映画十戒。 映画『十戒』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

映画『十戒』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

映画十戒

セシル・B・デミル監督による3時間39分の「滅多にない超大作」 投稿日:2017年1月21日 セシル・B・デミル監督による「滅多にない超大作」である。 神、死海文書など古典的な背景で描かれた(当時としては凄かったはずの)特撮もふんだんに盛り込まれた映画。 物語は、モーゼはエジプト王子候補(弟)として育てられたが、実はヘブライ人(奴隷の子)であった。 長子抹殺命令時に、実母が川に流したのだった。 兄ラメス(ユル・ブリンナ)がファラオ王の皇位継承争いの相手となる弟モーゼ(チャールトン・ヘストン)には負けないという感情を抱いている。 実は奴隷の子という事実を聞きつけたラメスはモーゼを奴隷として追放するが、モーゼは山の中で「光り輝く木」から神の声を聴く。 「エジプトへ行け」と神は言う。 モーゼは「私は聖地を踏んだ」と言いながら、風貌も神のようになる。 ここで<インターミッション>となる。 2時間20分ぐらいの切れ目が良いタイミングで入る「休憩」は良い。 DISC2に移って、エジプトに戻ったモーゼは、ファラオ王になったラメスと対面。 杖がコブラになる。 ナイル川の水が「血の水」になる。 雹が降る3日間。 モーゼは「わが民を去らせよ」=「奴隷解放せよ」と宣言。 スフィンクスが並ぶセットが凄い、エキストラの数も凄い。 モーゼを追って、討ちに来たラメスの軍隊の前にたちはだかる「炎の柱」(神の火)。 2つに割れる海、そこに出来た道を往くモーゼと民衆。 まだ物語は、ここで終わらない。 しかし、凄い映画であった。 1950年代に、こんな映画が作られていたというのは驚くしかない。

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フランス式十戒

映画十戒

舞台は紀元前のエジプト。 ヘブライ人はエジプト人の奴隷として酷使され、困難な時を過ごしていました。 ヘブライ人は救世主の到来を待ち続けていましたが、救世主が産まれることを恐れたファラオはヘブライ人の男児を全員殺すという残酷な命令を下します。 ヘブライ人の女ヨシャベルはこの苦難から逃れるために生まれたばかりの男児を籠に入れ、ナイル川に流すことを決めます。 男児が流れ着いたのは、エジプト王女ベシアの元でした。 籠の中にはヘブライ独特の織物が入っており、この赤子がヘブライ人であることは明らかでしたが、ベシアはかまわず赤子をモーゼと名づけ、我が子として育てることを決めます。 亡き夫との間に子宝に恵まれなかったベシアは、ずっと男児を望んでいたのです。 成長したモーゼは勇敢で賢い青年に育ち、軍を率いてエジプトの領地をさらに広大なものとしていました。 この状況をおもしろく思わないのは、現ファラオであるセティ1世の実子ラムセス2世でした。 ラムセスは何としてでも王位につき、絶世の美女ネフェルタリを妻にしようと望んでいましたが、モーゼはセティ1世の信頼篤く、さらにはネフェルタリとも相思相愛の仲でした。 ラムセスは王位継承権争いを有利に進めるために、ヘブライ人の救世主探しに力を注ぎ始めます。 かつてヘブライ人の男児を皆殺しにしたとは言え、いつ救世主が現れるのかわからない状況にセティ1世は少なからず不安を覚えていたのです。 一方、モーゼはラムセスが進めていた都作りを引き継ぐこととなり、ラムセスが行っていたヘブライ人の酷使、非合理的な建設計画をすべて見直しました。 モーゼはヘブライ人に休みと食料を与え、さらに自ら現場に赴き的確な指示を与えたことで、都作りのスピードは格段に向上。 セティ1世はモーゼへの信頼感をさらに強めていきました。 そんなある夜、ネフェルタリの元にベシアの召使メムネットが訪ねてきました。 メムネットは赤子のモーゼと一緒に籠の中にあった織物を手に、モーゼがヘブライ人の子であることを明かしてきました。 メムネットは長い間ベシアからモーゼの出自の口外を禁じられていましたが、モーゼの王位継承が現実味を帯び始めていることに耐え兼ね、将来の妻となるネフェルタリに真実を告げたのです。 メムネットの言葉に激しく動揺しながらも、ネフェルタリは愛するモーゼのためにメムネットを殺害してしまうのでした。

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映画『十戒』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

