新型コロナ 収束 終息。 新型コロナ「収束」の中国の「終息」にはほど遠い地雷だらけの実情

新型コロナは「インフルエンザ化」まで収束しない

新型コロナ 収束 終息

新型コロナウイルスしゅうそくは「収束」?「終息」? 穏やかな日常が戻るとき、それは新型コロナウイルスがしゅうそくしたとき、と言えるのではないでしょうか。 テレビやネットのニュースやツイッターなどのハッシュタグでも用いられている、コロナしゅうそく。 コロナのしゅうそくは「収束」、「終息」、どちらを使うのが正しいのでしょう? c Shutterstock. また、収まりをつけること。 」(より)を言います。 例えば新薬が開発され、新型コロナウイルスによる混乱状態が落ち着いたという場合に使います。 」(より)を言います。 例えば新薬に加え予防接種も開発され、新型コロナウイルスの新規発症がなくなったという場合に使います。 時系列順で考えると「収束」してから「終息」することになりますね。 いかがでしたか? 結論としては新型コロナウイルスの『収束』も『終息』も我々の願いですよね。 そのため、 どちらのしゅうそくを使っても間違いではありませんし、同じ発言者でも 場面によって使い分けることもあると思います。 最終的な目標はコロナ「終息」ですが、まずは、 目先の目標はコロナ「収束」です。 精神的に息苦しく感じることもありますが、自覚を持った行動をひとりひとりが心がけ、まずは1日も早い『収束』を迎えましょう! TOP画像/ c Shutterstock. com.

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新型コロナウイルス“しゅうそく”は、収束? 終息?〈デキる社会人の言葉づかい〉

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中国・湖南省長沙市で再開された中学校の寮に入る前に体温測定をする生徒=2020年4月13日、新華社 「コロナが落ち着いたら会いましょう」「コロナが終わったら旅行に行こう」 家族や友人と、こう話している人たちは多いだろう。 新型コロナウイルスの拡大で行動変容が起きた後の社会に焦点を当てた「アフター・コロナ」論議も活発化している。 では「コロナが落ち着く」、あるいは「コロナが終わる」は、どういう状態なのだろうか。 今のところ、日本でその基準は明確になっていないし、「落ち着く」と「終わる」はかなり違う。 コロナが落ち着き、収束したと言ってよい中国の状況を見ると、むしろ「終息」の遠さを実感する。 今の「落ち着いている」状態は、地雷の上を歩いているようなものかもしれない。 封鎖は解除されたが地雷が残る武漢市 2カ月半にわたる都市封鎖が解除された直後の武漢市内。 シャッターを閉じたままの店も多く、銀行の入り口では防護服姿の人が体温検査などをしていた=2020年4月9日、武漢市、平井良和撮影 4月8日、湖北省武漢市の封鎖が1月23日以来2カ月半ぶりに解除された。 4月22日には、湖北省内で治療中の患者が100人を初めて割り、97人に減ったと発表された。 ピーク時には7つの専門病院と、ホールや体育館を転用した16カ所のコンテナ病院で数万人を収容していたのが、コンテナ病院は3月中旬に全て閉鎖され、10日余りで建設された「雷神山医院」も4月中旬、最後の患者が退院した。 では、武漢は本当に安全になったのか。 緊急事態宣言下の日本に比べると感染リスクはかなり小さい。 それでもあちこちに地雷が残っている。 武漢市を出られるといっても、感染リスクが極めて小さいと確認された人のみで、それでも武漢を離れた後に感染が確認された人もいる。 北京市は武漢から戻ってくる人の人数を制限し、全員にPCR検査を受けさせている。 出入りが自由になったといえども、当局は市民に「不要不急の理由がない人は出ないで」と要請している。 武漢に埋まる地雷とは、「無症状感染者」だ。 中国は従来、他者に感染させる可能性が低いとして、無症状感染者を感染者数に数えておらず、海外から批判されていた。 だが、最近の臨床研究で無症状感染者も感染力を持つことが明らかになっている。

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新型コロナ:世界で猛威振るう新型コロナ 収束に向けた3つの課題 (写真=ロイター) :日本経済新聞

