右 自然 気胸。 気胸とは?|湘南鎌倉総合病院

自然気胸の基礎知識|東京慈恵会医科大学附属柏病院

右 自然 気胸

病因 [ ] 多くは 自然気胸(原発性自然気胸 Primary spontaneous pneumothorax および続発性自然気胸 Secondary spontaneous pneumothorax)で、の一部が化したもの(ブラ Bulla)や直下に出来た(ブレブ Bleb)が破れ、吸気が胸腔に洩れる事でおこる。 胸痛をきっかけに受診することが多い。 知名度が低いため、などと勘違いして放置されることもあるが、それほど珍しい病気ではない。 年配者の気胸は、・・などの基礎疾患に伴う続発性気胸が多い。 女性の場合は、がや肺に広がりとともに剥がれ落ちて起こる、月経随伴性気胸の場合もある。 交通事故などによるが原因となるものや、誤穿刺、による合併症、による肩背部・胸部などへの直深刺などによる外傷性気胸もある。 静脈や動脈の損傷()を伴う場合は血気胸と呼ばれる。 疫学 [ ] 自然気胸は、「背が高く」「痩せ型で」「10〜20代の若い」「男性」に起こりやすい傾向がある。 が20前後の男性では、6程度にブレブの発生が見られた。 しかし低身長者、肥満者、年配者、女性が発病する事も稀ではない。 嚢胞が発生する原因や破れる原因は明確になっておらず、故に「自然」気胸と呼ばれる。 喫煙や運動、猫背などの姿勢、気圧変化(夏よりも秋から冬にかけての発症が多い)などによって肺に強い負担がかかったため、成長期の骨の急成長に肺の成長が間に合わず肺が引き伸ばされてしまったため、心的ストレスや睡眠不足等の生活習慣の悪化のためとも考えられているが、いずれも確証は得られていない。 その他、や肺リンパ脈管筋腫症、などでも発症率の上昇が認められている。 症状 [ ] 多くは突然発症する。 呼吸をしても大きく息が吸えない、激しい運動をすると呼吸ができなくなるなどの、の低下、、動悸、咳などが見られる。 発症初期には肩や鎖骨辺りに違和感、胸痛や背中への鈍痛が見られることがあるが、肺の虚脱が完成すると胸痛はむしろ軽減する。 痛みは人によって様々で、全く感じない人もいれば、軽微の気胸で激痛を感じる人もいる。 自然気胸の場合、両方の肺で同時に発症することは稀だが、片方の肺が発症するともう一方に負担がかかるので、可能性は少なからずある。 両肺で同時に発症した場合は酸素が供給されないため危険である。 症状が悪化すると、胸部の皮膚に気泡のようなもの( )が現われることもある。 緊張性気胸 [ ] 胸腔に漏れ出した空気が著しく多く、陽圧になって対側の肺や心臓を圧迫している状態を 緊張性気胸という。 この場合は血圧低下、ショックを来たし、緊急に胸腔穿刺を行わなければ死に至る。 これは、心臓は勿論肺も、血液が体内を一巡するごとに必ず通る臓器だからである。 しかも肺の毛細血管の還流圧は低いため、血液が肺の毛細血管を通過できなくなる(心臓に戻って来られなくなる)という事を意味する。 本症においては、処置に時間の掛かるドレナージではなく、迅速な穿刺を行わなければならない。 関連して、右肺よりも心臓に近い左肺の気胸が、などのリスクが高い。 緊張性気胸による呼吸困難に対し、は禁忌である。 胸腔内圧を更に上げる事になり、肺の虚脱が亢進する。 緊張性血気胸・血胸では緊急手術となることもある。 診断 [ ] 肺表面にできたブレブの拡大図。 何らかの原因で発生し、これが破れる事により肺がパンクする。 自然気胸の大半は、これが原因である。 において呼吸音減弱が見られる。 これはで確認できるが、程度が小さい場合は発見しにくいので、専門医による診断察が望ましい。 胸部で血管影を伴わない空虚な領域は気胸と疑われる。 ・血気胸では血液を含むによるX線透過性の低下した像を認める。 胸部によって、比較的大きな嚢胞であれば場所が確認できる。 は胸水の性状を確認するため施行される。 気胸の重症度分類 軽度気胸 胸部レントゲン検査で、肺尖(はいせん:肺の頂上)が鎖骨より上にある。 中等度気胸 胸部レントゲン検査で、肺尖が鎖骨より下にある。 高度気胸 胸部レントゲン検査で、肺の虚脱が著しい。 緊張性気胸 高度気胸で、さらに肺から空気が漏洩し続け、胸腔内が陽圧になっている。 鑑別診断の一部 [ ] 胸痛患者では致死的疾患へのアプローチを優先しなければならない。 具体的には下記の6つの疾患がある。 (と)• (心のう内出血や心膜炎)• 緊張性気胸・血胸• 他にもTieze病や肋間神経痛、胸膜炎などがある。 治療 [ ]• 軽度の気胸では無理な姿勢や運動をせず、無理な呼吸をしないで、安静にするのみでを待つ。 これが気胸の基本的な治癒方法で、自覚症状が無いまま完治してしまうこともある。 