映画十戒

「奴隷どもにやらせる のだ」とか。 「お前は俺の后になる運命な のだ」とか。 「パパな のだ」とか。 この映画を観ればファラオコスに身を包んだ超絶イケメン(定義による)から発せられる「~ のだ」を死ぬほど堪能できますよ。 海が真っ二つにぱっかーんなる場面が余りにも有名な監督最後の映画、 です。 ヘブライ人が奴隷とされていた時代、救世主の誕生を恐れたエジプトの王ファラオが男児の皆殺しを命令する。 難を逃れナイル川に流された一人の赤ん坊は、王女ビシアに拾われ出生を隠して育てられる。 モーセと名付けられた赤ん坊は武運に優れ知恵もある立派な青年に育ち、民衆から絶大な信頼を得るまでになっていた。 旧約聖書にある「出エジプト記」を描いた映画 【十戒】は 「旧約聖書」にある 「出エジプト記」を描いた映画です。 「聖書」って日本人には馴染みが薄くてややこしいですよね。 とりあえず原作が「聖書」だからって映画【十戒】にイエス・キリストは出てきません。 「旧約聖書」ではアブラハムから始まるイスラエルの民の源流が描かれ、 これから現れる 救い主 メシアの存在が示唆されています。 そしてその救い主こそがイエス・キリストでありますぞと宣言しているのが「新約聖書」。 旧約聖書が原作である【十戒】にキリストが出てこないのは当然ですね。 参考サイト (相関図付き)エジプト王家の子として育てられたモーセ 奴隷であるヘブライ人のもとに救世主が誕生したことを知った当時のエジプト王ファラオは、 「最近産まれたヘブライ人の男の赤ちゃん皆殺し!」という飛んでもないお触れを出します。 それを知った赤ん坊の母親ヨシャベル()は、赤ん坊を籠に入れてナイル川に流します。 都合よくもビシアは子供のないまま夫を亡くしていて、赤ん坊を神からの授かりものだと喜んで自分の子供として育てることにします。 流れてきたんですよ籠が。 拾ったんですよ王妃が。 やなど、私の中で 「布巻き付けただけの衣装が似合う俳優ナンバー1」のチャールトン・ヘストンが、【十戒】の後半は重そうな外套をずっと纏ってしまっているのが少々残念。 ほんとに彫刻のような美しい肉体ですよね。 神話の世界から飛び出してきたみたい。 ところがどっこいこの優秀なモーセの足を引っ張るのが従兄のラメス2世(以下ラメス)()。 眉間にしわが寄ってない時がない。 さらにラメスはモーセと恋仲にある 妹のネフレテリ()も狙っています。 え? ええ、 妹です、 実の。 ややこしいですね、図にしてみました。 当時のエジプトではファラオの女性の長子に王位継承権があったことから、このような設定になったみたいです。 しかしネフレテリとの結婚も間近という時、モーセは自分の出生の秘密を知ってしまいます。 出生が分かった瞬間奴隷に混じるモーセ 自分の出生が分かった瞬間、モーセはいきなり奴隷の同胞たちに混じって労働開始。 その間宮殿ではネフレテリ以外誰も探してる様子もないけど大丈夫? ファラオから見れば甥っ子だけど一応第2王子みたいな扱いだったし、「次期ファラオ」有力者が行方不明だってのに。 でもモーセが本当は奴隷の子供だと分かった時のセティ1世の落胆ぶりはちょっと可哀想…。 だってモーセを愛する余り自分で刑罰も決められない有様。 出来がいいと思ってた方の王子が 奴隷の子で、出来の悪い方の王子こそが 正真正銘自分の息子だなんてね。 この外套を身に着けた瞬間ちょっと嬉しくなる。 私の心は生涯君だけのものだ。 とかキッパリとおっしゃっていませんでしたっけ? ほんと愛なんてかりそめよね。 エジプトを去ったモーセは、エジプトの同胞たちが過酷な労働を強いられ苦しみ続けていることなんて忘れたような顔して、子供まで作って平和な暮らしを満喫。 しかし神が宿るというシナイ山のてっぺんで神の声を聞き、妻子と同胞のヨシュア()を連れて再びエジプトに戻ります。 そのくらいうちの手品師でもできるわ。 と言って、 実際にやってのけるのです。 しかも2匹。 もしかして神の力を得たモーセより、 手品で杖を蛇に変えられるラメスの方がすごくない? 手品で神に及んでるやん。 まあ手品で海ぱっかーんは無理でしょうけど。 仕方なくラメスはモーセがヘブライ人を連れてエジプトを出ることを許可。 何万人もの奴隷がぞろぞろと列をなして宮殿から出てくる様子は、「これぞハリウッド!」って感じで感動に震える。 今観ると合成バリバリの海ぱっかーんの場面よりある意味すごい。 もうホントに、すごい人数なんです。 すごい人数なのに、どこを見ても誰を見ても表情や小道具など細部に渡って非の打ちどころもない。 本物の奴隷が解放され、喜び勇んでエジプトを去っているようにしか見えない。 石板ぱっかーんの場面でもそう。 偶像崇拝や姦淫の禁止など、十の戒めが記された石板をモーセが持ち帰った時には、ヘブライの民の多くはエジプト流に偶像を崇め享楽に溺れていました。 怒ったモーセは信じられない言葉を発しながら群衆のど真ん中の偶像めがけて石板を投げつけます。

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