原爆の子の像 パプリカ。 米津玄師『パプリカ』は“原爆”に関する歌だった? 裏テーマに驚愕...(2019年8月18日)|BIGLOBEニュース

米津玄師『パプリカ』は“原爆”に関する歌だった? 裏テーマに驚愕… (2019年8月18日)

原爆の子の像 パプリカ

画/彩賀ゆう (C)まいじつ 2018年の『NHK紅白歌合戦』で子どもユニット『Foorin』が披露した、米津玄師作詞作曲の『パプリカ』。 同曲を米津がセルフカバーしたMVが9日、自身のYouTubeチャンネルにて公開された。 〝しっとり系〟にリミックスされた米津バージョンを聴き、ネットでは「子供ver. のじゃぜんぜん気付かなかった」「考察しどころが沢山ありすぎる」などと新たな〝曲の解釈〟に反響が寄せられているようだ。 米津が歌う〝大人の『パプリカ』〟の反響は凄まじく、公開から5日経たないうちに再生数1000万回を突破。 もともと同曲は、2020年とその先に向けて頑張っているすべての人たちを応援するプロジェクトの曲として、昨年7月に発表。 子どもたちを中心に、人気に火が付き、年末の「紅白」にも出場を果たした。 今年の8月から『みんなのうた』(NHK)に採用され、フルサイズでの公開を熱望する声が多くあがるなか、ついに9日MVが公開された。 MVの映像は、「Foorin」のジャケットを描いた加藤隆氏が担当。 大人になった〝僕〟が、幼少期に出会った〝風の子〟との思い出を回想するストーリーで、夏の風物詩である打ち上げ花火や風鈴など、日本の情景がふんだんに描かれている。 「このMV公開後、たちまち赤いマントをつけた謎の少女〝風の子〟について考察がはじまりました。 結論から言うと、この風の子は〝原子爆弾で亡くなった子ども〟なのではないかという説が有力視されています。 まず、パプリカの花言葉の一つに〝君を忘れない〟という意味があります。 また、動画投稿日の8月9日は長崎市への原子爆弾投下の日。 MVの冒頭で、〝大人〟の僕が歩く姿が映され、歌いだしとともに〝子ども〟の姿に返り走り出す。 その後、風の子と乗っていた空のブランコから降りるとき、風の子は両手を上にあげ、バンザイのようなポーズに。 このポーズは広島市にある『原爆の子の像』と酷似しています。 しかもこのシーンでは、風の子の周りに無数の鶴が飛び立っており、原爆の子の像のモデルとなった佐々木禎子さんの千羽鶴のエピソードを彷彿とさせますね」(音楽誌ライター) 反戦と平和を願う思い そして曲が2番に入り、縁側で涼む家族の元に風の子がやってくるシーンでは、僕や赤ちゃんなど、子どもは風の子に気が付いて目で追っているものの、大人の親はまるで気が付いていない。 「大人になった僕が抱えている花のなかに、マリーゴールドがありますが、マリーゴールドの花言葉は〝悲しみ〟、そして〝変わらぬ愛〟。 その花を風の子に渡すシーンでは、僕は大人に成長しているにも関わらず、風の子は〝子どもの姿のまま〟…。 亡くなった子だから歳を重ねていないのでしょう。 これらすべて、風の子を〝原爆で亡くなった子〟として見ると辻褄が合うのです」(同・ライター) このような数々の考察に対し、ネットでは 《すごい 考察しどころが沢山ありすぎる》 《米津さんはきっと平和を願う思いでこの曲をつくったのでしょう》 《パプリカって原爆で死んだ子供の曲なの 衝撃 》 《平和についても考えさせられるオリンピックに最適な一曲》 《子供ver. のじゃぜんぜん気付かなかったな…》 などと大きな反響が巻き起こっている。 真意のほどは米津本人にしかわからないが、私たちは一つでも多くなにかを感じ取って思考を巡らせるべき〝名曲〟であることには間違いなさそうだ。

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米津玄師パプリカのMV・歌詞の意味を考察!赤いマントの子供は死者?|AyaboのHAPPYログ♪

