしまうと、 とても挑発的で相手を不快な気持ちにさせてしまうことがあります。 問題があるのか確認したいのであれば、「〜ですが何か問題はございますでしょうか」というような丁寧な言い回しを使用することが望ましいです。 「~なんですが」は砕けた表現 「〜なんですが」は、「なのです」という言葉の「の」を「ん」にした砕けた表現です。 口頭で使用する場合では、使用する相手や状況により、「なのですが」と表現するよりも自然な場合もありますが、かなりカジュアルな印象であるため、目上の人に対してや、フォーマルな場面ではふさわしくないと言えます。 とくにビジネスシーンでは「〜なのですが」や「しかし」といった表現が丁寧で使いやすい表現となります。 「ですが」の類語 書き言葉では「しかし」「だが」 「ですが」は話し言葉であるということは上述してきましたが、書き言葉としては「しかし」や「だが」という表現を用います。 「しかし」や「だが」も逆説を述べるときに使用する言葉で、前に述べたことに対することを述べるときに使用する言葉です。 ・私の愛犬は誰にでも吠えてしまいます。 しかし番犬にはちょうどいいとも言えます。 ・雨具を持ってきたのだが、天気が良かったので必要ないようだ。 ・彼にも声を欠けてみたのだが、残念ながら欠席のようです。 話し言葉では「でも」「そうですけど」「けれども」 話し言葉では、「でも」「そうですけど」「けれども」といったカジュアルな表現を使用することができます。 「でも」「そうですけど」「けれども」は、 前の事柄を一応工程しながら、それが普通結果として予想されるものに反する内容を導くときに用います。 例文 「 でも」 ・入賞はできませんでしたね。 でも本当によく頑張ったと思いますよ ・分からないことだらけで最初は戸惑いました、でも優しいみなさんに本当にたすけられました。 「 そうですけど」 ・確かにそうですけど、もう一度みんなの意見を聞いてみてほしいです。 ・怪しい人物を見たそうですけど、それは何時頃でしたか? 「 けれども」 ・そうは言っていたけれども、本当の気持ちはどうなんでしょうか ・議会では可決したけけれども、日本国民は果たして納得するのでしょうか.

