璧 を 趙 に 帰さ しむ 現代 語 訳。 「相如」に関するQ&A

万葉集縦書原文と訓読万葉集。巻第一〜第五 雑歌。

璧 を 趙 に 帰さ しむ 現代 語 訳

於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。 ちなみに「是以」は「ここをもって」と読み、「こういうわけで」と訳す。 「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」と訳す。 召見 … 召し寄せて会うこと。 藺相如 … 戦国時代の趙の名臣。 生没年不詳。 ウィキペディア【】参照。 秦王 … 秦の昭王。 在位前306~前251。 名は則。 諡 ( おくりな )は 昭襄 ( しょうじょう )。 父は恵文王(秦)。 ウィキペディア【】参照。 城 … 城壁で囲まれた町。 城 ( じょう ) 市 ( し )。 寡人 … わたくし。 諸侯が自分を謙遜していう言葉。 「徳の少ない人」という意味。 「寡」は「少」と同じ。 璧 … 和氏 ( かし )の 璧 ( へき )。 ウィキペディア【】参照。 易 … 交換する。 取り替える。

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藺相如

璧 を 趙 に 帰さ しむ 現代 語 訳

秦 ノ昭王、請 下 フ以 二 ツテ十五城 一 ヲ易 上レ ヘンコトヲ之 ニ。 趙 ちょう の 恵 けい 文 ぶん 王 おう 、 嘗 かつ て 楚 そ の 和 か 氏 し の 璧 へき を 得 え たり。 秦 しん の 昭 しょう 王 おう 、 十 じゅう 五 ご 城 じょう を 以 も つて 之 これ に 易 か へんことを 請 こ ふ。 趙の恵文王は、かつて楚の和氏が山中で発見したという宝玉を手に入れた。 秦の昭王は、十五の城(=町)とその宝玉とを交換してもらいたいと申し入れた。 欲 レ スレバ 不 ざ レ ラント 与 ヘ、畏 二 レ秦 ノ強 一 キヲ、欲 レ スレバ与 ヘント、恐 レ ル 見 れ レ ンコトヲ 欺 カ。 与 あた へざらんと 欲 ほっ すれば、 秦 しん の 強 つよ きを 畏 おそ れ 、 与 あた へんと 欲 ほっ すれば、 欺 あざむ かれんことを 恐 おそ る。 藺相如願 二フ奉 レ ジテ璧 ヲ往 一 カント。 藺 りん 相 しょう 如 じょ 璧 へき を 奉 ほう じて 往 ゆ かんと 願 ねが ふ。 藺相如が宝玉を(秦に)捧げに行くことを願い出た。 曰 ハク、「城 不 ず レ ンバ 入 ラ、則 チ臣請 フ、完 レ ウシテ璧 ヲ而帰 ラント。 」 曰 い はく、「 城 しろ 入 い らずんば、 則 すなわ ち 臣 しん 請 こ ふ、 璧 へき を 完 まっと うして 帰 かえ らん。 既 ニシテ至 ル。 秦王無 レ シ意 レ償 レ フニ城 ヲ。 既 すで にして 至 いた る。 秦 しん 王 おう 城 しろ を 償 つぐな ふに 意 い 無 な し。 やがて(藺相如は秦に)到着した。 秦王には町を代償として渡す意志が見えなかった。 相如乃 チ紿 キテ取 レ リ璧 ヲ、怒髪指 レ シ冠 ヲ、卻 — 二立 シテ柱下 一 ニ曰 ハク、 相 しょう 如 じょ 乃 すなわ ち 紿 あざむ きて 璧 へき を 取 と り、 怒 ど 髪 はつ 冠 かんむり を 指 さ し 、 柱 ちゅう 下 か に 卻 きゃく 立 りつ して 曰 い はく、 そこで藺相如はあざむいて宝玉を取り返し、怒りで髪の毛が冠を突き上げるほどで、柱の下もとまで後ずさりし立ちはだかって言うことには、 「臣 ノ頭与 レ璧倶 ニ砕 ケント。 」 「 臣 しん の 頭 こうべ 璧 へき と 倶 とも に 砕 くだ けん。 「私の頭は、この宝玉といっしょに砕けるでしょう。 遣 し 二 メ 従者 ヲシテ懐 レ キテ璧 ヲ、間行 シテ先 ヅ帰 一 ラ、身 ハ待 二 ツ命 ヲ於秦 一 ニ。 秦 ノ昭王賢 トシテ而帰 レ ス之 ヲ。 従 じゅう 者 しゃ をして 璧 へき を 懐 いだ きて 間 かん 行 こう して 先 ま づ 帰 かえ らしめ、 身 み は 命 めい を 秦 しん に 待 ま つ。 秦 しん の 昭 しょう 王 おう 賢 けん として 之 これ を 帰 かえ す。 秦の昭王は賢人だとして藺相如を帰国させた。 続きはこちら -.

