弘道 会 野内 組。 『山口組』抗争激化…篠田組長出身の弘道会がある“名古屋が舞台”の恐れ「ヒットマン何回も名古屋に」の見方も

任侠山口組内でクーデター勃発。有力4組織が弘道会野内組に移籍。

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略歴 (昭和41年)5月5日、名古屋港でを仕切っていた三代目(組長は)・組長(中森光義とも名乗った)がから引退。 この時、鈴木組も解散するが、若頭のが鈴木組の縄張りなどを引き継ぎ弘田組を結成、同時に弘田も山口組直参に取り立てられる。 弘田は若頭にを据え、司は 司興業を旗揚げ。 更にが弘田より親子盃を受け、 佐々木組を結成した。 (昭和50年)にが佐々木組若頭に就任、翌76年に佐々木組はと改名し高山は理事長に就任。 程無くして高山は高山組を新設した。 で弘田は擁立にまわり、と対立。 しかし司ら幹部の説得により山本らが結成したには参加せず、(昭和59年)に弘田は引退。 弘田組は若頭の司が引き継ぎ、弘道会へ名称変更・改組した。 (平成3年)にはにより・を解体させ、その多くを傘下に取り込んだ。 その後、司が六代目組長を継承すると、(平成17年)3月に弘道会若頭・(二代目総裁)が二代目を継承、若頭にも就任した。 自らの組織の実態を秘匿することに努める一方で、のや対話に対して完全にを通したり、では出入口を封鎖して捜査員の入室を妨害するなど警察に対して対決姿勢を示す組織である。 さらに、内部の「十仁会」という組織が中心となって暴力団捜査担当の警察官の氏名や年齢、住所、所有車のナンバーから家族や親戚知人に至る様々な個人情報を収集し、暗黙に警察官に圧力を示すなどしている。 そのため、は暴力団捜査において暴力団の化を牽引する山口組の中核組織であるとして弘道会への徹底取締りを最重要課題としており捜査第4課内に弘道会特別対策室が設置されている。 一方で愛知県警察の暴力団担当刑事との癒着が指摘されており県警内部からは逮捕者が出ている。 には、が六代目司忍組長の出身母体である弘道会を中心とした組織運営に不満を募らせて離脱に動き、同月を結成。 山口組執行部側は、山健組など離脱派の組長10数人への制裁処分を行った。 こうした動きに対しのは8月28日、委員は県民の不安が大きいことから総力を挙げて対応することをに要請した。 歴代会長• 弘田組:弘田武志(三代目山口組若中 旧鈴木組若頭)• 弘道会初代 - 司 忍(初代組長)• 弘道会二代目 - 髙山清司(初代組長)• 弘道会三代目 - (二代目組長) 三代目弘道会組織図 役職 氏名 率いる三次団体 本拠地 会長 若頭 中野寿城 四代目組長 名古屋市中村区 舎弟頭 中村英昭和 舎弟頭補佐 鈴木 覚 北海道札幌市 舎弟頭補佐 福島康正 会長 北海道札幌市 本部長 間宮誠次 五代目総長 名古屋市中村区 若頭補佐・組織総括委員長 小松数男(椎名数男) 組長 東京都新宿区 若頭補佐・渉外総括委員長 野内正博 組長 岐阜県岐阜市 若頭補佐・綱紀総括委員長 古川陽忠 会長 長野県長野市 若頭補佐・運営総括委員長 松山 猛 弘道会 十代目総長 名古屋市中村区 若頭補佐・懲罰統括委員長 大栗 彰 栃木県宇都宮市 若頭補佐 野口新吾 二代目 名古屋市中区 事務局長 室橋宏司 名古屋市中川区 顧問 武藤宏史 会長 福岡市博多区 顧問 浜田健嗣 総長 名古屋市東区 相談役 中島 譲 舎弟・関東統括責任者 藤島洋志 組長 東京都台東区 舎弟 磯部伸冶 十代目総長 愛知県知多郡武豊町 舎弟 木村晃司 二代目組長 三重県伊勢市 舎弟 関谷優二 名古屋市千種区 舎弟・東北統括責任者 金田基一 秋田県秋田市 舎弟 桑原達彦 舎弟 浅丘健次 名古屋市熱田区 舎弟 山原清市 名古屋市西区 舎弟 石神正悟 六代目總長 三重県四日市市 脚注• 週刊金曜日2010年12月17日号• 参考文献• 、鴨林源史『実録王道ヤクザ伝 山口組六代目司忍』、2007年、• 、二ツ木哲郎『実録王道ヤクザ伝 真説 山口組六代目司忍 飛翔編』竹書房、2008年、• 東史郎、鴨林源史『正道ヤクザ伝 六代目山口組若頭 髙山清司』』、2008年、• 『二代目弘道会総覧』竹書房、2010年、.