次の

「身の振り方・身の振り方を考える」の意味と使い方や類語

しかし 類語

「劈く」の読み方は「つんざく」 「劈く」は「つんざく」と読みます。 「劈」は訓読みで「つんざく」、音読みで「ヘキ」と読みます。 「劈」を使った熟語には「劈砕(ヘキサイ)」「劈頭(ヘキトウ)」「劈開(ヘキカイ)」などがあります。 「劈砕」は同じ意味の漢字が2つ重なっており、「粉々にわりくだく」という意味です。 「劈頭」は「頭部で一撃する」という意から転じて「まっさき。 第一番。 最初」という意味になります。 「劈開」は「ひびがはいって割れる」という意味です。 どれも日常会話では使わないものばかりです。 「つんざく」の漢字は「擘く」とも 「つんざく」の漢字は「擘く」が当てられる場合もあります。 「擘く」は「さく」と読む場合もあります。 しかし「さく」の漢字は「裂く」が一般的です。 「劈」と「擘」の違いは、漢字の下部です。 「刀」と「手」で、きりさく手段の違いがあります。 しかし、漢字自体の意味に違いはありません。 「劈く」は「ひらく」の当て字としても使われる 「劈く」は「ひらく」と読む場合もあります。 しかし「ひらく」の漢字に「劈く」を当て字で、正式な訓読みではありません。 「包丁で魚をひらく」の「ひらく」であり、「きりひらく」「さばく」の意味をもつ「ひらく」です。 「劈く」の語源は和語「つみさく」 「つんざく」という言葉の語源は和語「つみさく」だと言われています。 「つみさく」が音便化し「つんざく」です。 「つみさく」とは「爪先を用いて植物などを裂き分かつ」を意味します。 「つみさく」とは「爪先(つめさき)」が変化したものと言われています。 「劈く」の使い方と例文 「耳を劈く」で大きな音を表現する定型句 「劈く」は「耳を劈く」の形で最もよく使われます。 「耳を劈く」とは「鼓膜が破れるほど大きな音や声」を表した表現です。 比喩言葉を用いて、 ・耳を劈くような ・耳を劈かんばかりの ・耳を劈くほどの などの形でも使われます。 ちなみに「耳を劈く爆音」は二重表現にはあたりません。 「耳を劈く」で「大きな」を意味するので「爆」と意味が重複する気もしますが、 「耳を劈く」は比喩表現なので、「耳を劈く爆音」で「鼓膜がやぶれるくらい大きな爆音」となり、正しい表現といえます。 例文 ・耳を劈く悲鳴が聞こえ、辺りが騒然とした。 ・戦場では耳を劈くような爆音が毎日鳴り止まない。 ・大物歌手が舞台にあがると、耳を劈かんばかりの黄色い歓声が響いた。 「大気を劈く」「闇を劈く」「胸を劈く」などの比喩表現も 「耳を劈く」以外にも ・大気を劈く ・空気を劈く ・空を劈く ・虚空を劈く ・闇を劈く ・胸を劈く ・膚を劈く ・鼻を劈く などの表現があります。 「大気を劈く」「空気を劈く」「空を劈く」「虚空を劈く」はどれも「耳を劈く」と同じく大きな音を形容するときに使います。 「闇を劈く」は大きな音以外にも強い光に対しても使うことができます。 「胸を劈く」はあまり一般的な表現ではありません。 「強いショックを受ける様子」を表したものですが、その意味では「胸を衝く(むねをつく)」の方が一般的です。 ちなみに「胸をつつく」は誤用です。 「膚を劈く(はだをつんざく)」は厳しい寒さに対して使います。 「膚を劈く酷寒(こっかん)」が定型句です。 これは小説などで使われる詩的な響きのある言い回しです。 「鼻を劈く」は悪臭を表すときに時折見聞きする表現です。 しかし「劈く」を匂いに対して使うのは正式な用法ではありません。 耳に使えるのだから鼻にも使えるだろう、という考え方で誰かが始めた使い方です。 正式な文章では使わないようにしましょう。 例文 ・校庭にいる子供たちの歌声が青空を劈いた。 ・あの夜は、闇を劈くような稲妻が落ちた。 ・幼少期に父親に胸を衝くような言葉を浴びせられた。 ・膚を劈く酷寒の中、雪山をただひたすら歩いたのだった。 ・隣の席に座った女の口臭が鼻を劈くほどだった。 「劈く」の類語 「破裂」「亀裂」「寸裂」 原義の「劈く」の類語には、 ・破裂(はれつ) ・亀裂(きれつ) ・寸裂(すんれつ) などがあります。 「破裂」は「勢いよくやぶれさけること」を意味します。 そこから転じて「相談がまとまらない」という意味もあります。 「亀裂」は「(亀の甲の模様のような)ひびが入ること」を意味します。 そこから転じて「人間関係の断絶」という意味もあります。 「寸裂」は「ずたずたにさくこと」を意味します。 例文 ・2年間おならを溜めていたミルク瓶が昨夜破裂した。 ・口論をしてから父との関係には亀裂が入ったままだ。 「轟音」「絹を裂くような」「霹靂」「大音声」 「大きな音」を表す表現には、 ・轟音 ・絹を裂くような ・霹靂 ・大音声 などがあります。 「轟音」は「ごうおん」と読みます。 「轟く」で「とどろく」と読みます。 「轟音」は「大きくひびきわたる音」です。 「絹(きぬ)を裂くような」は「高くて鋭い声」を形容し、特に女性の叫び声に対して使います。 直喩である点も「耳を劈くような」と非常に似ています。 「霹靂」は「へきれき」と読みます。 原義は「急に激しい雷が響くこと」です。 そこから転じて激しい音響の形容として使います。 主に「青天の霹靂」の形で使い、「急な出来事で人をびっくりさせる」という意味で使います。 ちなみに「へきれき」の漢字は「劈歴」とも書きます。 この漢字からも「劈く」と類語であることがわかります。 「大音声」は読み方が注意です。 「だいおんせい」ではなく「だいおんじょう」です。 「大音声」は文字通り「大きな音声」を意味します。 例文 ・絹を裂くような叫び声が聞こえた。 ・社長から急に呼びかけられたのは青天の霹靂だった。 ・あのバカはいつも大音声で名乗る。 「耳」を含み似た慣用句 「耳を劈く」と同様に「耳」を含み、一見似ているようだが、実は意味が違う慣用句を最後に紹介します。 「耳を塞ぐ」は「聞かないようにする」 「耳を塞ぐ」は「強いて聞かないようにする」という意味です。 「悲しいニュースに耳を塞ぐ」などと使います。 まさに手で耳を塞いで音が入ってこないようにする動作を思い浮かべると意味がイメージしやすいでしょう。 「耳を潰す」は「聞いても聞かないふりをする」 「耳を潰す」は「聞いても聞かないふりをする」という意味です。 「耳を潰す」を文字通り受け取ってしまうと怖いですが、慣用句です。 「耳を潰す」は「耳を塞ぐ」の対義語といえます。 「耳にたこができる」は「何度も同じことを言われてウンザリする」 「耳にたこができる」は「何度も同じことを言われてウンザリする」という意味です。 「たこ」は魚介ではありません。 漢字で「胼胝」と書き、角質化した厚い皮膚を指します。