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完璧(完璧帰趙)(史記):意味・原文・書き下し文・注釈

璧 を 趙 に 帰さ しむ 現代 語 訳

訳:蓬田 よもぎた 修一 <現代語訳> そこで王は藺相如を呼び寄せて会い質問した。 「秦王は十五の城と私の壁との交換を望んでいる。 (璧を)与えたほうがいいだろうか、与えないほうがいいだろうか。 」 相如「秦は強国ですが、趙は弱い国です。 (秦の要求は)聞き入れないわけにはいかないでしょう。 」 王「(秦王は)私の璧を手に入れ、(しかし)私に城を与えなかったらどうしたらいいだろうか。 」 相如「秦は城と璧との交換を求めています。 趙が受け入れなければ、誤りは趙にあります。 (一方)趙が璧を与えたのに、秦は趙に城を与えなかったら、誤りは秦にあります。 このふたつのことを比べてみると、(璧を与えることを)許して、秦に誤りを負わせたほうがよいでしょう。 」 王「誰を使者とすべきだろうか。 」 相如「王様、どうしても(使者となるべき)人がいないようでしたら、どうか私が璧を捧げ持って秦へ行く使者とさせて頂きたいと存じます。 城が(趙の)手に入れば、璧は秦に留め置きます。 (逆に)城が手に入ないようであれば、どうか私に璧を無傷のままで趙に持ち帰らせてほしく存じます。 」 趙王はそこで相如に璧を捧げ持たせ西にある秦へと向かわせた。 秦王は章台に座り、相如と会った。 相如は璧をささげもち秦王に献上した。 秦王はたいへん喜び、手渡しし愛妾や側近たちに見せた。 側近たちは皆万歳を叫んだ。 (こうした様子を見て)相如は秦王に趙へ(璧の代償としての)城を渡す意思がないことを見て取ると、そのまま(秦王の前へ)進んで次のように言った。 「璧には傷がございます。 どうか(私に)王様に指し示めさせてほしく存じます。 」 王は璧を(相如)へ渡した。 相如は(するとそのまま)璧を持って後ろに退いて立ち柱に寄りかかり、髪が逆立ち冠を突き上げるほどの怒りを表した。 (そして)秦王に向かってこう言った。 「大王(秦王)は璧を手に入れたいと思い、使者を立て手紙を趙王へ寄こしました。 (それを受け取った)趙王はすべての臣下を召し集め協議させました。 臣下たちは、 『秦国は欲深く、国が強いのを頼みに、嘘を言って璧を求めようとしています。 璧を与える代償としての城は恐らく手に入らないでしょう。 』 と言ったのです。 協議(の内容は)は秦に璧を与えることを望んだものではありませんでした。 (しかしながら)私はこう考えたのです。 庶民の交際ですらお互い欺くことはしません。 ましてや(秦国)という大国ならばなおさら欺くはずはないではないか。 さらに、璧ひとつ(与えないということ)を理由に、強国である秦の友好の気持ちに逆らうのはいけないと。 そこで趙王は斎戒沐浴すること五日間、私に璧を捧げ持たせ、秦の朝廷に文書を恭しく届けさせたのです。 なぜかと言えば、大国の威厳を畏れ、敬(つつしみ)を修めたからです。 (ところが)今、私が(秦に)来てみると、大王は私と(正式な会見場所ではない)ありきたりの建物で引見し、その礼節は大変におごり高ぶっております。 (しかも)璧を手にするや、妻妾に回し見させるなど、(その行為は)私をもてあそんでいるとしか思えません。 (こうした大王の態度から)私は大王が趙王に城を代償として渡す意思がないことを悟りました。 だから私は璧を取り戻したのです。 大王がどうしても(璧を取り戻すため)私を追い詰めようとしたなら、私は頭を璧とともに柱に打ち付けて、粉々にしてしまうでありましょう。 」 <書き下し> 是(ここ)に於いて、王召見し、藺相如に問ひて曰はく、 「秦王、十五城を以て寡人の璧に易(か)へんことを請ふ。 