胸腔内は密閉空間なので漏れ出た空気の逃げ道が無いが、軽度であれば数週間かけて粘膜から空気が吸収されて元に戻る。 ただし自然治癒の場合は、外科手術に比べ再発する確率がはるかに高いため、再発を繰り返す場合は以下に示す中程度以上の処置が必要となる。 中程度の気胸は、激しい痛みや呼吸困難に襲われた場合である。 その際は緊急処置として胸部の脇の部分を数mm切開し、による吸引を行う。 これは胸腔内を脱気し肺が膨らみやすくなるようにするのが目的で、原因病巣の治療は自然治癒を含む他の手段に求める。 ただし、肺が萎縮した結果として塞がっていた病巣が、肺が膨らむと再開放してしまうことがあるため、状況によってはドレナージを見合わせることがある。 繰り返す気胸に対してドレーン処置を行っても改善しない場合は、によって嚢胞の切除が行われる。 現在では下で行われるのが一般的だが、場合によってはする事もある。 施術前に胸部CTで原因病巣と思しき大きな嚢胞を探して目標とするが、実際に破れたのはCTで確認できないような小さな嚢胞という場合もある。 穴の開いた部分を縫い合わせる手術もある。 化学熱傷をわざと起こすは、肺が萎縮しなくなるため根本治療となり得るが、癒着が不十分だと再発の可能性が残る。 再発時は癒着しなかった部分のみ萎縮するため軽度・中程度の気胸に留まるものの、治療に際してドレーンを挿入できなくなる事がある。 また手術を行う時は、癒着を剥がす必要があるために癒着のない場合より困難を来し、開胸を要する可能性が高くなる。 現在では、空気漏れを起こす嚢胞を切除した後、その部分に吸収性メッシュシートを貼り付けて補強する治療法も開発されている。 これにより再発率が抑えられるようになった。 予後 [ ] 基礎疾患の無い自然気胸でも、再発を繰り返す場合がある。 対側に起こる場合も多い。 再発率の統計は、自然治癒(もしくは胸腔ドレナージ術のみ)の場合、約50パーセントと非常に高い。 胸腔鏡下手術の場合5 - 10パーセント、開胸手術の場合0. 5 - 3パーセントであり、個人差はあるが外科手術によって再発率が劇的に低くなる。 一方でなどが基礎にある場合は、さらに難治性となる。 治療後も暫くは安静を要する。 気道内の大きな圧力変化をもたらす事象、即ちへの搭乗(鉄道や自動車・バスでも峠越えなど)、演奏、などは事前に医師の許可を得る事が望ましい。 勿論、喫煙は厳禁であるし、はできるだけ我慢して早めに咳止めを服用する必要がある。 1か月程度安定状態が続けば運動も再開できるようになる。 気胸による術後の死亡は稀であり、緊張性気胸を除けば極めて低い0. 04パーセントである。 一方で、肺癌や結核などの基礎疾患をもつ重症の続発性気胸では、1. 2パーセントとなっている。 人工気胸 [ ] 過去に、の治療法に気胸が良いとされた時期があり、胸膜腔に空気を注入することで人工的に肺を萎縮させる療法があった。 逆に結核による気胸の発症例も多かった。 現在ではなどの危険が伴うため衰退している。 人工気胸術、気胸療法ともいう。 歴史 [ ] 頃の()で、外科医の「」が、胸腔から空気を吸引する簡易的な治療を行った記録が残っている。 気胸の外科手術は、記録が残っている中でこれが最も古いとされている。 には、気胸に関する疫学と、その大半は結核が原因だとする研究が、フランスの医師とによって発表された。 しかしには、結核以外を原因とする自然気胸の存在も、の医師によって発表された。 初頭には、気胸で縮んだ肺の大きさを可視化するために、が用いられるようになった。 には、外科医のタンソンとクランドールによって、気胸の原因となる嚢胞の切除手術が初めて導入された。 この時点で、初めて気胸に対する根本的治療が確立された。 脚注 [ ] []• Tamura M, Ohta Y, Sato H. "Thoracoscopic appearance of bilateral spontaneous pneumothorax. " Chest. 2003 Dec;124 6 :2368-71. Huang TW, Lee SC, Cheng YL, Tzao C, Hsu HH, Chang H, Chen JC. "Contralateral recurrence of primary spontaneous pneumothorax. " Chest. 2007 Oct;132 4 :1146-50. Epub 2007 Jun 5. 2018年2月19日閲覧。 Kaya SO, Karatepe M, Tok T, Onem G, Dursunoglu N, Goksin I September 2009. Texas Heart Institute Journal 36 2 : 152—153. Laennec RTH 1819 French. Paris• Acta Medica Scandinavica 43 Suppl: 1—159. Tyson MD, Crandall WB 1941. Journal of Thoracic Surgery 10: 566—70. 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ]•