次の

「しかしながら」の意味と使い方・「しかし」との使い分け

しかし 類語

「義を重んじる」の意味とは? 「義を重んじる」の読み方• 「義を重んじる」の英語 解釈• 「義を重んじる」心理• 「義を重んじる」の言葉の使い方• 「義を重んじる」を使った例文や短文 解釈• 「義を重んじる」の類語や類義表現 「義を重んじる」の意味とは? 「義を重んじる」の意味を理解するためには、まず 「義」について触れなければなりません。 「義」とは、 「打算や損得のない人間としての正しい道」、 「正義」のことを言っており、 「義」を使った言葉には、 「大義」、 「道義」、 「忠義」、 「仁義」、 「恩義」など実にたくさんあります。 特に武士は、この 「義」を 「武士道精神」の中心軸に据えて、これを無視したり外れ人間を卑怯者として避難することになったのです。 「義を重んじる」とは、この 「武士道精神の中心軸とも言える精神を重視することや、心の拠り所とする」という意味合いを持つようになってきました。 「義を重んじる」心理 「義」という精神には、 「正しい行い」という意味を持つとともに、併せて 「打算や損得という考えとは全く無縁な」という意味が含まれています。 人の根源となるエネルギーが欲望と見なされることがあるのですが、この力の根源を上手にコントロールしていく必要があります。 しかし、現代に生きて活動している私達の行動原理の基準は、合理的な精神に基づいるために、 「損か得か」という価値判断に終始している感じがしてなりません。 このような現代の社会通念と異なり、武士道における 「義」は、 「正義の心」に基づた絶対的価値観を根幹としています。 そのようなことから、 「義」を中心とした生活をすることは、人間として最もあるべき姿を見出だすことという心理状態にあるのではないでしょうか? 「義を重んじる」の言葉の使い方 「義を重んじる」とという言葉には古めかしいフレーズがありますので、現代社会の場面ではあまり使う人がいないことでしょう。 しかし、ビジネスシーンでも、この言葉がよく当てはまる場面が少なからずあります。 例えば、仕事を教えてくれた上司・先輩の恩を忘れてしまい、仕事を適当に済ませたり、効率性だけを追求した仕事をするようになってしまい、自分の意見が認められなくなると、自分の非を認めることなく、相手を恨んだり、感謝する気持ちが次第に薄れていくのです。 このような気持ちが芽生えるくることで、仕事はおろか職場にも魅力を感じなくなるのです。 社会人としての 「義を重んじる」を使うなら、 「常に自分を律する心を保つ」時に使いたいものです。 長らく同じ仕事に携わっていると、いつの間にか、自分本位に物事を考えてしまうようなっていきます。 自分のモノサシで勝手に物事を計り、自己都合を優先させてしまう状態に陥ってしまいます。 その結果、自分の行動が私的なことと、公的なこととの見境がなくなってしまうために、人の道から外れることになってしまうのです。 ビジネスで 「義を重んじる」ことは、会社生活において、ある程度の緊張感を保つことにもなるの思われるのです。 「義を重んじる」の例文1 「上杉謙信は越後の龍と呼ばれ義を重んじる人であった」 上杉謙信は甲斐の虎と呼ばれた武田信玄とともに強力な戦国大名で有名な人物でした。 かつて、この2人は天下統一を果たして国を安定させながら勢力を拡大していきますが、隣国同士の大名として雌雄を決する者として、何度もぶつかり合うこととなったのです。 かの有名な川中島で5度に渡る戦いが行われたのですが、両者は譲らずに結果的には双方とも大きな損害を出したのです。 しかし、武田側に塩が不足した時には、塩を送り、併せて、越後と甲斐で取引された塩が高い値段にならないようにしたとも言われています。 このように上杉謙信は、決して私利私欲で戦う武将ではなかったために、 「義を重んじる」人はとして有名でした。 「義を重んじる」の例文3 「現代社会においては、利益を追求することが重視されるために、義を重んじる精神が失われつつあります」 現代社会のビジネス世界では、倫理観が崩壊するような事件や犯罪が後を絶ちません。 「バレなければ不正をやっても構わない」という心理が働くのか、企業などの不祥事も続いて起こっています。 アメリカでも世界経済を揺るがすレベルの金融危機が起こっています。 これは、利益を最優先させた金融商品が暴走してしまい、破綻したためです。 倫理観のない金融政策が利益のみを追求した結果で、不自然な金融商品が作られて、世界の投資家からお金が集まってきたわけです。 このようなケースも 「義を重んじる」精神からかけ離れたもので、不自然な経済活動が破綻を起こしたことで、健全な経済が立ち行かなくなったのです。

次の