鈴木涼美 おすすめ。 この街に降り積もってく真っ黒な悪の華|ニッポンのおじさん|鈴木涼美|cakes(ケイクス)

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鈴木涼美 おすすめ

海外と行き来していると、時間の感覚はくるくる変わるし、そもそも自宅で仕事をしているしで、普段は時間の感覚がいい加減であまり時計を気にせず過ごしているのですが、現在は東京時間で過ごしていて、普段は24時間開いているようなお店も閉まっていたりするので、時間の感覚をもって過ごすようになりました。 それから、長い文章を書く時に、日常とあまりに地続きな自宅にいると集中できないことが多く、だからこそ海外のホテルや移動中の機内などは重要だったし、東京にいる時でも喫茶店やホテルを使って執筆時間をつくることが多かったのですが、そういった習慣は難しくなったため、今まで混在していた自宅の生活スペースと仕事スペースを区切って、日常の雑念から離れる時間をなんとか作ろうとしています。 この期間に読んだ本、観た映画、聴いた音楽などがあれば教えて下さい。 またそのなかで感銘を受けたものがあれば、ぜひご紹介いただきたく存じます。 映画館に行けないのは大きなショックではありますが、ネットフリックスやユーネクスト、アマゾンプライム、Huluなどは全て加入しているので、かなりの時間を映画と読書に費やしています。 せっかく一人の時間があるので、古い映画をテーマや監督、俳優ごとに観たり、昔観た映画を再視聴したりもしています。 最近では、昨年『アイリッシュマン』が話題となったマーティン・スコセッシの古い映画『ミーン・ストリート』、『グッドフェローズ』、『レイジング・ブル』などを再視聴したり、そこからフィルムノワール特集と題して『いぬ』、『現金に手を出すな』、『現金に体を張れ』などモノクロ時代のものから、『ボルサリーノ』、『イースタン・プロミスロック』、『ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』など米国以外のものまでまとめて観たりしていました。 マフィア・ギャングものでいちばんのおすすめは若き日のマーロン・ブランドが震えるほどかっこいい『波止場』ですね。 GQ読者へ、自分へ、家族へ、日本へ、世界へ...... メッセージの対象 はだれでも構いません。 英国エリザベス2世の民への呼びかけが私はとても心に刺さりました。 私たちが誇りある存在であるとしたら、それを決めるのは私たちの現在と未来なのです。 ) 私も愚かしい人間なので、当初は予約していたエアチケットが軒並みキャンセルになって、楽しみにしていた初めての場所への旅行も延期せざるをえず、とても悲観していたし、オーバーリアクティングな気がして世界の指導者の対応を責めていました。 事態は私が思ったより深刻で、ウイルスによるすべて、病気や喪失はもちろん、経済打撃や治安悪化、暴力事件の多発などを生き延びられるかの瀬戸際に私たちは立っているように思います。 運良く生き延びることを祈って、生き延びた後にあの特筆すべき歴史的事件の時の自分の振る舞いに、赤面し自己嫌悪になることがないよう、背筋を伸ばして生きましょう。 PROFILE 鈴木涼美 1983年、東京都生まれ。 2013年に著書『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)が刊行された。 近著に、『おじさんメモリアル』(扶桑社)、『オンナの値段』(講談社)などがある。 雑誌『GQ JAPAN』は、新型コロナウイルスの感染拡大がつづくなか、各界の著名人に、この未曾有の危機に際して、ポジティブなメッセージを送ってくださるように依頼しました。 結果、ファッション・芸術、音楽・芸能、デザイン・建築、文化・報道などの分野で活躍する内外の161人のかたがたから、この企画へのご参加をいただき、雑誌では、いただいた回答をもとに特集を構成しました。 毎日、2人からの、メッセージを紹介する予定です。

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鈴木涼美 おすすめランキング (29作品)