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緊張性気胸 (きんちょうせいききょう)

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特殊な気胸 1.両側気胸 通常の気胸は片側のみ起きますが、気胸の原因となるブラは両側にできていることが多いです。 そのため、まれに両側同時に気胸になる場合があります。 肺の縮み方が高度であれば十分な呼吸ができず命にかかわる状態ですので、早急な治療が必要です。 左右ともに気胸の状態で、矢印で示すように両肺が縮んでいます。 早急に肺を伸ばさないと危険です。 (黄矢印:右肺,白矢印:左肺) 2.血気胸 まれに、気胸に出血を伴うことがあります。 これは、胸の中に癒着しているような部分があって、そこに血管が流入していたところが、気胸の発作で肺が縮む際に千切れてしまうことなどにより起きます。 1000cc以上出血することもあるので、迅速な治療が必要です。 3.緊張性気胸 通常の気胸は、破れたほうの肺は縮みますが、反対側の肺は普通に呼吸ができます。 ところが、まれに破れたほうの胸での空気漏れが大量となり、反対側の肺まで押しつぶしてしまうことがあります。 こうなると残った肺も呼吸ができず、呼吸困難が強い状態になります。 生命の危険もあるため、早急に治療を開始しなければなりません。 左胸部は漏れ出た空気のみになり、左肺は矢印部分で完全に潰れています。 右肺も左から押されて潰れ気味であり、呼吸は困難な状態です。 上記の1-3の病態はいずれも緊急の治療を要します。 また、再発した場合に再び危険な状態になりやすいため、下記の気胸の治療法のうち、再発する可能性がより小さい手術療法を選択することをお勧めしています。 4.月経随伴性気胸 月経周期と関連のある気胸で、子宮内膜症の一つの病態です。 子宮内膜が子宮以外の場所にできることがありますが、それが横隔膜や肺胸膜にできた場合に、月経とともにそれらが脱落し、それによって気胸を起こします。 手術だけでは完治は困難で、ホルモン療法などが行われます。 気胸の治療 気胸の治療としては、肺の縮み方が軽度の場合には、「安静」で様子を見ます。 肺の縮み方が中等度以上の場合には「安静」では治りませんので、局所麻酔をした上で胸に管を入れて中の空気を引っ張り、縮んだ肺を伸ばすようにします(胸腔ドレナージ)。 それでも治らない場合や、再発を繰り返す場合などは手術をお勧めしています。 手術には「胸腔鏡下肺楔状切除(ブラ縫縮術)」と「開胸下肺楔状切除(ブラ縫縮術)」がありますが、若年者に多い「原発性自然気胸」の場合には「胸腔鏡下」で行えることがほとんどです。 この方法はカメラを使って行う方法ですが、胸部には1-2cm程度の傷を3つ付けるのみでできるなど、傷も小さく術後の回復も速いと思われます。 中高齢者に多い「続発性気胸」の場合には、もともとの原因となった肺の病気の程度により、術式が選択されます。 また、肺の手術を行うことが危険と思われるような患者さんの場合には、手術ではなく胸の中に薬を入れて空気の漏れを止める「胸膜癒着療法」が選択されます。 さらに、それでも漏れを止められないような患者さんに対して、当科では気管支にシリコン製の詰めものを入れて空気漏れを止める「気管支鏡下気管支塞栓術」も行っています。 気胸の再発 原発性自然気胸は再発が多い病気です。 保存的治療である「安静」や「胸腔ドレナージ」は最も再発が多く、手術療法はそれよりも少ないですが、それでもある程度の患者さんには再発が起こります。 保存的治療ではブラが残っているので再発するのはある意味当然でもあるのですが、手術でブラを全部切除した例でもしばしば起きます。 最近の研究で、再発の原因の多くは、切除した部分の近くの肺が強い力で引っ張られることにより,新たにブラが発生する(ブラ新生)ためであろうことがわかってきました。 ブラ新生自体を予防することは困難なのですが,当科ではブラ新生を起こしても気胸にならないように,切除部位を特殊な材料でカバーして胸膜を厚くさせる手技を加えることで,気胸を再発しにくくすることを全例に行っています。

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嵐・相葉雅紀さんが闘病した肺気胸とは?現在は?