原爆の子の像 パプリカ

禎子の死から像の設立まで [ ] 1955年11月8日に、新聞で禎子の死を知った男の子から「禎子さんを始め、原爆で死んだ子の霊を慰める石碑を創ろう」と、禎子の同級生に提案があり、その設置に関する活動が始まった。 11月12日に全日本中学校長会場で、『禎子の同級生8人によるビラ配り』が行われ、全国の中学校からも寄付金が寄せられた。 12月に入ると広島市内の小・中・高校へも活動の参加を呼びかけ、『広島平和をきづく児童・生徒の会』が組織された。 翌年(1956年)には、街中での募金活動が繰り返し行われ、年末までになんと540万円もの寄付金を集めた。 後に募金活動の波紋が広がり、全国から三千校以上の学校が参加をするに至り、海外からも寄せられた。 そうした事実に基づく映画作品である『千羽鶴 』(監督)も公開され、図書館(Video、DVD)などで鑑賞が行える。 石碑 [ ] 像の真下にある石碑には、「 これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」と刻まれている。 内部にはがあり、中に吊られている折り鶴を象った金色の錘が風を受けて揺れると、のように鳴る仕掛けになっている。 鐘に刻まれた文字は、が揮毫した。 また原爆を体験した子ども達の証言『』(文庫版で全2分冊)は、のの教授、により編纂され、にから刊行されました。 放火事件 [ ] かつては、真下の石碑の周りにうずたかくを置いていたが、雨よけや繰り返される放火事件対策を兼ねてに雨よけ屋根(折り鶴置き場)が周りに配置されている。 8月にが発生し、捧げられた折り鶴を保管する施設の一部を焼損した。 脚注 [ ] [].

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原爆の子の像 パプリカ

画/彩賀ゆう (C)まいじつ 2018年の『NHK紅白歌合戦』で子どもユニット『Foorin』が披露した、作詞作曲の『パプリカ』。 同曲を米津がセルフカバーしたMVが9日、自身のYouTubeチャンネルにて公開された。 〝しっとり系〟にリミックスされた米津バージョンを聴き、ネットでは「子供ver. のじゃぜんぜん気付かなかった」「考察しどころが沢山ありすぎる」などと新たな〝曲の解釈〟に反響が寄せられているようだ。 【関連】ほか 米津が歌う〝大人の『パプリカ』〟の反響は凄まじく、公開から5日経たないうちに再生数1000万回を突破。 もともと同曲は、2020年とその先に向けて頑張っているすべての人たちを応援するプロジェクトの曲として、昨年7月に発表。 子どもたちを中心に、人気に火が付き、年末の「紅白」にも出場を果たした。 今年の8月から『みんなのうた』(NHK)に採用され、フルサイズでの公開を熱望する声が多くあがるなか、ついに9日MVが公開された。 MVの映像は、「Foorin」のジャケットを描いた加藤隆氏が担当。 大人になった〝僕〟が、幼少期に出会った〝風の子〟との思い出を回想するストーリーで、夏の風物詩である打ち上げ花火や風鈴など、日本の情景がふんだんに描かれている。 「このMV公開後、たちまち赤いマントをつけた謎の少女〝風の子〟について考察がはじまりました。 結論から言うと、この風の子は〝原子爆弾で亡くなった子ども〟なのではないかという説が有力視されています。 まず、パプリカの花言葉の一つに〝君を忘れない〟という意味があります。 また、動画投稿日の8月9日は長崎市への原子爆弾投下の日。 MVの冒頭で、〝大人〟の僕が歩く姿が映され、歌いだしとともに〝子ども〟の姿に返り走り出す。 その後、風の子と乗っていた空のブランコから降りるとき、風の子は両手を上にあげ、バンザイのようなポーズに。 このポーズは広島市にある『原爆の子の像』と酷似しています。 しかもこのシーンでは、風の子の周りに無数の鶴が飛び立っており、原爆の子の像のモデルとなった佐々木禎子さんの千羽鶴のエピソードを彷彿とさせますね」(音楽誌ライター) 反戦と平和を願う思い そして曲が2番に入り、縁側で涼む家族の元に風の子がやってくるシーンでは、僕や赤ちゃんなど、子どもは風の子に気が付いて目で追っているものの、大人の親はまるで気が付いていない。 「大人になった僕が抱えている花のなかに、マリーゴールドがありますが、マリーゴールドの花言葉は〝悲しみ〟、そして〝変わらぬ愛〟。 その花を風の子に渡すシーンでは、僕は大人に成長しているにも関わらず、風の子は〝子どもの姿のまま〟…。 亡くなった子だから歳を重ねていないのでしょう。 これらすべて、風の子を〝原爆で亡くなった子〟として見ると辻褄が合うのです」(同・ライター) このような数々の考察に対し、ネットでは 《すごい 考察しどころが沢山ありすぎる》 《米津さんはきっと平和を願う思いでこの曲をつくったのでしょう》 《パプリカって原爆で死んだ子供の曲なの 衝撃 》 《平和についても考えさせられるオリンピックに最適な一曲》 《子供ver. のじゃぜんぜん気付かなかったな…》 などと大きな反響が巻き起こっている。 真意のほどは米津本人にしかわからないが、私たちは一つでも多くなにかを感じ取って思考を巡らせるべき〝名曲〟であることには間違いなさそうだ。

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