鈴木涼美 おすすめ

「涼美ちゃんの書いてるものって面白くて好きなんだけど、でも彼女ならもっともっとラディカルになれると思うんだよね!」 いまをときめく文章家、鈴木涼美のファンだという三十代の知人は、フェミニストを名乗るわりには男からの承認を欲しているタイプで、とはいえそれを肯定するにはジェンダーとかを学びすぎていて、しかし東大大学院卒の鈴木涼美に難癖をつけるほどの学識もないので、とりあえず、「涼美ちゃん」とちゃん付けした上で、彼女を保守的だと批判できるメタな立ち位置を確保しようとしていた。 例えば、男女の性幻想の問題に関しても、炎上すれすれの理路を展開する。 「米国のポルノでは女優がアホみたいに『オーイエス』を繰り返すのに対し、日本のAVでは『いや』『だめ』が発せられる回数がアホみたいに多い」とし、日本男児の性幻想を「慎ましく閉じられた扉を開けるのが好き」だと皮肉り、それを「イヤン文化」と命名する。 その上で、 Metoo運動を日本の文脈で考えると、「イエスのイヤンとノーのイヤンを瞬時に嗅ぎ分ける能力がないと、イヤと言ったと主張する被害者と、イヤン脱がさないでを信仰する加害者との主張が食い違い続ける」と喝破する。 鈴木は、ノーのイヤンを言った女性に非がないことは明らかだとするが、イエスのイヤンだと読み違えた男性を一方的に糾弾することもしない。 女性も男の性幻想に加担しているわけだし、イヤン文化が女性の性幻想に関わらないとはいえないからだろう。 しかし、彼女が試みているのは、「私の正義」によって事象を差別認定し、「私の溜飲」を下げることではない。 そうした態度は、よしんば政治的に相手から言葉を奪うことはできても、問題の本質的な解決にはならないからだ。 鈴木涼美の真骨頂は、事象の背景を繊細に分析することで、齟齬が生じている構造をつまびらかにし、そこに問題解決への糸口を見出す、というもの。 「私の正義」に淫することを禁欲し、冷徹に現実を見据える態度は、むしろ学問的にはオーソドックスで、そこに踏み止まる胆力こそをラディカル(根源的)としてもいい。 そして、そうした政治的な議論は別にしても、本書は男女の機微に関する名言が満載だ! 「女が稼ぐモデルや概念は許容できても、ヒモ体質の男を愛せるか、稼ぐ力のない男に魅力を感じ続けられるか、というとまた別である」 「ポリティカリー・インコレクトなところをベッドの上でうやむやにするのが恋愛なわけです」 といった至言にたどり着くエピソードを堪能するだけでも、1400円を払う価値がある一冊である。 最初に私が文体を真似たように、鈴木の文章は螺旋階段を降りるように様々な視点を繰り込みながら議論が進む。 矛盾を炙り出し、自身の欲望を見据えつつ、思索を積み上げていく。 こういう書きっぷりに心当たりがある。 ウーマンリブの嚆矢、田中美津の『いのちの女たちへ』の文体である。 草創期のリブもまた、自らのなかにある男に媚びたい女と、媚びたくない女の矛盾を抱え込んでいく運動であった。 彼女たちはその試みを「とり乱し」と呼び、肯定したのだ。 欲望とジャスティスの間を振れながら歩んでいく鈴木涼美が、その「とり乱し」の正統な後継者に見えるのは、私だけでもないだろう。

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ギャルから慶応合格、AV女優から日経記者 鈴木涼美の「夜と昼」

鈴木涼美 おすすめ

「涼美ちゃんの書いてるものって面白くて好きなんだけど、でも彼女ならもっともっとラディカルになれると思うんだよね!」 いまをときめく文章家、鈴木涼美のファンだという三十代の知人は、フェミニストを名乗るわりには男からの承認を欲しているタイプで、とはいえそれを肯定するにはジェンダーとかを学びすぎていて、しかし東大大学院卒の鈴木涼美に難癖をつけるほどの学識もないので、とりあえず、「涼美ちゃん」とちゃん付けした上で、彼女を保守的だと批判できるメタな立ち位置を確保しようとしていた。 例えば、男女の性幻想の問題に関しても、炎上すれすれの理路を展開する。 「米国のポルノでは女優がアホみたいに『オーイエス』を繰り返すのに対し、日本のAVでは『いや』『だめ』が発せられる回数がアホみたいに多い」とし、日本男児の性幻想を「慎ましく閉じられた扉を開けるのが好き」だと皮肉り、それを「イヤン文化」と命名する。 その上で、 Metoo運動を日本の文脈で考えると、「イエスのイヤンとノーのイヤンを瞬時に嗅ぎ分ける能力がないと、イヤと言ったと主張する被害者と、イヤン脱がさないでを信仰する加害者との主張が食い違い続ける」と喝破する。 鈴木は、ノーのイヤンを言った女性に非がないことは明らかだとするが、イエスのイヤンだと読み違えた男性を一方的に糾弾することもしない。 女性も男の性幻想に加担しているわけだし、イヤン文化が女性の性幻想に関わらないとはいえないからだろう。 しかし、彼女が試みているのは、「私の正義」によって事象を差別認定し、「私の溜飲」を下げることではない。 そうした態度は、よしんば政治的に相手から言葉を奪うことはできても、問題の本質的な解決にはならないからだ。 鈴木涼美の真骨頂は、事象の背景を繊細に分析することで、齟齬が生じている構造をつまびらかにし、そこに問題解決への糸口を見出す、というもの。 「私の正義」に淫することを禁欲し、冷徹に現実を見据える態度は、むしろ学問的にはオーソドックスで、そこに踏み止まる胆力こそをラディカル(根源的)としてもいい。 そして、そうした政治的な議論は別にしても、本書は男女の機微に関する名言が満載だ! 「女が稼ぐモデルや概念は許容できても、ヒモ体質の男を愛せるか、稼ぐ力のない男に魅力を感じ続けられるか、というとまた別である」 「ポリティカリー・インコレクトなところをベッドの上でうやむやにするのが恋愛なわけです」 といった至言にたどり着くエピソードを堪能するだけでも、1400円を払う価値がある一冊である。 最初に私が文体を真似たように、鈴木の文章は螺旋階段を降りるように様々な視点を繰り込みながら議論が進む。 矛盾を炙り出し、自身の欲望を見据えつつ、思索を積み上げていく。 こういう書きっぷりに心当たりがある。 ウーマンリブの嚆矢、田中美津の『いのちの女たちへ』の文体である。 草創期のリブもまた、自らのなかにある男に媚びたい女と、媚びたくない女の矛盾を抱え込んでいく運動であった。 彼女たちはその試みを「とり乱し」と呼び、肯定したのだ。 欲望とジャスティスの間を振れながら歩んでいく鈴木涼美が、その「とり乱し」の正統な後継者に見えるのは、私だけでもないだろう。

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