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突然の自然気胸 2003年7月 突如見舞われた自然気胸を振り返って 自然気胸に因る突然の入院生活… 7月24日夕方の仕事中。 突然左の肩甲骨の付近が気になりだした。 『あれ?なんか痛いなあ?なんだろう?』その痛みは普通にひねった時の筋肉痛のような痛みだったので、ストレッチなどをして売場に立ち続ける。 だが一向に痛みは取れない。 そればかりか、段々と左胸が痛くなってきた。 胸の筋肉が心臓を押さえ付けるような感じだ。 立っているのも辛くなり、3階の事務所で休憩。 脂汗も出てきた。 すごく息苦しい。 だけど今日はスタッフも少なく早退できるような次状態ではない。 店長も渋谷店に行くと言うし…。 しかし、痛みがひどくなる一方だったので内心『救急車で運ばれるってこんな状態の事なのかなあ(苦笑い)』などと考えていた。 2階から『ちょっと忙しくなってきたので…』と応援要請が入る。 苦しいながらも売場へ戻り接客へ。 かなり胸が苦しい…。 常に右手で左胸を押さえながら話をする。 1時間くらい経つと、その痛みは段々と和らいできて背中へと移ってきた。 1階と2階の移動は、激しく動くと胸の奥の方で息苦しさがあった。 閉店まではなんとか我慢し、レジ締めをしてすぐに帰宅の途に付いた。 しかし、駅までのほんの少しの距離を歩くのにとても息苦しかった。 電車内は比較的空いている事もあり、全く動かなかったので座れなかったが苦しさは無かった。 また近所の駅からは自転車なのだが、あと家まで500m位の所から刺すような痛さが出てきて、苦しかった。 また家に着いて落ち着くと痛みはおさまっていた。 華にはメールで報告していたので心配させていたが、病院嫌いの自分は『なんてことないでしょ!』と病院も行かないで済むようにしたかった。 でも少し不安があったので薬剤師のノムに電話で相談。 『病気の症状で、肩甲骨が痛くなったり、息苦しくなったりするかなあ?』ノムは『調べて折り返すよ』と電話を切り、5分後、『狭心症ってことは考えられないから、肋間神経痛とかかなあ?それ以上の事は分からないけどごめんね。 』いやいや素人の自分達に比べてみればとても参考になる御意見でした。 まあどちらにしても病院には行った方が良いと結論で・・・。 実際、土日に仕事を休めるはずも無く、痛みをおして出勤。 休みの月曜日にでも行ってみようということになった。 しかし月曜日からは、華の一年に一度の尾瀬添乗。 尾瀬に行った事のない自分の休みと重なるなんて、滅多に無い事だから華が添乗員のツアーに参加しようと決めていたのだ。 土曜日の朝になって痛みがあったら諦めると言う条件で、朝を迎えたが…やはり痛い…キャンセルで…。 そして月曜日。 朝華がいつも通り会社へ出勤するのを見送り、自分は病院捜しの為インターネットで検索。 背中の筋肉が痛かったりしたので、整形外科のある病院を捜す。 その最中母から電話が…サロマ湖の書類が届いたよとの事。 その時に胸が苦しく今日病院に行く事を告げ、夕方に自転車で行くよと電話を切った。 病院は内科・外科・整形外科のある救急病院「わかくさ病院」に決定。 住所は南区太田窪、自宅からは自転車で行ける距離だから気軽に向かった。 自転車で約20分。 坂の上にある「わかくさ病院」に行く途中、また息苦しさに見舞われたが無事到着。 受付にて症状を伝え、いざ診察へ。 診てくれたのは院長先生だった。 咽を診て、聴診器、血圧と進み、『血圧が高いね。 上が155はちょっと高いなあ。 医者の前だからとは言え、2回とも同じ数字だからね。 そのまましばらく様子を見てと帰そうと思ったんだが、どうする?心電図とレントンゲン撮るかね?』『はぁ。 』華には全部しっかりと調べてどこが悪いか調べて来なさいと言われていたので、『じゃあお願いします。 』といざ検査へ。 『結果もすぐに出るのでね。 』と言われ、まずレントゲン室へ。 年1回の健康診断の時ぐらいしか撮らないけれど、問題ないでしょ。 次に初めての心電図へ。 ベッドに横たわり、足の裏と胸になんだか冷たいのを張り付け、『すぐに終わりますからね。 』と言われたが、本当にすぐに終わった。 待合室で待つ事5分。 『鈴木健司さ~ん!』再び診察室へ。 先程の医院長が座っている。 第一声は『鈴木さん。 良かったよ。 レントゲン撮って。 撮らなかったら分からなかった・・・自然気胸ですね。 入院です。 』言われた瞬間、気胸?なんだろうか?へ?入院??? 衝撃的な一言だった。 そんな検査に来ただけなのに…。 ましてや華は尾瀬に添乗中。 どうしよう。 『とにかくこの状態ではどこの病院でも即入院だから。 