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ハード・ノンフィクションの巨匠、溝口敦著 『溶けていく暴力団』第三章「飛んでる半グレ集団」全文公開!()

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その返しとして稲川会系上州田中一家馬場組傘下のブラッドが弘道会系野内組系栗山組に押しかけました。 さらにブラッドは栗山組に火炎瓶を投げつけて事務所を燃やしています。 栗山組は群馬県太田市新井町81-17に本部を置く暴力団で、六代目山口組の四次団体です。 上州田中一家は群馬県太田市岩松町142-3に本部に置く暴力団で、稲川会の二次団体です。 最近芸人で大阪から東京に進出している人が多いけど、東京向きってあるよね。 NHKクローズアップ現代でやっていた「貧困暴力団」を見ました。 nhk いま歌舞伎町で住吉会幸平一家や極東会などと揉めているスカウト会社ナチュラル社長の木山兄弟の背後に公安 山口組弘道会系の藤島組の小川総業の部屋住み組員加賀谷保氏が弘道会の神戸連絡所(神戸市中央区)で3発撃 1988年、1989年の名古屋アベック殺人事件、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件も黒幕としてCI 六本木では、元暴力団組長の倅が経営する店にライバル店のキャッチ十数人が乱入して暴行を働いた。 麻布署が 大宮のキャバクラ「ピーチジョン」の経営者で住吉会の男性がキャバ嬢や客にコカインを無理やり吸わせていた 最近は男性ヤンキーの間でフェンディとグッチが大流行しているそうです。 ちょ 住吉会幸平一家聡仁組と稲川会山川一家内堀組が抗争勃発したようです。 2002年3月4日神戸商船大学大学院生の浦中邦彰さんが道で目が合ったと因縁をつけられて神戸山口組の西.

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暴力団ニュース~ヤクザ゙事件簿 「弘道会」執行部人事を刷新

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指定暴力団・山口組ナンバー2の高山清司若頭(72)の出所から18日で1カ月。 「弘道会」の執行部体制が大きく動いた。 昇格や舎弟直り、引退など、計12人の新たな人事が発表され、執行部の刷新が行われた。 昇格に関しては、敵対勢力からの組員引き抜きや、一連の対立抗争における戦果など、山口組分裂後の動向が反映された人事と思われ、特に注目されたのが、抗争のキーマンといわれる「野内組」の野内正博組長の若頭就任。 野内組長は2年前、若頭補佐から統括委員長に就いて舎弟に直った。 今回の電撃人事ではナンバー2の地位である若頭に就き、竹内会長を「親」とする弘道会ファミリーの「子」で、なおかつ長男に当たる存在となった。 中野寿城若頭からバトンを受けた野内若頭が弘道会の指揮を執っていくのは明らか。 長野県飯田市では、当時、山口組の直系だった「二代目近藤組」 現・野内組傘下 と、神戸山口組系山健組傘下だった「三代目竹内組」 現・任侠山口組 が対立を繰り広げた。 平成27年10月には近藤組幹部が竹内組に移籍したとされる兄弟分の元幹部を射殺。 分裂後、初めて銃声が鳴り死者が出た。 その後も長野県では衝突が相次ぎ、平成28年1月には山口組系組員と神戸山口組系組員が中央道カーチェイスを繰り広げた。 さらに、山健組系組員の乗った車両が銃撃され、2月には乱闘も起きていた。 これらの事件には、常に野内組の名前が挙がり、射殺事件後、野内組は三代目となった近藤組を吸収し、勢力を拡大した。 平成28年5月には神戸山口組系池田組若頭が、弘道会系組員に射殺される事件があり、8月にはその返しをうかがわせる動きがあり、当時の山健組最高幹部たちが、野内組長や野内組幹部の暗殺を計画していたとする殺人予備の疑いで逮捕された。 野内組長自身が矢面に立ったのは、平成29年1月に京都で起きた六代目会津小鉄会を巡る騒乱で、野内組長が火付け役といわれ、同じ七代目会津小鉄会を名乗って、六代目山口組寄りと神戸山口組寄りに分裂。 神戸山口組の井上組長ら複数名が傷害などの容疑で逮捕され、野内組長も有印私文書偽造・同行使の疑いで逮捕された。 さらに「切り崩し」でも野内組は際立ち、昨年に山口組が離脱者の受け入れ期限を8月と定めて以降も、各組織で引き抜きが続行され、野内組には任侠山口組の最高幹部ら複数名が移籍した。 それが鮮明となったのが、今年4月に起きた山健組の與則和若頭が刺された事件。 野内組傘下組員らが殺人未遂容疑で逮捕された。 組員らは任侠山口組から移籍した西川純史舎弟率いる「二代目北村組」所属で、弘道会による山健組への宣戦布告とみられた。 新人事では他にも最高幹部が大きく変わり、中村英昭舎弟頭が最高顧問、福島康正舎弟頭補佐が舎弟頭、中野若頭が舎弟頭補佐に就任。 小松数男若頭補佐、大栗彰若頭補佐が舎弟に直り、室橋宏司幹部、遠藤輝幹部、小澤達夫幹部が若頭補佐に上がった。 さらに、中西新吾若頭補佐が本家室長に専念することとなり、「三代目髙山組」若頭でもある「三代目矢嶋総業」石原道明組長が若中から「幹部」に昇格。 また、顧問だった「浜健組」浜田健嗣組長が引退した。

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