予(あた)ふべきや不(いな)や。 相如曰はく、 「秦は彊(つよ)くして趙は弱し。 許さざるべからず。 王曰はく、 「吾が璧を取りて、我に城を不へずんば、奈何(いかん)せん。 相如曰はく、 「秦城を以て璧を求むるに、趙許さずんば、曲は趙に在り。 趙璧を予ふるに、秦趙に城を予へずんば、曲は秦に在り。 之(こ)の二策を均(はか)るに、寧(むし)ろ許して以て秦に曲を負はしめん。 王曰はく、 「誰(たれ)か使ひすべき者ぞ。 相如曰はく、 「王必ず人無くんば、臣願はくは璧を奉じて往(ゆ)きて使ひせん。 城趙に入らば璧は秦に留めん。 城入らずんば、臣請ふ璧を完うして趙に帰らん。 趙王是に於いて、遂に相如をして璧を奉じて西して秦に入らしむ。 秦王章台に坐して、相如を見る。 相如璧を奉じて秦王に奏す。 秦王大いに喜び、伝へて以て美人及び左右に示す。 左右皆万歳と呼ぶ。 相如秦王の趙に城を償ふの意無きを視(み)て、乃ち前(すす)みて曰はく、 「璧に瑕(きず)有り。 請ふ王に指示せん。 王璧を授く。 相如因りて璧を持ち、卻立(きやくりつ)して柱に倚(よ)り、怒髪上りて冠を衝く。 秦王に謂ひて曰はく、 「大王璧を得んと欲し、人をして書を発して趙王に至らしむ。 趙王悉(ことごと)く群臣を召し議せしむ。 皆曰はく、 『秦は貪(たん)にして其の彊きを負(たの)み、空言を以て璧を求む。 償城恐らくは得べからざらん。 議秦に璧を予ふるを欲せず。 臣以為(おもへ)らく、布衣(ふい)の交りすら、尚ほ相(あ)ひ欺かず。 況(いは)んや大国をや。 且つ一璧の故を以て、彊(きやう)秦の驩(くわん)に逆らふは、不可なりと。 是に於ひて、趙王乃ち斎戒すること五日、臣をして璧を奉ぜしめ、書を庭に拝送す。 何となれば、大国の威を厳れて、以て敬を修むればなり。 今臣至るに、大王臣を列観に見て、礼節甚だ倨(おご)る。 璧を得るや之を美人に伝へ、以て臣を戯弄(きろう)す。 臣大王の趙王に城邑(いふ)を償ふに意無きを観(み)る。 故に臣復た璧を取る。 大王必ず臣に急にせんと欲せば、臣の頭(かふべ)は、今璧と俱(とも)に柱に砕けん。 相如其の璧を持ちて、柱を睨(にら)み、以て柱に撃たんと欲す。 <漢文> 史記 完璧帰趙 於是、王召見、問藺相如曰、 「秦王、以十五城請易寡人之璧。 可予不。 」 相如曰、 「秦彊而趙弱。 不可不許。 」 王曰、 「取吾璧、不予我城、奈何。 」 相如曰、 「秦以城求璧、而趙不許、曲在趙。 趙予璧、而秦不予趙城、曲在秦。 均之二策、寧許以負秦曲。 」 王曰、 「誰可使者。 」 相如曰、 「王必無人、臣願奉璧往使。 城入趙而璧留秦。 城不入、臣請完璧帰趙。 」 趙王於是、遂遣相如奉璧西入秦。 秦王坐章台、見相如。 相如奉璧奏秦王。 秦王大喜、伝以示美人及左右。 左右皆呼万歳。 相如視秦王無意償趙城、乃前曰、 「璧有瑕。 請指示王。 」 王授璧。 相如因持璧、卻立倚柱、怒髪上衝冠。 謂秦王曰、 「大王欲得璧、使人発書至趙王。 趙王悉召群臣議。 皆曰、 『秦貪負其彊、以空言求璧。 償城恐不可得。 』 議不欲予秦璧。 臣以為、布衣之交、尚不相欺。 況大国乎。 且以一璧之故、逆彊秦之驩、不可。 於是、趙王乃斎戒五日、使臣奉璧、拝-送書於庭。 何者、厳大国之威、以修敬也。 今臣至、大王見臣列観、礼節甚倨。 得璧伝之美人、以戯弄臣。 臣観大王無意償趙王城邑。 故臣復取璧。 大王必欲急臣、臣頭、今与璧俱砕於柱矣。 」 相如持其璧、睨柱、欲以撃柱。 皆様のお役に立つよう改善していきたいと思っておりますので、ご質問をお寄せ下さい。

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