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新型コロナウイルスの感染拡大に関連してよく使われる、ともに「しゅうそく」と読む「収束」「終息」の2語。 いずれを使うか、あるいは使い分けるかはほぼ三分されました。 どちらも正しいが、意味には違いも 結論から言うと、例文のような「ウイルス流行の『しゅうそく』を目指す」という形であれば、いずれかを使うことで間違いになるということはまずありません。 個人の判断で、使いたい方を選んで構わないと考えます。 毎日新聞用語集は「悪疫が終息」という用例を載せています。 この例を採用している新聞社・通信社の用語集は多く、「新型肺炎の終息を宣言」のような形で載せている社もあります。 この伝でいくと「終息」が正しいように見えるかもしれませんが、話はそう簡単でもありません。 結局のところ「収束」と「終息」は意味の異なる言葉であって、使い分けが可能だからです。 例えば大辞泉(2版)は「収束」について「分裂・混乱していたものが、まとまって収まりがつくこと。 また、収まりをつけること」と言い、「終息」は「物事が終わって、やむこと」と説明します。 ウイルス流行の「収束」と言った場合には、事態は終わらないまでも混乱に収拾がつき、制御可能な状態になることを指すでしょう。 最終的な目標が「終息」であることは当然です。 従って、当座の目標として「収束」を目指し、究極的には「終息」を目指す、という使い方が考えられます。 「意図しておさめる感じを出したい場合」は「収束」、ブームは「終息」ではないか、とも。 「終息する」は自然に下火になって消えてしまう感じでしょうか。 一方で「収束する」は、自動詞・他動詞の両方として使われます。 「事態が収束する」だけでなく「(人が)事態を収束する」という形も取り得るということです。 自動詞のみの「終息する」に比べると、「収束」の方が人為的なニュアンスを帯びます。 政策や指導によって事態をおさめる、おさめよう、という場合には「収束」が選ばれることになるでしょう。 「終息」しても再発することも… 新型コロナウイルスの感染拡大は、東京オリンピックの1年延期を強いるなど、私たちの身の回りにも大きな影響を及ぼしています。 とにかくまずは爆発的な感染を防いで、事態を「収束」に向かわせることが望まれます。 そのうえで患者のいない状態に至り、感染症が「終息」してほしい。 ただし、回答から見られる解説でも触れましたが、コンゴ民主共和国のエボラ出血熱は、2018年7月に同国北西部の赤道州で5月に発生、7月に終息を宣言したものの、8月には同国東部の北キブ州で流行が宣言されています。 「終息」しても再発するというのであれば、それは「終息」なのかどうか。 コロナウイルスの場合も世界中に感染が拡大してしまっている以上、こちらで「終息」したつもりでもあちらでは流行中ということが起きうるでしょう。 3月28日の安倍晋三首相の記者会見でも「感染終息」についての見通しは語られませんでした。 当面はやはり、国内での「収束」を目指す、というのが表現としても中心的なものになりそうです。 (2020年03月31日) 新型コロナウイルスの感染拡大が続きます。 流行のやむことを願うばかりです。 感染症の流行があると、新聞は事態が解決することについて「収束」ないし「終息」の語をよく使います。 毎日新聞の記事データベースを検索すると、今年1月1日~3月7日の記事において、「コロナウイルス」と「収束」が同時に出てきた記事は57件、「コロナウイルス」と「終息」では32件がヒットします。 「収束」は、例えば政府の専門家会議が2月下旬に出した「これから1~2週間が拡大か収束かの瀬戸際となる」とする見解などに出てきます。 「終息」の例は「ワクチンが完成した頃には流行が終息している場合もある」のようなものです。 辞書の説明によると「収束」は「おさまりがつくこと。 おさまりをつけること」(岩波国語辞典8版)で、「終息」は「やむこと。 終わること。 絶えること」(同)。 最終的な解決は「終息」のはずですが、「収束」もよく使われるのは、差し当たり事態を制御可能な状態におさめることが現実的な目標だからでしょう。 新聞・通信社の用語集には「悪疫が終息」といった例を載せているものがありますが、エボラ出血熱のように当局が「終息宣言」を出すはしから流行が再燃するものもあり、簡単に「終息」を使えるものでもないように思います。 状況によって使い分ける言葉だと思いますが、いかがでしょうか。 (2020年03月12日).

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