希望の病院があれば、そちらでもいいですが別に無ければこちらに入院と言う事でいいかな?』院長の一言でした。 『今日からですか?』と、思わず聞いてしまった。 『当たり前でしょう、これが進行したらもっと苦しくなってしまうんですよ。 』『はぁ。 』戸惑いを隠せない状態だったが、看護士の鈴木さんが隣に居て入院の為の説明を始めてくれた。 『午後の3時くらいまでに来て下さい。 とりあえず、1週間や10日の入院ではないので会社とかにも連絡して下さいね。 帰り道華への報告はどうしようか、かなり考えた。 今日のお昼に出発しているから、今の時点でメールをすればかなり心配を掛けてしまう。 かといって朝『何かあったら、ホテルにでも電話してね。 』と言われた。 入院じゃ電話もできやしない。 困った。 自転車に乗りながら、まずノムへ報告。 そして実家にも連絡を入れ、車で送ってもらえるようにお願いをした。 時間は午後1時前、あと2時間をどのように過ごすか。 まずパジャマ・下着・タオルなど必需品の用意。 更に痛みがあって相談していた友人や兄などにもメールで知らせた。 加えて華への連絡はまだしていないので、心配を掛けたくないから控えてほしいと加えた。 2時になると進さんと母到着。 思ったよりも元気な自分にホッと胸をなで下ろした様子だった。 結婚式以降会っていなかったので、出雲大社の写真や披露宴の写真などを見てもらった。 そして不足しているものを下のイイズカ薬局で買い、いざ病院へ向かう。 「わかくさ病院」に着くとまずCTのレントゲン室へ。 輪切りにされた。 そして病室は405号室、とりあえず安静が必要で、決して急患ではない自分はナースステーションから一番離れた部屋へと案内された。 相部屋は3人部屋できれいでとても病院のような重苦しさはなかった。 同室の朝田・井上さんは糖尿病、同じく食事制限だけで、逆に運動しなくてはいけない中年の男性陣だった。 こうして人生初の入院生活が始まった。 華への連絡は母から夜に連絡してもらい、明日の再会を願った。 翌日からは早速お見舞いにやって来てくれる友人がいてありがたかった。 暑い中ご苦労様でした。 華は池袋の到着が夜の9時予定だったことから、その日は結局来られなかったが、電話で少しだけ話をした。 3日目の朝が来て、再度レントゲンを撮った。 自然の状態で肺が膨らむようならば、そのままで安静に、膨らむ傾向が見られない場合は、胸部から針を刺して肺の内部に溜まっている空気を吸引しなくてはいけないとのこと。 先日のCTやレントゲンの写真を見ながら華と共に翁先生の話を聞くと、基本的には空気を抜けば肺が膨らんできて胸膜に癒着して開いた穴が塞がればOK。 膨らまなかったり、そのまま空気が漏れてしまったりするようならば手術を考えなくてはいけないと言う説明だった。 とにかく「自然気胸」というものは背が高く、痩せ形の若い男性多いらしく、マラソンに因る過度の負荷とかが理由ではないらしい。 今回のように突発的に起こりうるもので再発を防ぐと言うのも、気をつける事はできないのだと言う。 まあケガみたいなものだし、ゆっくり休みなよとお見舞いの面々は声を掛けてくれた。 結局肺が膨らんでこないので、ここからは吸引生活が始まった。 一方、3日ぶりに会えた華には、『どうして一番に知らせてくれないの!家族なんだから!』と怒られてしまった。 心配を掛けたくなかったのだが、直接でも自分から電話で伝えれば良かったと、後悔した。 本当にごめんね。 この日から、華は仕事の日は夜7時頃から約1時間。 休みの日は午後3時から夜8時まで、ずっと一緒に居てくれた。 職場に診断書を出したり、友人に経過を報告したり、実家に電話してくれたりと、細かい気配りの行動をとってくれていた。 自分も洗髪しかできないので、来た時にはタオルで体を拭いてくれ、替えのパジャマを2日おきに届けてくれた。 そんな華の期待に答えたい一心でじっとしてきたが、吸引を始めて6日後の月曜日。 レントゲンの状態からもほぼ100%膨らんできたので、吸引を止めて水曜日のレントゲン次第では、針を抜き退院となる方向で説明を受けた。 身体的には元気だったので余計に暇だった。 また空気が漏れて肺が潰されてしまったのだ。 気持的にもショックだった。 穴が大きいのかも知れないので、今回の吸引は10日間ぐらい続けるとの事。 それでも漏れてしまう場合は、手術も考えなくてはと言う説明も合わせて伺った。 手術をすれば同じ箇所の再発の可能性は低くなると言う。 多少のリスクもあるが、確実に治った方が良い。 とりあえず、この10日間の吸引で塞がればよし、漏れ続けるようならば手術と腹をくくった。 このタイミングでの手術は?と聞くと、転院先の病院のスケジュールにもよるが2~3週間待たされる事もあるので…と聞いてしまうと。 待っていた方がいいのかな?という結論だった。 暇な時間と言うのは過ごしているとかなり退屈だが、振り返ってみるとあっと言う間に過ぎている。 まもなく3週間が過ぎようとする頃、相変わらず肺からの空気が漏れているのが分かる。 その夜華と相談し、『18日の時点で、手術の手配をさいたま赤十字病院でお願いしよう。 』と決めた。 翌日、華に紹介状とレントゲンを先方に持って行ってもらい、入院の手続きをお願いした。 すると、うちの華はできる人です!その日の内に転院の手続きを済ませ、入院も今日から、そして来週早々には手術という手配を進めてくれました。 話によると「わかくさ病院」院長の同期の先生はお休みで、自分達位の若い先生が対応してくれたらしい。 華の笑顔がやたらとにこやかなので、問いただしてみると、その若い先生はカッコよかったみたいで…(ジェラシー) そしてタクシーで「さいたま赤十字病院」へ。 病室に案内され主治医の先生に会う。 確かにカッコいいね。 またまたジェラシー。 その日は特に検査も無く、夜まで華と過ごした。 下半身のシャワーと洗髪の許可がおりたので、早速3週間分の垢を落とした。 なんて気持ち良いんだ。 退院したらプールにも行きたいなあ。 そして月曜日8月25日に手術、その前に家族に術前説明が8月21日というスケジュールだ。 こちらに来ても病院での一日の過ごし方は変わらない。 ただ、電気代が1日¥150取られると聞いてちょっとブルーに…。 テレビで高校野球を観戦、夜は同じく9時の消灯だけど、11時くらいまではテレビで起きています。 早く寝ると腰が痛くてたまらない。 早く家でゆっくりしたい気持ちと、夏が終わる前に日射しを浴びたいって感じです。 8月21日。 午後1時から術前説明が始まった。 まず、自然気胸という病気の説明から。 ここで前の「わかくさ病院」で言われた事とは大きく食い違っていた事がある。 それは自然気胸の再発の可能性である。 向こうでは10人に1人の割合だと伺っていたのに、こちらの先生によると50%の可能性で再発すると言う。 で、自分はその50%の方に入ってしまい、計3週間の吸引治療でも再発を繰り返している状態だと言う事だった。 CTやレントゲンでは破れている部分(ブラ)は見つけられないので、ごく小さいものの可能性がある。 手術の方法としては内視鏡を使って傷を大きく残さないスタイルで行うが、ブラの発見が難しいようならば開胸手術に移行する事もある。 状況を見ながら進めて行く。 また術後は何本かの管が身体の外に出ているので、状況を見て取れる日が退院の日になると言う事で、4~5日で退院できると言う見解だ。 あわせて輸血による感染症や手術による合併症についての説明があり、肺梗塞や肺炎、エイズやB・C型肝炎などといった説明があった。 このご時世病院側としても説明をしなくてはいけない部分で、輸血を必要とする程の出血がない手術である事、術後は翌日からは歩く事などが付け加えられた。 説明を聞く自分は、あるべき説明だと思っていたので全く心配して無かったが、母や華はちょっと恐くなったらしい。 という事で手術は8月25日月曜日、時間は午前9時から12時に決定。 翌日、手術前日に行うこと、手術当日に行うこと、手術後について、必要物品についての説明があった。 初体験の事がある、浣腸だ。 前日の夜に内服の下剤を飲むのだが、当日の朝、浣腸…(汗)。 午前中から昼にかけて手術は終わるようだし、手術事体はあんまり気にしていないのだけど。 まあ何事も経験ってことで! 金曜日に手術の方が、午後から手術室へ向かった。 奥さんが3時くらいに終わると聞いていたらしいのだが戻ってきたのは5時だった。 心配だろうなあ。 胆石か何かで、しつこかったので粘って手術したと主治医が話していた。 その方は朝から絶食だったけど、自分は朝一番の9時からの手術なので待っている時間が少なくて安心した。 12時に戻ってくれば意識が回復してジッとしているのも苦しくないだろう。 翌日からは歩かなくてはいけないようだし…。 待っている人の方に心配掛けてしまうのが申し訳ないなあ。 当日は朝から華が、午後からは母とお義母さんが来てくれるようだ。 ありがとうございます。 今日は土曜日。 特に検査はないようで、午後からは高校野球でも観戦しますかね。 外は今年一番の暑さになるとか、みなさん御苦労様です。 今朝は昨日23時に寝た為か、6時半まで目が覚めずにゆっくりと眠れた。 朝御飯の後、昨日華が持ってきてくれたサロマ湖100kmウルトラマラソンのDVDを鑑賞。 ランナーズやっぱりイマイチな作りですね。 内輪だけの構成に納得いきません。 まあゴールシーンではみんなの姿もあったし、自分達に関してはゴールシーンも映ってたり(照)。 お客さんのゼッケンを控えて覚える為にも利用したいと思います。 しかし、フルの通過とゴールシーンは長い!早送りせずに眺めている人はいないだろうなあ、なんてうちの華がそうでした(笑)! さて今日は8月24日、いよいよ明日が手術です。 今日はおへその消毒と、わき毛の処理を行なった。 この後は動脈の採血があるそうです。 この前は恥骨から採ったけど今回は腕のようです。 おっと初めて門山先生登場!第一印象は、あごヒゲを蓄え山男のような先生だなあ。 パソコンをいじっていたら『おっ、MACファンですか?』と気さくな感じだった。 明日はよろしくお願いします。 動脈採血は右手の付け根部分から。 押さえているのがとても痛くしばらく違和感があった。 午後は「踊る大捜査線」を見て過ごした。 3時過ぎにノムが来た。 なんとパーマ頭で登場!なかなか似合う。 差し入れのハーゲンダッツを頂き、会話が弾む。 暑い中ご苦労様です。 9月7日の予定を話したり、会社の愚痴を言ったりで盛り上がった。 5時前まで居てくれたので、時間があっという間だった。 いよいよ明日手術。 緊張していないと言えば嘘になるが、なるようにしかならないのでプラス思考で過ごしていこう。 これから華がまた来てくれる。 明日はまた病院に朝8時と早い。 さらに今日は日曜日で『元カレ』や10時からのテレビ東京が楽しみな番組だ。 早くに帰してやらないとね。 でも今日は安定剤が出るんだなあ、番組後のメール交換が楽しみなんだけど、それまで寝ずに起きていられるか心配。 ノムには早く寝ろと言われそうですが、だって見たいんだもん! 華を待つ間は「ポルノグラフィティ」の最近のお気に入り『元素L』で気持ちを落ち着かせる。 手術中もポルノが頭の中を回っているようにね。 なんて無理か…。 そしてシャワーを浴びてスッキリして明日を迎えよう。 でもテレビ見れなかったらスッキリなんてできないな(笑)。 とりあえず華の到着まであと20分。 手術からすでに3日経ちました。 ここまでの間PCを開けなかったのは手術後の経過が悪かったのではなく、痛み止めを背中から投与できなかったからなのです。 それは手術当日の事。 9時からの手術だったので華は8時前くらいに病院へ到着。 点滴を開始して8時半には寝台車に移った。 旅行の時のブルートレインの寝台車ならいいけど手術室行きなんて嫌な気分だった。 気持ちを落ち着かせる為に筋肉注射、これがまた痛い。 仰向けになった状態で病室を出る。 同室の方に『若いからすぐ良くなるよ!頑張って!』と励まされ、出発した。 初めての経験、手術。 エレベーターを上を向いたまま乗ったのも初めてだった。 そして1Fの手術室へ到着。 ドラマなんかのイメージでは、「手術中」という赤いランプが点灯していて、家族はその前で待っているような感じだが全くそうではなかった。 大きい入口があり、華はそこまでだった。 あっという間にお別れ、手術室の自動ドアは閉まってしまった。 ここからあのグリーンのエプロンをした人が集まってきた。 手術台に移動し手術室へと転がされた。 そして目の前には手術用の6個ぐらい付いた照明が照らされていた。 周りには何人の人が居たのだろうか?やけにたくさんいるように感じた。 まず始めに行なったのは背中に入れる麻酔の処置だ。 これは手術用の麻酔ではなく、後の痛み止めになると前日説明されていた。 背中を丸めて注射がプツリ。 痛い!さらにもっと太そうな物がグイグイと背骨に刺さってくる。 ビクッ!と身体が反応してしまう。 『痛いです。 』と告げると、背中を横にづれていきまた注射、さらにグイグイと突き刺さる。 『だめだな。 どうします?手術には関係ないから、全身麻酔に移っても…。 』とても我慢できる痛さではなかったので、『痛すぎるのでいいです。 』と言うと全身麻酔の準備に入った。 吸引のマスクを充てられ、『鈴木さん、鈴木さん』の声が掛かる。 5、6回返事をするも段々と返事をするのも分からなくなってきた。 あっ、これが全身麻酔なんだ…。 次に気が付いたのは、病室のベッドの上だった。 どのくらいの時間が過ぎたのだろうか?華・母、そして主治医の先生の声が聞こえる。 なんか喋っているけど、どうでもいいやって感じではっきりは聞こえていなかった。 でもなんか話さないとダメかな?と感じ、その会話に入ってみたが良く覚えていない。 恐るべし全身麻酔の威力。 途中華のお義母さんが来てくれた、でもちゃんと会話できた覚えがない、大丈夫かな?だんだんと意識が回復。 『鈴木さん足動かして下さい!』と母が言う。 わざとふざけたように足を動かしたり、手を動かしたりしてみた記憶があるがなぜそんな風にふざけたのかはわからない…(汗)。 夕方になって寝返りをうってみようとするが、背中がかなり痛い。 結局寝返りはうてず、仰向けのまま過ごす。 今度は胸の真ん中が痛くなってきた。 『背中に痛み止めを入れていないので痛みが強いと思います。 』と主治医の先生が言っていた気がした。 『そうだ、手術前に痛くて入れなかったのはこの為の痛み止めか!我慢して入れれば良かった。 』などと後で後悔。 午後8時まで華と母は居てくれた。 ありがとう。 そこから朝までは地獄だった。 痛み止めとして座薬を投入したり、点滴を打ったりして頂いた。 8時からぐっすり眠れたと思い看護婦さんがいろいろしている時に、時間を尋ねた。 『今何時ですか?』明け方の時間にはなっているだろうと答えを期待して待ってみたら『午後9時ですよ。 』がーん。 ショックは10倍くらいだった。 『えー、マジですか?ショック!』痛み止めの効果が表れる度に眠りに就けるのだが、その熟睡は長くは続かない。 12時・3時・6時と目が覚めてしまい、当然朝起きる時はとんでもなく痛い。 点滴の麻酔が一番効いているように感じたのでお願いした。 翌日華はお休みで午後一番に病院へ来てくれた。 起き上がるのがとても辛くベッドを持ち上げて起き上がった。 手術後と言うことでいろいろと身体にくっついている。 鼻から酸素、尿道には管が、そして相変わらず左胸には針が刺さっているようだ。 午後になって左胸以外は外されかなり自由の身になった。 でも痛みからは解放されなかった。 未だに麻酔の後遺症か、話すのがすごくだるい。 華にも辛い思いをさせてしまった一日だった。 終日痛み止めの薬を頂いたり、寝る前には点滴をお願いした。 前日と違い27日の朝と今朝は4時半に痛みが出てきて起きてしまった。 まあゆっくり寝れたかな。 今日には左胸の管も抜けると言うことで少し安心はしたが、抜くのに局部麻酔はしてくれないのかなあ?と不安を感じつつ、レントゲンと撮り、10時の回診を待つ。 主治医の同じ年の山田先生と上司の門山先生、そして華と同じ年の看護婦さん米陀さんがベッドにやってきた。 『レントゲンがかなり良い状態なので、管を抜きます。 』門山先生は自分の向側で、話し掛けてくる。 話題はMacについてだ。 門山先生の勧めで山田先生もMacを購入したらしいのだが、結局ウインドウズに乗り換えてしまったらしい。 なんて会話をしながら、左脇下から管を抜く作業が続く。 やっぱり痛い。 きびし~い。 『大きく深呼吸をして、はい吸って、吐いて。 』の掛け声に大きく深呼吸。 向かいの門山先生が『逆だ!吐く時に引け!吸った時じゃ取れないだろう!』と言う。 『えっ、それじゃ痛いじゃん。 あなたがやってよ!』と思いつつ、我慢して深呼吸を続ける。 抜く瞬間が一番痛かった。 脂汗でいっぱいだ。 『はい、ではこれで痛いのは終わりです。 チクっとしますよ。 』と同時にホッチキスをガシャッとする音が響いて皮膚を挟まれた。 痛い!!なんだいまのは!!あとは左胸になんかが刺さっている。 『明日これは取れると思います。 取れたら退院ですよ。 』身体から出ているのはそれだけだ。 歩いてみるとさっきまであった痛みがない。 すごく新鮮だった。 左手にも何も持つ必要もなく、自由に腕を動かせる。 自由を感じた。 これで夜は寝返りも打てるなあ。 寝苦しい夜ともおさらばさ!小さな喜びだがそれさえも嬉しかった。 そして久しぶりにPCを開いて手術を振り返った。 ここ3日間が一番辛かったなあ。 そして明日のレントゲンと採血が良ければ晴れて退院となる。 今は午後の3時前。 今日は「スターウォーズ・エピソード? 」を観賞。 今はポルノグラフィティ三昧だ。 実は華が添乗から帰ってきた日には、池袋で待ち合わせをして久しぶりにカラオケに行く予定だった。 入院してしまったのでそれもできず、1ヵ月も一人にしてしまった。 明日退院できれば30日31日華は連休だ。 一緒に過ごせる!会社は8月21日から9月20日まで病欠。 3週間はゆっくり静養できる。 この1ヵ月毎日病院に通ってくれた華にはどうやってお礼をしたら良いか?これからの時間をずっと一緒に居れるのが一番かな!誕生日も過ぎてしまったし、何かプレゼントを探しに行こう。 と言うことは、この『自然気胸…突然の入院生活』の楽天アップはプレゼントを決めてからにしないといけませんな。 ということで退院は明日ですが、これにて報告は終了。 もし結果が悪くて伸びちゃうようならまた書きます。 そんな事が無いのを願って!では! 入院生活なんて大嫌いだ!!!!!!! 8月28日(木)PM3:01 さいたま赤十字病院にて.

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